ウイルス療法の歴史と進化|初期の発見から承認薬が登場するまでの歩み

ウイルス療法の歴史と進化|初期の発見から承認薬が登場するまでの歩み

がん治療にウイルスを活用する「腫瘍溶解性ウイルス療法(ウイルス療法)」は、100年以上前の偶然の観察から始まりました。感染症にかかった患者の腫瘍が縮小するという不思議な現象を医師たちが報告したことが、すべての出発点です。

その後、臨床試験の時代を経て一度は研究が停滞しましたが、遺伝子工学の発展により再び脚光を浴びました。2005年の中国での世界初承認、2015年の米国FDA承認、2021年の日本での脳腫瘍治療薬承認と、ウイルス療法は着実に実用化への道を歩んでいます。

この記事では、ウイルス療法がたどってきた歴史を時系列で振り返り、各時代の転換点や承認薬の背景を丁寧に解説します。

ウイルスが癌を縮小させた?19世紀末に医師たちが目撃した驚きの現象

ウイルス療法の原点は、1890年代にさかのぼります。感染症にかかったがん患者の腫瘍が自然に小さくなるという現象を、当時の医師たちが偶然に目撃したことが研究の始まりでした。

インフルエンザに似た症状で白血病が軽くなった報告

1890年代後半、ある白血病患者がインフルエンザのような症状を伴う感染症にかかったところ、腫瘍細胞の減少が確認されました。当時はウイルスの正体すら十分に解明されていない時代であり、なぜ感染が腫瘍を縮小させるのか、誰も説明できませんでした。

しかし、この報告は医学界に波紋を広げます。「がんは外科手術で切除するしかない」と考えられていた時代に、感染症という予想外の要因が腫瘍に影響を与えたという事実は、研究者たちの好奇心を刺激しました。

1904年のDockによる症例報告が記録に残した足跡

1904年、米国の医師George Dockは、白血病患者が合併症の感染症を経験した後に腫瘍が退縮した症例を医学雑誌に報告しました。この論文は、ウイルス感染と腫瘍縮小の関連性を明確に記録した初期の文献として広く引用されています。

19世紀末~20世紀初頭の主な観察記録

時期報告内容対象疾患
1890年代感染症後の腫瘍縮小を観察白血病
1904年Dockが症例を学術誌に報告白血病
1912年狂犬病ワクチン接種後の腫瘍退縮を記録子宮頸がん
1922年ワクチニアウイルスが動物の腫瘍増殖を抑制マウス・ラットの腫瘍

1922年のワクチニアウイルス実験が実験室での腫瘍溶解を初めて証明した

1922年、LevaditiとNicolauは天然痘ワクチンに使われるワクチニアウイルスを用いて、マウスやラットの腫瘍増殖を抑制できることを実験で示しました。これは実験室レベルで「ウイルスによる腫瘍溶解(おんこりしす=がん細胞がウイルスによって破壊される現象)」を実証した世界初の研究とされています。

この成果により、「ウイルスを使って意図的にがんを攻撃できるかもしれない」という発想が、単なる偶然の観察から科学的な仮説へと昇格しました。

1950年代~1960年代の臨床試験ラッシュ|野生型ウイルスで癌に挑んだ医師たち

1950年代から1960年代にかけて、がんを治療するために野生型(自然界に存在するそのままの)ウイルスを患者に投与する臨床試験が数多く行われました。期待と熱狂に満ちた時代でしたが、同時に安全性の壁にも直面しています。

1949年のホジキン病試験が臨床研究の幕開けとなった

1949年、22名のホジキン病(リンパ腫の一種)患者に対して、肝炎ウイルスを含む血清や組織抽出物を投与する試験が実施されました。これは、ウイルスを用いたがん治療の正式な臨床試験としては記録上もっとも初期のものにあたります。

当時すでに、1897年にウイルス性肝炎がさまざまな疾患を改善させるという報告がありました。こうした臨床上の経験が、ウイルスを治療目的で積極的に使う発想を後押ししたのでしょう。

Memorial Sloan-Kettering病院を中心に多数の試験が展開された

米国ニューヨークのMemorial Sloan-Kettering病院では、Alice MooreとChester Southamを中心に、動物モデルと臨床試験の両面から研究が進められました。

当時は蚊を媒介とするフラビウイルス感染症(西ナイル熱、デング熱、黄熱など)が世界各地で流行しており、こうしたウイルスが初期のウイルス療法試験に使われています。

特に西ナイルウイルスのEgypt 101株は、150件を超える試験で幅広い種類のがんに対して使用されました。多くの患者で血中へのウイルス拡散と腫瘍内でのウイルス増殖が確認されたものの、免疫が正常な患者ではウイルスが速やかに排除され、腫瘍への効果は限定的だったと報告されています。

