モデルナ(Moderna)のがんワクチン開発状況|個別化医療の実現に向けた取り組み

モデルナ(Moderna)のがんワクチン開発状況|個別化医療の実現に向けた取り組み

モデルナが開発を進めるmRNAがんワクチンは、患者一人ひとりの腫瘍の遺伝子変異に合わせて設計される「個別化ネオアンチゲン療法」として注目を集めています。新型コロナウイルスワクチンで実証されたmRNA技術を応用し、がん細胞だけを狙い撃ちする免疫反応を引き出す仕組みです。

メルクとの共同開発による臨床試験では、悪性黒色腫(メラノーマ)の術後再発リスクを大幅に低減させる成果が報告されており、非小細胞肺がんへの適応拡大も進んでいます。

この記事では、モデルナのがんワクチンがどのような技術で作られ、現在どこまで開発が進んでいるのかを、できるだけわかりやすくお伝えします。

モデルナのがんワクチンはなぜ「個別化」と呼ばれるのか

モデルナが開発するがんワクチンは、患者ごとに異なるがん細胞の遺伝子変異情報をもとにオーダーメイドで設計されるため「個別化(パーソナライズド)」と呼ばれます。

従来の抗がん剤のように全員に同じ薬を使うのではなく、あなた自身のがんに合った治療を届けるという発想が根底にあります。

がん細胞の「目印」ネオアンチゲンとは

がん細胞は正常な細胞と異なり、遺伝子に変異が起きています。その変異によってがん細胞の表面には「ネオアンチゲン」と呼ばれる特有のタンパク質が現れます。このタンパク質は正常細胞にはないため、免疫細胞にとってがんを見分ける「目印」となります。

モデルナのがんワクチン「mRNA-4157(V940)」は、患者の腫瘍から見つかったネオアンチゲンの情報を最大34個までmRNAに組み込み、1本のワクチンとして投与するものです。体内に入ったmRNAが細胞内でネオアンチゲンのタンパク質を作り出し、免疫細胞ががんを認識して攻撃する力を高めます。

患者ごとにワクチンを「設計」する流れ

個別化がんワクチンの製造工程

段階内容所要期間の目安
腫瘍と正常細胞の採取手術で切除した腫瘍組織と血液(正常細胞)を採取する手術時
全ゲノム解析次世代シーケンサーで腫瘍と正常細胞のDNA・RNAを比較し変異を特定する数日〜1週間
ネオアンチゲン予測AIアルゴリズムを用いて免疫反応を誘発しやすい変異を選び出す数日
mRNA設計・製造選ばれたネオアンチゲン情報をmRNAに組み込み脂質ナノ粒子で包む数週間
品質検査・出荷安全性や品質を確認し患者に届ける数週間

従来の抗がん剤とは根本的に異なる考え方

従来の抗がん剤は、がん細胞だけでなく正常な細胞にもダメージを与えてしまうことが課題でした。一方、個別化がんワクチンはがん細胞にだけ存在するネオアンチゲンを標的としているため、正常細胞への影響を抑えながら免疫による攻撃力を引き出そうとしています。

さらに、免疫の「記憶」を活用する点も大きな特徴です。一度がんの目印を覚えた免疫細胞は体内を巡回し続けるため、再発したがん細胞にも反応できると考えられています。

mRNA技術でがん治療に挑む|コロナワクチンとの共通点と違い

モデルナのがんワクチンは、新型コロナウイルスワクチンで世界的に認知されたmRNA技術をがん治療に応用しています。基本的な技術の骨格は共通していますが、がんワクチンならではの工夫が施されています。

mRNA技術の基本的な仕組み

mRNA(メッセンジャーRNA)は、タンパク質を作るための「設計図」のような分子です。人工的に合成したmRNAを体内に投与すると、細胞がその設計図を読み取り、指定されたタンパク質を作り出します。作られたタンパク質に対して免疫細胞が反応し、防御態勢を整えるという流れです。

コロナワクチンでは、ウイルス表面のスパイクタンパク質をmRNAに組み込みました。がんワクチンでは、ウイルスの代わりにがん細胞のネオアンチゲンをmRNAに載せます。

