PHR(パーソナルヘルスレコード)によるがん管理|患者自身がデータを持ち歩く時代

PHR(パーソナルヘルスレコード)によるがん管理|患者自身がデータを持ち歩く時代

PHR(パーソナルヘルスレコード)は、がんの診断名、治療歴、使用中の薬、副作用などを患者さん自身が持ち、必要な場面で確かめられる健康記録です。病院のカルテそのものではなく、複数の医療機関に散らばった情報を自分の手元でつなぐ道具と捉えると分かりやすいでしょう。

治療期間が長くなると、薬の変更理由や症状が出た時期を記憶だけで正確に伝えるのは難しくなります。PHRがあれば、転院、別の医師への相談、予定外の受診でも、医師が診療に必要な経過を短時間でつかみやすくなります。

記録が治療判断を自動で決めるわけではなく、内容の正しさや更新日を医療者と照合して使う姿勢が大切です。残したい情報、紙とアプリの選び方、共有時の安全確認、今日から始める最小単位まで順に整理します。

PHRは病院のカルテとどう違う?

PHRは患者さんが自分の健康情報を集めて管理する記録で、カルテは医療機関が診療の経過を記載して管理する記録です。重なる内容は多くても、作る人、保管する場所、利用する目的が異なります。

自分で集めて手元で確かめる記録

PHRには、診療明細、薬の説明書、検査結果、患者さん向けポータルから取得した情報、自分で測った体温や体重などをまとめられます。すべてを入力する義務はなく、受診時に伝えたい項目を患者さんが選べる点が特徴です。

自分で見返せると、前回から変わった症状や聞きたい内容を診察前に整理できます。もっとも、記録を持つだけで治療成績が良くなるとは断定できません。健康への影響は、記録の使い方や対象となる人によって異なるためです。

カルテは医療機関が診療のために管理

カルテには医師や看護師の記録、検査画像、処方内容、治療判断の根拠などが含まれ、医療機関が定められた方法で保管します。患者さんが画面で見られる患者さん向けポータルは、カルテに含まれる情報の一部を表示している場合もあります。

PHRへ転記した内容がカルテへ自動的に反映されるとは限りません。医師へ伝えたい症状や服薬状況は、画面を見せるだけで終えず、診察中に口頭でも確認すると記録の行き違いを減らせます。

違いを踏まえた使い分け

PHRは複数の受診先をまたいで持ち歩く要約、カルテは各医療機関における診療記録という使い分けが基本です。医療機関同士で情報を送受信するデータ連携とは別に、PHRでは患者さん自身が何を提示するかを選びます。

比べる点PHR病院のカルテ
主な管理者患者さん本人医療機関
主な目的振り返りと受診先への提示診療内容の記録と医療者間の共有
情報の範囲患者さんが集めた複数の情報その医療機関で得た診療情報
更新の主体本人または連携サービス診療を担当した医療者
利用上の注意日付と出典を残す見られる範囲や方法を確認する

がん治療のPHRに残したい情報

診療に役立ちやすいのは、治療名だけではなく、いつ受けたか、なぜ変更したか、その後に何が起きたかまで分かる記録です。日付を軸にすると、異なる病院の資料も同じ時間の流れで並べられます。

診断名と治療歴は日付を軸に整理

診断については、がんの部位と診断年月、病期を残します。治療歴には手術名と実施日、放射線治療の部位と期間、薬物療法の名称と実施期間を記します。病期や検査結果は変化しうるため、結果だけでなく記載された日付と医療機関名も添えると混同を防げます。

手術後の病理結果や退院時の要約など、医療機関から受け取った文書は原本を保管し、PHRには文書がある場所を記します。画像のコピーが必要かどうかは、転院や別の医師への相談が決まった段階で現在の受診先へ確認します。

薬は量と中止理由まで記録

薬は一般名または商品名と1回量を記録します。飲む時刻と開始日・終了日も添え、いつ使っていた薬か分かる形にします。頓服薬は、使う条件と1日に使える上限も添えます。

抗がん薬だけに絞らず、痛み止め、吐き気止め、市販薬、サプリメントも含めると、重複や飲み合わせを医師と薬剤師が確認しやすくなります。

中止した薬は一覧から消さず、副作用、効果不足、治療計画の変更といった理由を残します。薬の外観だけでは似た製品を区別しにくいため、お薬手帳や薬袋を撮影する場合も名称が読める状態にします。