安全性と効果の限界に研究者たちは悩まされた

臨床試験で繰り返し浮上した問題は、ウイルスの制御が困難だったことです。免疫力が低下した患者ではウイルスが長く体内にとどまり腫瘍の退縮が見られた一方で、正常な組織への感染が深刻な副作用を引き起こすことも少なくありませんでした。

当時の技術では、ウイルスの病原性を弱めつつがん細胞での増殖能力だけを保つ方法がなく、治療効果と安全性の両立は極めて難しかったといえます。こうした壁に直面したことで、多くの研究者が次第にこの分野から離れていきました。

使用されたウイルス対象疾患投与方法
西ナイルウイルス各種固形がん注射(体液・組織抽出物)
肝炎ウイルスホジキン病血清投与
デングウイルス各種がん注射
ムンプスウイルス上顎洞がんなど弱毒化株の投与

なぜ研究は一度途絶えたのか?1970年代~1980年代の停滞期が残した教訓

1970年代から1980年代にかけて、ウイルス療法の研究はほぼ休止状態に陥りました。背景には技術的な限界と、過去の臨床試験における倫理的な反省がありました。

ウイルスの腫瘍選択性を人為的に高める手段がなかった

1950年代~1960年代を通じて、研究者たちはウイルスを動物モデルで継代培養し、腫瘍への選択性(がん細胞だけに感染しやすい性質)を高めようと試みました。しかし成功は限定的で、がん細胞と正常細胞を確実に区別できるウイルスを作り出すことは当時の技術では不可能だったのです。

ウイルスの遺伝子を自在に操作する技術がまだ存在しなかったため、自然界のウイルスをそのまま、あるいはわずかな変異を加えて使うしかありませんでした。

倫理面への懸念が研究の足かせになった

初期の臨床試験の一部では、十分なインフォームド・コンセント(説明と同意)が得られていなかったことが後に問題視されました。Memorial Sloan-Kettering病院のSouthamが関与した試験では、倫理的に疑問のある手続きが行われていたと指摘されています。

停滞の要因具体的な内容影響
技術的限界ウイルスの遺伝子操作が不可能腫瘍選択性を高められず
安全性の問題正常細胞への感染を防げず重篤な副作用が発生
倫理面の反省不十分な同意取得研究への信頼が低下
代替治療の台頭化学療法・放射線療法の進歩研究費が他分野へ移動

化学療法や放射線療法の進歩がウイルス療法の優先度を下げた

同時期に、化学療法や放射線療法の研究が大きく前進し、がん治療の主流はこれらの方法へと移っていきました。当然ながら、研究資金や人材も化学療法や放射線療法に集中し、効果と安全性の両面で課題を抱えるウイルス療法は後回しにされたのです。

停滞期の経験は後の研究を支える礎となった

約20年にわたる停滞期は決して無駄ではありませんでした。この時代に蓄積された「うまくいかなかった理由」の分析こそが、のちの遺伝子工学を用いたウイルス改変研究の方向性を定めることになります。

ウイルスの病原性をどう制御するか、がん細胞だけで増殖させるにはどの遺伝子を操作すればよいか——こうした問いへの答えを求める土台が、この停滞期に形成されました。

遺伝子工学が扉を開けた|1990年代に始まったウイルス設計の新時代

1990年代に入り、逆遺伝学(リバースジェネティクス)をはじめとする遺伝子操作技術が飛躍的に進歩しました。研究者たちは、ウイルスの遺伝子を狙い通りに改変し、がん細胞でだけ増殖する「腫瘍溶解性ウイルス」を設計できるようになったのです。

Martuzaの単純ヘルペスウイルス変異株が突破口を開いた

1991年、米国の脳神経外科医Robert Martuzaらは、単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)のチミジンキナーゼ遺伝子を欠失させた変異株を用いて、マウスの悪性脳腫瘍(グリオーマ)を完全に消失させることに成功しました。

チミジンキナーゼを欠失したHSV-1は、活発に分裂している細胞(がん細胞)では増殖できる一方、分裂していない正常な細胞では増殖が抑制されます。この性質を利用して、がん細胞に対する選択的な攻撃が可能になりました。Martuzaの研究は、遺伝子改変ウイルスによるがん治療研究の出発点として広く認知されています。

ONYX-015(dl1520)がp53経路を標的にした設計で注目を集めた

1990年代後半には、アデノウイルスの一種であるONYX-015(dl1520)が開発され、臨床試験に進みました。ONYX-015はE1B-55K遺伝子を欠失させたウイルスで、がん抑制遺伝子p53が機能を失った腫瘍細胞で選択的に増殖するよう設計されています。

p53はヒトのがんの半数以上で変異が見られる遺伝子であるため、多くのがん細胞を標的にできると期待されました。ただし、p53が正常な腫瘍でもONYX-015が増殖するケースが後に報告され、選択性をめぐる議論が続くことになります。

