
ADC(抗体薬物複合体)は、がん細胞の表面にある目印を探す抗体と、細胞を傷つける薬物をつないだ薬で、すでに複数のがんの診療に使われています。
ADCはDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)の一種で、薬を必要な場所へ届ける発想を利用しています。普通の抗がん薬より標的を絞れる一方、正常な組織にも薬の影響が及ぶため、適応を決める検査と副作用の観察が必要です。
治療候補に挙がったときは、自分のがんが承認された対象に当てはまるか、目印を調べた結果はどうか、特に注意する症状は何かを主治医へ確認します。仕組みから治療前後の確認点までを順に整理します。
ADCはすでに診療で使われている
ADCには、国の承認を受け、通常のがん診療で選択肢となっている薬があります。使える場面は薬ごとに定められており、ADCという分類だけで広く使うことはできません。
治療として承認された薬がある
承認済みのADCは、乳がんや卵巣がんなどの固形がんだけでなく、一部の悪性リンパ腫にも用いられます。第3相試験のような比較試験で効果と安全性が検討され、対象となる病状や過去の治療などの条件を定めたうえで診療に導入されています。
「新しい技術」という紹介だけでは承認状況を判断できず、同じADCという呼び名の中にすでに使われる薬と臨床試験中の薬が含まれるため、薬の一般名と対象のがんを確認する必要があります。
対象は固形がんから血液のがんまで
ADCは特定の臓器だけに使う治療群ではなく、がん細胞の表面に適切な目印があるかを利用します。乳房などの臓器に塊をつくる固形がんと、リンパ球から生じる血液のがんでは病気の性質が異なりますが、それぞれに対応するADCが存在します。
もっとも、ある種類のがんにADCが使われている事実だけでは別のがんへの適用は判断できず、薬ごとに、がんの種類、病期や広がり、目印の検査結果、過去に受けた治療などの条件が組み合わされます。
研究中という言葉と承認済みを分けて読む
治療として使えるかを確かめるときは、「ADCを研究している」という情報と「この病状に承認されている」という情報を分けます。承認済みでも、すべての病期や治療順序で選べるとは限らず、添付文書に定められた対象との照合が必要です。
- 薬の一般名と、治療対象として承認されたがんの種類
- 必要な目印の検査結果と、過去の治療に関する条件
- 標準診療としての提案か、臨床試験への参加提案か
説明を受ける場では、薬の名前を書いた資料を手元に置き、どの条件に当てはまるため候補になったのかを尋ねると整理しやすくなります。治療の段階を区別できれば、期待できる利益とまだ確かでない点を混同せずに検討できます。
ADCがDDSとして薬を届ける仕組み
ADCでは、抗体ががん細胞の目印に結合し、つないだ薬物を細胞の近くまで運びます。抗体、両者をつなぐリンカー、実際に細胞を傷つける薬物という3つの要素が一体となった設計です。
抗体ががん細胞の目印を探す
抗体は、細胞表面に突き出た特定のたんぱく質を見分けて結合し、そのうち、がん細胞に多く、重要な正常組織には少ないものがADCの標的となる目印の候補になります。
抗体は体内を巡る間に目印と出会って結びつきます。ただし、血液中に入れた薬の全量ががんへ届くわけではなく、目印の量や分布、がん組織の血流などによって到達の程度は変わります。
リンカーが抗体と薬物をつなぐ
リンカーは、抗体と薬物を結ぶ部分です。血液中ではできるだけ安定して薬物を保持し、標的の細胞へ届いた後には設計に応じた条件で薬物を放せるよう工夫されています。
つなぎ方の違いは、薬物が放出される場所や速さ、周囲の細胞への広がり方に影響します。同じ種類の目印を狙うADCであっても、リンカーと薬物が違えば、効果や副作用の現れ方も変わります。
細胞に取り込まれて薬物が働く
目印に結合したADCの多くは、目印ごと細胞内へ取り込まれます。細胞内で抗体やリンカーが分解されると薬物が放出され、細胞分裂に必要な構造や遺伝情報の複製などを妨げて、がん細胞を傷つけます。
薬物には、単独のまま全身へ投与するには作用が強すぎるものも使われます。抗体に結びつけて運ぶ設計によって、標的のある場所で薬物を働かせやすくし、全身への無差別な広がりを抑える狙いがあります。
| 構成要素 | 主な働き | 治療上の意味 |
|---|---|---|
| 抗体 | 細胞表面の目印に結合する | 薬物を届ける相手を絞る |
| リンカー | 抗体と薬物をつないで保持する | 放出する場所や安定性に関わる |
| 薬物 | 細胞の増殖に必要な働きを妨げる | がん細胞を傷つける本体となる |
DDSは薬の届け方を設計する枠組み
DDSは、薬の成分そのものだけでなく、体内のどこへ、どの形で届けるかを工夫する発想であり、抗体が宛先を見分け、リンカーが運搬中の保持と放出に関わるADCは、標的を使うDDSと捉えられます。
「届ける」といっても、薬が血液中を巡り、組織へ入り、目印に結合するまでには複数の条件があるため、がん細胞だけへの完全な配送は難しく、目印を持たない細胞や正常組織への影響も残ります。
通常の抗がん薬とADCは何が違う?