副作用と体調は程度と時刻を添える

症状名に加え、始まった日時と続いた時間を記します。生活への影響と対処後の変化も添えると、受診時点で治まっていても経過を伝えられます。発熱なら測定値と時刻、下痢なら回数、痛みなら部位と0〜10の強さという形にすると、前回との違いが具体的になります。

  • 症状が始まった日時
  • 数値または回数
  • 食事・睡眠・歩行への影響
  • 使った薬と反応

症状入力や情報提供を備えたデジタル支援は、乳がんの支持療法などで使われています。乳がん以外へ同じ効果を広げて考えることはできませんが、体調の推移を診療で使える形に整える目的は共通します。

検査結果は元の資料と自分の要約を分ける

血液検査の数値や画像検査の報告書は、受け取った資料をそのまま保存します。自分の言葉で要約する場合は「医師から聞いた説明」と「自分の受け止め」を分け、医学的な確定事項と推測が混ざらない形にします。

記録する情報残す項目資料の例
診断部位・病期・診断日診断書・検査報告書
治療名称・実施日・変更理由退院時の要約・治療計画書
名称・量・開始日・中止理由お薬手帳・薬の説明書
体調症状・程度・時刻・対処日誌・測定記録
検査検査日・数値・医師の説明結果票・画像報告書

転院・相談・救急で記録が診療を支える

記録の価値が高まるのは、初めて会う医療者へ限られた時間で経過を伝える場面です。PHRは紹介状や検査画像の代わりではありませんが、足りない資料を見つけ、現在の治療を途切れさせないための手がかりになります。

転院では治療の流れを短時間で伝える

転院先では、診断から現在までの順序、直近の治療、今後の予定を最初に示します。紹介状に詳しい情報があっても、患者さんの手元に1ページの要約があれば、書類が届く前や診療科が変わった場面でも全体像を共有しやすくなります。

検査画像や標本など、本人の端末へ保存しにくい資料は医療機関から受け取る手続きが必要です。転院日が決まったら、何が転院先へ送られるか、患者さんが持参する資料は何かを双方に確認します。

別の医師への相談では質問と資料を対応させる

セカンドオピニオンでは、治療方針を決めた経緯が分かる資料と、聞きたい質問を組み合わせます。「別の薬は選べるか」と尋ねるなら、これまで使った薬、効果、副作用、中止理由がそろっていると、相談先の医師が条件を整理しやすくなります。

元の受診先への不信を示すための記録ではなく、同じ医学情報をもとに意見を聞くための記録です。聞いた説明は相談先と日付を添えて残し、戻った後に主治医と治療方針を確認します。

救急では現在の危険につながる情報を先に示す

救急時は詳しい治療史より、現在受けている抗がん薬と最後に投与した日を先に提示します。併せて、アレルギーと血液を固まりにくくする薬、治療施設の連絡先を伝えます。意識がはっきりしない事態に備え、家族も保管場所と端末の開き方を把握していると安心です。

38℃以上の発熱、急な息苦しさ、意識の変化、止まりにくい出血など、治療中に病院から緊急連絡の条件を示されている場合は記録作業より連絡を優先してください。症状を入力して様子を見るのではなく、指定された窓口へ電話し、治療中である旨を伝えます。

場面先に示す情報別に必要な資料
転院治療歴・現在の薬・今後の予定紹介状・検査画像・病理資料
別の医師への相談相談したい問い・変更理由・副作用診療要約・検査結果・治療計画
救急直近の治療・アレルギー・緊急連絡先お薬手帳・病院の診療カード

PHRを無理なく集めて続ける方法

長く続く方法は、機能が多い方法ではなく、治療中の体力や端末の使い方に合う方法です。紙、アプリ、公的なサービスにはそれぞれ長所があり、1つへ統一せず組み合わせても構いません。

紙は一覧性と渡しやすさが強み

紙のファイルは電池や通信を必要とせず、診察室でそのまま渡せます。先頭に治療の要約と薬の一覧を置き、後ろへ検査結果を日付順に足す形なら、急いでいる場面でも必要なページを探しやすくなります。