コロナワクチンは「全員同じ」、がんワクチンは「一人ひとり違う」

コロナワクチンは全員が同じウイルスを相手にしているため、設計図も同じもので済みました。しかし、がんの遺伝子変異は患者によって千差万別です。そのため、モデルナのがんワクチンは患者ごとに異なる設計図を作る必要があり、製造には高度な技術と時間がかかります。

脂質ナノ粒子がmRNAを守りながら届ける

mRNAは非常に壊れやすい分子なので、体内で分解されないよう「脂質ナノ粒子(LNP)」という微小なカプセルに包んで投与します。この技術はコロナワクチンでも使われたもので、mRNAを狙った細胞に届けるための配送手段として機能しています。

コロナワクチンとがんワクチンの比較

比較項目コロナワクチンがんワクチン
標的ウイルスのスパイクタンパク質患者ごとのネオアンチゲン
設計全員共通患者ごとに個別設計
目的感染予防がんの再発防止・治療

KEYNOTE-942試験が示した驚きの臨床データ|悪性黒色腫での成果

モデルナとメルクが共同で実施した第2b相臨床試験「KEYNOTE-942」では、悪性黒色腫(メラノーマ)の手術後にがんワクチンと免疫チェックポイント阻害薬を併用した患者群で、再発リスクの大幅な低減が確認されています。

再発リスクを44%低減させた第2b相試験

KEYNOTE-942試験では、完全切除後の高リスク悪性黒色腫患者157名が登録されました。患者はmRNA-4157(V940)と免疫チェックポイント阻害薬ペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)を併用するグループと、ペムブロリズマブ単独のグループに分けられました。

主要評価項目である無再発生存期間(RFS)において、併用グループは再発または死亡のリスクを44%低減させたと報告されています。さらに、遠隔転移のリスクについても65%の低減が認められました。

5年間の追跡調査でも効果が持続

KEYNOTE-942試験の主な結果

評価項目結果補足
無再発生存期間(RFS)再発・死亡リスク49%低減5年追跡時点のデータ
遠隔転移リスク65%低減ペムブロリズマブ単独との比較
18ヶ月時点のRFS率併用群78.6%単独群62.2%

FDAから「画期的治療薬」指定を取得

この臨床試験の良好な結果を受け、米国食品医薬品局(FDA)はmRNA-4157とペムブロリズマブの併用療法に対して「画期的治療薬(ブレークスルーセラピー)」の指定を付与しました。これは、重篤な疾患に対して既存の治療法より大幅に優れる可能性がある医薬品に与えられる特別な位置づけです。

欧州医薬品庁(EMA)からも優先審査制度である「PRIME」指定を受けており、世界的にこの治療法への期待が高まっていることがわかります。

INTerpathプログラムで広がるがん種|肺がんへの挑戦が本格化

モデルナとメルクは、悪性黒色腫での成果を踏まえてINTerpath(インターパス)と呼ばれる大規模臨床開発プログラムを展開しており、非小細胞肺がんをはじめ複数のがん種への適応拡大を急速に進めています。

INTerpath-001|悪性黒色腫の第3相試験は患者登録を完了

INTerpath-001は、高リスクの悪性黒色腫(ステージIIB〜IV)患者を対象とした第3相臨床試験で、約1,089名の患者を世界14ヶ国から登録しています。2026年時点ですでに患者登録を完了し、結果の報告が待たれる段階に入りました。

この試験では、ペムブロリズマブとの併用で投与した場合の無病生存期間が、ペムブロリズマブ単独と比較してどの程度延びるかが主要な評価項目となっています。

INTerpath-002|非小細胞肺がんで約868名が参加

肺がんは世界で最も死亡者数の多いがん種です。INTerpath-002は、手術で完全に切除されたステージII〜IIIBの非小細胞肺がん患者約868名を対象に、術後補助療法としてのがんワクチンの効果を検証しています。

患者はオーストラリアを皮切りに世界各地で登録が進んでおり、術後化学療法に続いてがんワクチンとペムブロリズマブの併用を受けるグループと、ペムブロリズマブ単独のグループに分けて比較します。

INTerpath-009|術前治療を受けた肺がん患者も対象に

INTerpath-009は、術前にペムブロリズマブと化学療法を受けたものの完全奏効に至らなかった非小細胞肺がん患者680名を対象とする第3相試験です。カナダから患者登録が始まっており、今後グローバルに拡大する予定となっています。