最も大きな違いは、ADCには目印を認識する抗体が付いている点です。通常の細胞障害性抗がん薬は血流に乗って全身へ広がりますが、ADCは標的への結合を利用して薬物を届ける相手を絞ります。
薬が届く範囲と濃度の違い
通常の抗がん薬は、増殖の盛んな細胞を傷つける性質を利用し、血液中から各組織へ分布します。がん細胞に作用する一方で、骨髄、消化管の粘膜、毛根のように盛んに入れ替わる正常な細胞にも影響しやすい治療です。
ADCは抗体が目印に結合するため、薬物をがん細胞の近くで働かせやすくします。しかし、標的への集中は完全ではなく、血液中で外れた薬物や正常組織にある同じ目印を介して副作用が生じます。
| 比べる点 | 通常の細胞障害性抗がん薬 | ADC |
|---|---|---|
| 届け方 | 血流から全身の組織へ分布する | 抗体が目印へ結合して運ぶ |
| 治療対象の選び方 | がん種や病期などを基に選ぶ | がん種に加えて目印も調べる |
| 正常組織への影響 | 増殖の盛んな細胞に出やすい | 薬物や目印に応じた影響が出る |
| 副作用の見方 | 薬ごとの特徴を観察する | 抗体、リンカー、薬物を含めて観察する |
効果を比べるときの条件
ADCだから通常の抗がん薬より強い、あるいは体にやさしいとは一括りにできず、効果は、がんの種類と目印の量、薬物への感受性、以前の治療などに左右されるため、比較試験の結果も対象となった患者さんの条件の中で解釈します。
実際の治療では、ADCを単独で使う場面もあれば、別の抗がん薬などと組み合わせる場面もあります。治療の狙いが、病気を小さくすることか、進行を抑えることかによっても、利益の評価方法は変わります。
点滴前後の管理にも薬ごとの差が出る
多くのADCは点滴で投与され、投与中は発熱、寒気、息苦しさなどの反応がないかを観察します。血液検査で血球数や肝機能などを確認し、薬によっては心臓や肺などの検査を治療前後に組み合わせます。
点滴の時間、前投薬の有無、検査項目はADCごとに異なります。普通の抗がん薬と同じ点滴室で受ける治療でも、観察すべき症状まで同じとは考えず、自分が使う薬の説明を基準にします。
狙った場所だけに効くわけではない
ADCは標的を絞る設計ですが、作用はがん細胞の内部だけでなく正常な組織にも及びます。副作用の種類はADCごとに違い、起こりやすい症状と、頻度が低くても重くなりうる症状を分けて備える必要があります。
正常な細胞にも影響が及ぶ理由
標的となる目印は、がん細胞だけに存在するとは限りません。正常な組織にも少量あれば抗体が結合する余地があり、ADCが取り込まれた細胞に薬物の作用が及びます。
さらに、運搬中に薬物が外れたり、がん細胞から放出された薬物が周囲へ広がったりする経路もあります。抗体による標的化は正常組織への曝露を減らす狙いであり、体内の他の場所への到達をゼロにする仕切りではありません。
よく起こる症状はADCごとに異なる
治療中には、吐き気、食欲低下、だるさ、脱毛などが起こりえます。骨髄で血液をつくる働きが抑えられると、白血球や赤血球、血小板が減ります。その結果、感染、息切れ、出血につながるおそれがあります。
すべてのADCで同じ症状が同じ頻度で出るわけではありません。薬物の種類や標的によって、手足のしびれ、目の症状、皮膚症状などが目立つ薬もあるため、一般的な説明に加えて薬剤別の資料を確認します。
重い副作用は症状から早く拾う
重い副作用として注意する臓器は、使うADCによって異なります。間質性肺疾患という肺の炎症、重い感染症、強い肝障害、心臓の働きの低下などは、検査値だけでなく自宅での変化が早期発見の手掛かりになります。
発熱、急に出た息切れ、新しい空せき、安静にしても続く胸の苦しさ、意識がぼんやりする状態があれば、受診先から示された連絡方法に従ってすぐ相談してください。次回の予約日まで待つべき症状か迷うときも、自己判断で様子を見るより治療チームへ連絡する方が安全です。
| 自宅で気づく変化 | 考える主な問題 | 取る行動 |
|---|---|---|
| 発熱、悪寒、強いだるさ | 感染や白血球減少 | 指示された体温基準と連絡先を確認して相談する |
| 新しい空せき、息切れ | 肺の炎症など | 次回受診を待たず治療チームへ連絡する |