原本を外へ持ち出すと紛失時に戻らないため、普段の持参用にはコピーを使う選択もあります。住所や連絡先を含む書類は必要な範囲だけ携帯し、自宅の保管場所も家族と決めておきます。

アプリは検索と日々の入力に向く

アプリは体温、体重、症状などを日々入力し、日付で検索する用途に向きます。選ぶ際は、入力項目を自分で変更できるか、PDFなど一般的な形式で書き出せるか、機種変更後も記録を引き継げるかを確かめます。

がん診療の患者さん向けポータルは、利用を促す案内があっても全員が同じように使い続けられるとは限りません。入力が負担なら項目を減らし、医師へ伝える必要が高い症状と薬の変更に絞るほうが実用的です。体調が悪い時期に入力できなくても、後から受診日と変更点だけ補えます。

公的サービスは取得範囲と時期を確認

公的なサービスから取得できる健康情報は、サービスごとに対象項目、反映までの時間、保存期間が異なります。表示されない古い治療歴や詳しい副作用は、自分の記録や医療機関から受け取った資料で補います。

デジタルの健康情報を使うための支援は、受ける人や習熟度によって役立ち方が異なります。スマートフォンが苦手でも、デジタルの記録に不向きと決めつける必要はありません。家族の補助、紙との併用、入力項目の削減から負担の少ない形を選べます。

方法向いている使い方確認点
受診先へ渡す要約と資料保管紛失対策・更新日の記載
アプリ体調の継続入力と検索書き出し・引き継ぎ・画面ロック
患者さん向けポータル受診先から得た情報の閲覧表示範囲・利用期限・問い合わせ先
公的サービス対象となる健康情報の取得対象項目・反映時期・保存方法
  • 更新日は通院日と薬の変更日
  • 保管場所は1か所
  • 入力項目は診療で使う範囲
  • 月に1回は古い情報を整理

健康情報は渡す前に範囲を確かめる

健康情報は、渡す相手、利用目的、含める期間を決めてから共有します。診療に必要な医療者への提示と、企業によるサービス改善や研究への二次利用では、確認すべき範囲が同じではありません。

誰に何を何のために渡すかを限定

診察で薬の確認を受ける目的なら、薬の一覧とアレルギーを提示すれば足りる場合があります。アプリの全記録や端末そのものを渡さず、目的に必要な画面、期間、項目だけを見せる方法も選べます。

離れた場所で情報をやり取りできる利便性があっても、診察や検査の代わりになる範囲は限られます。症状の緊急性は記録の送信だけで判断せず、治療施設から示された連絡方法に従います。

同意画面で保存先と二次利用を読む

健康情報を第三者へ渡すか考える際は、利用目的に納得できるか、運営者を信頼できるか、プライバシーへの配慮があるかを確かめます。アプリの登録前には、運営者と保存先、第三者提供の有無を確認します。

研究や広告へ利用される条件を読んでおきましょう。疑問があるときの問い合わせ先も併せて確認します。確認した日付と同意画面の控えを残すと、後から条件の変更を確かめやすくなります。

「同意する」を選ばなければ使えない機能があるときは、その機能が治療に本当に必要かを分けて考えます。説明が曖昧なら、同意を急がず運営者へ質問し、診療上必要な記録は紙など別の方法で保てます。

共有後の修正と利用停止まで見通す

誤った情報を直す方法、共有相手を外す方法、退会後にデータがどう扱われるかも事前に確かめます。端末には画面ロックを設定し、共有用のリンクや認証番号を電子メールや公開範囲の広い投稿へ載せないようにします。

家族へ共有する場合も、本人が渡したい範囲と家族にしてほしい対応を言葉にしておきます。家族が入力を手伝った箇所には入力者を残すと、本人の症状の受け止めと家族の観察を医療者が区別できます。

確認する点具体的な問い取れる対応
相手と目的誰が何のために見るか必要な項目だけ選ぶ
保存どこにいつまで残るか保存期間と書き出し方法を確認
第三者提供研究・広告・別企業へ渡るか同意範囲を選び直す
訂正と削除誤りを誰が直せるか問い合わせ先を控える
端末の安全紛失時に他人が開けるか画面ロックと遠隔消去を設定