INTerpathプログラムの全体像

試験名対象がん種試験規模
INTerpath-001悪性黒色腫(ステージIIB〜IV)約1,089名(登録完了)
INTerpath-002非小細胞肺がん(完全切除後)約868名
INTerpath-009非小細胞肺がん(術前治療後)約680名

メルクとの共同開発体制が生み出す強み|免疫チェックポイント阻害薬との併用戦略

モデルナのがんワクチンは、メルクが持つ免疫チェックポイント阻害薬「キイトルーダ」との併用を前提に開発されており、この2社の協力体制が臨床開発の加速につながっています。

キイトルーダとの併用でがんワクチンの効果を増幅させる

免疫チェックポイント阻害薬とは、がん細胞が免疫の攻撃を回避するために使う「ブレーキ信号」を解除する薬です。キイトルーダはその代表格であり、すでに多くのがん種で承認されています。

がんワクチンで免疫細胞にがんの目印を教え、キイトルーダで免疫のブレーキを外すという二段構えの戦略は、単独で使うよりも強力な抗腫瘍効果を引き出す可能性を秘めています。

悪性黒色腫・肺がんだけではない広がり

がんワクチンの研究対象となっているがん種

  • 腎細胞がん(第2相ランダム化試験で患者登録完了)
  • 筋層浸潤性膀胱がん(第2相試験が進行中)
  • 非筋層浸潤性膀胱がん(第2相試験が進行中)
  • 転移性悪性黒色腫(第2相試験で初回治療を検証中)
  • 転移性扁平上皮非小細胞肺がん(第2相試験が進行中)

2028年までの承認申請も視野に

悪性黒色腫に対するがんワクチンの承認申請は2028年までが視野に入っていると報じられています。ただし、FDAは第2b相試験のデータだけでは迅速承認を支持しなかったため、現在進行中のINTerpath-001の第3相試験の結果が承認の鍵を握ることになります。

モデルナとメルクは開発費用と利益を折半する契約を結んでおり、両社が対等なパートナーとして長期的に開発に取り組む体制が構築されています。

日本でのがんワクチン実用化はいつ頃になるのか

モデルナはmRNA技術を使ったがんワクチンの日本への投入を計画しており、皮膚がん(悪性黒色腫)向けを皮切りに、早ければ2027年の販売開始を目指しています。

日本でも臨床試験が進行中

INTerpath-001をはじめとする第3相臨床試験は国際共同試験として設計されており、日本も参加国に含まれています。日本国内の医療機関でも患者の登録が行われ、実際にがんワクチンの投与が実施されています。

モデルナ・ジャパンが描く日本市場戦略

モデルナのCEOステファン・バンセル氏は、がんワクチンの基本的な販売開始シナリオを2027年としつつ、臨床試験のデータ次第では前倒しの可能性にも言及しています。

日本では新型コロナウイルスワクチンの需要が一段落する中、がん領域への展開が次の成長の柱として位置づけられています。

規制当局との対話が承認時期を左右する

個別化がんワクチンは従来の医薬品とは異なり、患者ごとにワクチンの中身が変わるという特殊な性質を持っています。そのため、規制当局がこの「個別化」をどのように審査・評価するかは世界的にも前例が少なく、承認に向けた議論がFDAや日本の規制当局との間で続けられています。

日本におけるがんワクチン実用化の見通し

項目状況見通し
臨床試験国際共同第3相試験に日本も参加試験結果の判明を待つ段階
対象がん種悪性黒色腫が先行肺がんなどへの拡大も検討
販売開始の目標2027年が基本シナリオデータ次第で前後する

個別化がんワクチンが乗り越えなければならない課題

モデルナのがんワクチンは大きな期待を集めていますが、実用化に向けてはまだいくつかの技術的・制度的なハードルが残されています。患者に広く届けるためには、これらの課題を一つずつ解決していく必要があります。

製造に時間がかかる問題

製造面で解決が求められている項目

  • 設計から投与まで数ヶ月を要し、業界目標の1ヶ月には遠い現状
  • 品質検査の自動化とAI活用による製造時間の短縮
  • 患者ごとのオーダーメイド製造に伴う高額な治療費の低減

コストと患者アクセスをどう確保するか

個別化がんワクチンは、患者ごとにオーダーメイドで設計・製造するため、製造コストが高額になることが予想されます。海外の分析では、1人あたり数万ドルから30万ドル程度の価格帯になるとの試算もあります。