| 出血が止まりにくい、黒い便 | 血小板減少や消化管出血 | 当日中の相談が必要か連絡先へ確認する |
| 食事や水分が取れない | 脱水や吐き気の悪化 | 処方薬の使い方を確認し、改善しなければ相談する |
継続と中止は効果と危険性を一緒に見る
副作用が出たときは、程度と回復の速さに応じて休薬、投与量の調整、中止などを検討します。つらさを我慢して予定どおり投与することだけが治療の成功ではなく、安全に続けられる範囲を探す判断も治療の一部です。
副作用への不安を感じるのは自然な反応です。症状が起きる前から連絡先と相談基準を決め、起きた後は発症時刻や体温などを記録すると、医療者が継続の可否を判断する材料になります。
ADCを使える人はがんの目印で決まる
ADCの対象になるには、承認されたがんの種類に当てはまり、薬が狙う目印をがん細胞が持っていることが基本条件で、病理検査の結果に加え、病期、以前の治療、全身状態なども合わせて判断します。
がんの種類と承認された対象を照合する
同じ目印が複数のがんに見つかる場合でも、1つのADCを自由にどのがんへも使えるわけではありません。承認は、がんの発生した臓器や組織型、進行の程度、治療歴などを含む特定の条件に対して与えられます。
同じ病名でも、手術前後の治療か、再発や転移に対する治療かで候補は変わります。主治医は検査結果だけでなく、期待できる利益、持病による危険性、これまでの治療で残った副作用などを合わせて提案します。
病理検査で目印の量や有無を調べる
目印は、手術や生検で採取したがん組織を使う病理検査で調べるのが一般的です。免疫染色という方法では、目印に結合する試薬で組織を染め、病理医が顕微鏡で染まり方や染まった細胞の割合を評価します。
検査結果は陽性と陰性だけでなく、染まり方の強さを段階で示すこともあります。必要な目印と判定基準はADCごとに違うため、別の薬の検査結果をそのまま流用できるとは限りません。
| 確認する情報 | 分かる内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 病理診断 | がんの組織型や由来 | 同じ臓器でも組織型で対象が変わる |
| 目印の検査 | 標的の有無や発現の程度 | 薬ごとに判定基準が異なる |
| 採取した時期と部位 | どの病変をいつ調べたか | 古い検体と現在の病変で差が出ることがある |
| 治療歴と全身状態 | 承認条件や安全性との適合 | 目印があっても他の条件で選ばない場合がある |
同じ目印でも治療条件は同一ではない
目印が少ないがんでも対象になりうるADCがある一方、一定以上の発現を求める薬もあります。「陽性」という一語だけでは足りず、どの検査法で、どの程度の発現と判定され、提案された薬の基準を満たすかまで確認します。
がんの内部では細胞ごとに目印の量が異なることがあり、よく結合する細胞と届きにくい細胞が混在すると、治療反応に影響する可能性があります。
検体が足りないと追加検査を検討する
過去の手術や生検で保存された組織があれば、その検体で目印を追加検査できる場合があります。検体が小さい、古い、評価に必要ながん細胞が少ないといった事情があると、結果を出せない場合や信頼性を慎重に扱う場合があります。
追加の生検には、出血や痛みなど採取部位に応じた負担が伴います。新たに組織を採るかは、結果が治療選択を変える見込み、採取の危険性、代わりに使える検体を主治医と確認したうえで決めます。
主治医に確認したい治療前後のポイント
治療を検討するときは、対象となる根拠、期待できる利益、薬剤特有の副作用、異常時の連絡方法を自分の状況に沿って確認します。説明を一度で覚える必要はなく、質問をメモにして診察へ持参すると抜けを減らせます。
自分のがんが対象かを具体的に尋ねる
まず、「私のがんの種類と治療歴は、このADCの承認条件に当てはまりますか」と尋ねます。続けて、目印の検査名、結果の数値や区分、どの検体を使ったかを確認すれば、候補になった理由が明確になります。
治療の利益は「効くか効かないか」の2択ではなく、病変が小さくなる割合や進行を抑えられる期間などで説明されます。自分と似た条件の人を対象にした比較試験があるか、他の選択肢と比べて何を期待する提案かも聞き取ります。
副作用の観察項目と連絡先を確認する