今日から作る最小限のPHR

最初から過去の資料をすべて入力する必要はなく、現在の診療へ直結する1ページから始められます。記録を増やす基準は「残せる情報」ではなく、「次の診察や予定外の受診で医師へ伝える情報」です。

最初の1ページに置く6項目

診断名と治療中の医療機関を1ページの先頭に置きます。続けて、現在の治療と使用中の薬をまとめます。

アレルギーと緊急連絡先も記載します。アレルギーは原因だけでなく、起きた症状も添えます。各項目に確認日を書き、古い情報を残す場合は終了日や「現在は使用していない」という状態が分かるようにします。

  • 診断名と診断年月
  • 治療中の医療機関と診療科
  • 現在の治療と直近の実施日
  • 使用中の薬
  • 薬や食物のアレルギー
  • 緊急連絡先

通院後に変更点だけ更新

通院のたびに全文を書き直さず、薬、治療予定、連絡条件など変わった箇所だけ更新します。診察券や検査結果を撮影しただけで終えると後から探しにくいため、日付と内容が分かるファイル名や紙の見出しを付けます。

体調記録は症状がない日も短く残すと、症状が続いた期間を判断しやすくなります。毎日の入力が負担になったら、治療後の数日間や症状が出た日へ範囲を絞り、診察で実際に使った項目を優先します。

次の診察で正確さを照合

作った要約は次の診察へ持参し、診断名、治療名、薬の量、緊急時の連絡条件に誤りがないか医師や薬剤師と照合します。訂正した日と確認した相手を残せば、後で古い版と区別できます。

記録が十分か不安になる気持ちは自然です。完璧さよりも、現在の治療と安全に関わる情報が正しく更新され、必要な相手へ短時間で示せる状態を目標にすると、治療中の負担を増やさず続けられます。

よくある質問

病院の患者さん向けポータルがあれば自分のPHRは不要ですか?

患者さん向けポータルがあっても、自分のPHRには複数の受診先の情報や日々の体調をまとめる用途があります。ポータルで見られる情報の範囲と利用期限を確認し、必要な資料は一般的な形式で保存するか紙で保管します。保存したファイルを別の端末でも開けるか確かめておくと、転院後も参照しやすくなります。

PHRを家族と共有してもよいですか?

本人が望む範囲なら家族との共有は可能ですが、診断や遺伝に関する情報など見せたくない項目まで一括で渡す必要はありません。誰にどの情報を渡し、どんな場面で医療者へ見せてよいかを先に決めます。

共有リンクには有効期限を設定し、家族が入力した箇所には入力者を残します。共有をやめたいときの解除方法も確認しておくと、本人の意思に合わせて範囲を変えられます。

記録の内容が間違っていたらどう直しますか?

自分で入力したPHRは訂正履歴と日付を残して直し、医療機関から受け取った資料の誤りは発行元へ確認します。元の資料を自分で書き換えず、訂正版を受け取るまで「確認中」と記せば、未確認の内容を確定情報として伝えるのを避けられます。

PHRを入れたスマートフォンを紛失したらどうしますか?

端末の遠隔ロックや遠隔消去を実行し、PHRサービスのパスワードを別の端末から変更します。共有中のリンクがあれば停止し、同じパスワードを使っているサービスも変更してください。

事前には画面ロックと多要素認証を設定し、復旧方法と運営者の連絡先を紙に控えておきます。治療情報の控えを別の安全な場所へ保管しておけば、端末を失っても受診時に必要な情報を示せます。

救急時にはPHRの何を最初に見せますか?

現在の治療名と直近の実施日、使用中の薬、アレルギー、緊急連絡先を最初に示します。詳しい経過はその後に提示し、紹介状やお薬手帳があれば一緒に渡します。

強い息苦しさや意識の変化があるときは、入力や資料探しで救急要請を遅らせないでください。家族には、1ページの要約を置く場所と端末の開き方を平時に伝えておきます。

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この記事を書いた人 Wrote this article

前田 祐助

前田 祐助 医学博士 / 医師

慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医