ただし、術後の再発を防ぐ補助療法として使われる場合、再発後の治療にかかる医療費や患者への負担を考えると、費用対効果で正当化される可能性があるとの見方もあります。

すべてのがん種に効果があるとは限らない

個別化がんワクチンは遺伝子変異の多いがん種(悪性黒色腫や肺がんなど)では免疫反応を引き出しやすいとされていますが、すべてのがんに効果が期待できるわけではありません。がん種によっては遺伝子変異が少なく、ネオアンチゲンが見つかりにくい場合もあります。

実際に、皮膚扁平上皮がんを対象としたINTerpath-007試験は、途中で開発が中止されました。一つの成功がすべてのがんに当てはまるわけではないという現実も、冷静に受け止めておくことが大切でしょう。

よくある質問

モデルナのがんワクチンmRNA-4157はどのような仕組みで効果を発揮するのか?

mRNA-4157は、患者の腫瘍から検出された遺伝子変異の情報をもとに設計される個別化ワクチンです。最大34個のネオアンチゲン(がん細胞に特有のタンパク質)をコードしたmRNAを脂質ナノ粒子に包んで投与します。

体内に入ったmRNAは細胞内でネオアンチゲンのタンパク質を作り出し、免疫細胞がそのタンパク質を「敵」として認識します。その結果、がん細胞を特異的に攻撃するT細胞が活性化され、手術後に残っている可能性のあるがん細胞や再発したがん細胞に対する免疫応答が強化されるのです。

モデルナのがんワクチンは現在どのがん種を対象に臨床試験が行われているのか?

モデルナのがんワクチンmRNA-4157は、悪性黒色腫(メラノーマ)と非小細胞肺がんで大規模な第3相臨床試験が進行しています。悪性黒色腫の試験(INTerpath-001)はすでに約1,089名の患者登録を完了しました。

非小細胞肺がんでは2つの第3相試験(INTerpath-002、INTerpath-009)が並行して進んでいます。さらに腎細胞がん、筋層浸潤性膀胱がん、非筋層浸潤性膀胱がんなどでも第2相試験が実施されており、対象がん種は着実に広がっています。

モデルナのがんワクチンはいつ頃実用化される見込みなのか?

悪性黒色腫に対するがんワクチンの承認申請は2028年までが視野に入っていると報じられています。日本市場に対しては2027年の販売開始が基本シナリオとして示されていますが、臨床試験の結果や規制当局の審査次第で前後する可能性があります。

現在進行中の第3相臨床試験であるINTerpath-001の結果が、承認の判断に大きな影響を与えるとみられています。個別化がんワクチンは従来の医薬品と審査基準が異なるため、規制当局との協議にも時間を要する場合があります。

モデルナのがんワクチンにはどのような副作用が報告されているのか?

第2b相KEYNOTE-942試験では、がんワクチンとペムブロリズマブの併用群で重篤な治療関連有害事象が14.4%に発生したと報告されています。ペムブロリズマブ単独群では10%でした。

がんワクチン併用群では、グレード4(命に関わる重い副作用)の有害事象や治療に関連した死亡は認められていません。ペムブロリズマブの安全性は、過去の試験で報告されたものと同様の傾向でした。

なお、臨床試験の規模が限られているため、今後の大規模試験でさらに詳しい安全性データが蓄積される見込みです。

モデルナのがんワクチンと免疫チェックポイント阻害薬を併用する理由は何か?

がんワクチンは免疫細胞にがん細胞の目印(ネオアンチゲン)を教える役割を果たしますが、がん細胞は免疫細胞の攻撃にブレーキをかける仕組みも持っています。免疫チェックポイント阻害薬のペムブロリズマブ(キイトルーダ)は、このブレーキを解除して免疫細胞の攻撃力を回復させる薬です。

つまり、がんワクチンで「敵の顔」を覚えさせ、免疫チェックポイント阻害薬で「攻撃の手を止めさせない」という二段構えの戦略をとっています。

臨床試験では、この併用が単独使用よりも再発リスクの低減に効果的であることが示されており、補い合う関係にある2つの治療法を組み合わせることで相乗的な効果を目指しています。

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この記事を書いた人 Wrote this article

前田 祐助

前田 祐助 医学博士 / 医師

慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医