副作用は名称を並べて覚えるより、体温、呼吸、食事と水分、排便、出血など、自宅で観察できる変化に置き換えると対応しやすくなるため、起こりやすい時期や、予防薬と症状止めの使い方も治療前に確認します。
- 夜間や休日を含む連絡先と、電話で伝える薬の名前
- 体温や症状のうち、当日連絡する基準
- 市販薬、健康食品、予防接種を使う前の確認先
家で記録する項目を決めておくと、小さな変化を診察時に伝えやすくなります。症状が強いときは記録を整える作業より連絡を優先し、治療施設から受けた指示に従います。
治療の評価時期と次の判断を聞く
治療効果は、画像検査、診察所見、症状、腫瘍マーカーなどを組み合わせて評価します。いつ画像検査を行い、何をもって継続、変更、中止を判断するのかを先に聞けば、点滴を受ける目的と評価の時期を見通せます。
画像で病変が縮んでいても重い副作用が続けば、休薬や変更を検討することがあります。反対に、軽い症状だけで自己判断による中断をすると治療計画へ影響するため、次の投与までに医療者へ状況を共有します。
費用は保険適用と付随費用を分けて確認する
ADCの費用は薬剤費だけで決まらず、点滴、診察、血液検査、画像検査、副作用への薬などが加わります。保険診療の対象になるかは、薬が承認されたがんの種類や治療条件に合うかで変わるため、自分の治療計画に沿った確認が必要です。
自己負担には、公的医療保険の負担割合や高額療養費制度の上限が関係します。通院の交通費、仕事を休む期間、付き添いなど医療費以外の負担も見込み、病院の相談窓口へ制度利用に必要な手続きと時期を尋ねると準備しやすくなります。
| 確認する場面 | 主治医や医療者への質問 | 確認する目的 |
|---|---|---|
| 治療を決める前 | どの条件に当てはまり候補になったか | 適応の根拠を自分の病状と結びつける |
| 初回投与の前 | 自宅で何を観察し、どの症状で連絡するか | 副作用へ遅れず対応する |
| 治療の途中 | 何を基準に継続や変更を決めるか | 効果と危険性の評価方法を共有する |
| 費用を見積もる時 | 保険診療の範囲と追加で生じる費用は何か | 治療期間を含めた負担を準備する |
よくある質問
ADCはすべてのがんに使えますか?
ADCの対象は、がんの種類、病期、過去の治療、標的となる目印の検査結果などが薬ごとの条件に合う場合に限られ、主治医が適合を確認します。
ADCを使うと普通の抗がん薬は不要になりますか?
ADCは普通の抗がん薬をすべて置き換えるものではなく、病状によっては通常の抗がん薬が適切な場合や、ADCと別の薬を組み合わせる場合があるため、比較試験と本人の状態を基に選びます。
目印が陰性ならADCを受ける選択肢はなくなりますか?
提案されたADCが必要とする目印を確認できなければ、通常はその薬の対象外となりますが、薬ごとに必要な目印と判定基準が違うため、別のADCの可否は個別に判断します。
どの時期の検体を使い、判定に十分な組織だったかを主治医へ確認します。再検査や追加の生検は、結果が治療を変える見込みと採取の負担を比べて判断します。
点滴後に自宅で副作用が出たらどうすればよいですか?
治療前に渡された連絡基準に従い、体温、症状が始まった時刻、食事や水分の状況を治療チームへ伝えます。新しい息切れや空せき、高熱、意識の変化などは、次回予約を待たずに相談してください。
緊急性が判断できないときも、薬の名前を手元に置いて連絡先へ確認します。市販薬だけで症状を抑えようとせず、あらかじめ指示された薬がある場合は用法に沿って使います。
目印があればADCを選ぶべきですか?
目印があるだけではADCを選ぶ根拠として十分でなく、期待できる効果、重い副作用の危険性、持病、以前の治療、通院の負担を他の選択肢と比べます。
主治医には、ADCを選ぶ理由と選ばない場合の候補を同じ条件で説明してもらい、何を優先したいかを伝えます。説明を持ち帰って検討する時間が取れるかも確認すると、納得できる判断につながります。
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この記事を書いた人 Wrote this article
前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医