「第二世代」から「第三世代」へと進化した腫瘍溶解性ウイルスの設計思想

遺伝子改変技術の発展に伴い、ウイルスの設計は3つの世代に分類されるようになりました。第一世代は自然界から選抜した野生型ウイルス、第二世代は特定の遺伝子を欠失させて腫瘍選択性を高めたウイルス、第三世代は治療効果を高める外来遺伝子(免疫刺激因子など)を搭載したウイルスです。

世代が進むごとに安全性と有効性のバランスが改善され、臨床応用への道が大きく広がっていきました。

  • 第一世代:自然界の野生型ウイルスをそのまま利用(例:レオウイルス、ニューカッスル病ウイルス)
  • 第二世代:遺伝子欠失により腫瘍選択性を強化(例:ONYX-015、G207)
  • 第三世代:免疫刺激遺伝子などの外来遺伝子を搭載(例:T-VEC、G47Δ)

世界初の承認薬「Oncorine(H101)」が2005年に中国で誕生した背景

2005年11月、中国のSFDA(国家食品薬品監督管理局)がアデノウイルスを改変した腫瘍溶解性ウイルス「H101」を承認しました。

商品名はOncorine(安柯瑞)で、化学療法との併用で進行した上咽頭がんの治療に用いる薬剤として、世界で初めて規制当局の正式な認可を受けた腫瘍溶解性ウイルス製剤です。

Shanghai Sunway Biotech社が1999年から開発を進めていた

H101の開発を担ったのは、上海に拠点を置くShanghai Sunway Biotech社です。同社は1999年から本格的な開発に着手し、第3相臨床試験を経て2005年の承認に至りました。2006年8月にはGMP(製造管理および品質管理の基準)認証も取得し、商業的な製造と販売が開始されています。

E1B-55K遺伝子を欠失させてがん細胞への選択性を確保した

H101はヒトアデノウイルス5型をベースに、E1B-55K遺伝子とE3領域の一部を欠失させた構造を持っています。E1B-55Kタンパク質はがん抑制因子p53を不活化する働きを持つため、この遺伝子を除去するとウイルスはp53が正常に機能する細胞では増殖しにくくなります。

項目Oncorine(H101)の特徴
ベースウイルスヒトアデノウイルス5型
遺伝子改変E1B-55K欠失・E3領域の一部欠失
承認年2005年(中国SFDA)
対象疾患進行した上咽頭がん(化学療法との併用)
投与方法腫瘍内注射

化学療法との併用で奏効率がほぼ倍増した臨床試験結果

第3相臨床試験では、化学療法剤(5-FUなど)にH101を上乗せした群の奏効率が72~79%に達し、化学療法単独群の約40%と比較してほぼ倍増しました。この結果が承認の根拠となっています。

ただし、全生存率への影響については長期データが十分に蓄積されていない点や、静脈内投与では血中の中和抗体によってウイルスが排除されやすいという課題も残っています。アデノウイルス5型に対する抗体は多くの人がすでに持っているため、腫瘍内への直接注射が主な投与経路です。

米国FDA初の腫瘍溶解性ウイルス治療薬T-VEC|2015年の承認が意味すること

2015年10月27日、米国FDAはタリモジン・ラヘルパレプベック(T-VEC、商品名Imlygic)を承認しました。

手術で切除できない再発悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として認可されたT-VECは、米国において規制当局が承認した初の腫瘍溶解性ウイルス治療薬となり、この分野の臨床的・規制的な正当性を世界に示す転機となっています。

単純ヘルペスウイルス1型を3段階にわたって遺伝子改変した設計

T-VECの土台は、JS1株と呼ばれるHSV-1の臨床分離株です。このウイルスは他のHSV-1株と比べてもともと高い腫瘍溶解活性を持っており、数段階の遺伝子改変を経てT-VECとして完成しました。

主な改変点として、神経毒性に関わるγ34.5遺伝子の両コピー欠失、免疫回避に関わるICP47遺伝子の欠失、そして免疫を活性化するGM-CSF(顆粒球マクロファージコロニー刺激因子)遺伝子の挿入が挙げられます。

γ34.5の欠失により正常細胞での増殖が大幅に制限され、GM-CSFの発現により抗腫瘍免疫が誘導されるという、二段構えの戦略です。

第3相試験「OPTiM」で持続的奏効率の優位性が証明された

T-VECの承認は、436名の切除不能な悪性黒色腫患者を対象とした第3相臨床試験「OPTiM」の結果に基づいています。T-VEC群の持続的奏効率(6か月以上持続する奏効)は16.3%で、比較対象であるGM-CSF皮下投与群の2.1%を大きく上回りました。

全奏効率もT-VEC群が26.4%、GM-CSF群が5.7%という差が出ています。一方で、全生存期間については統計学的に有意な延長は示されておらず、脳・骨・肝臓・肺などの内臓転移に対する有効性も確認されていません。

免疫チェックポイント阻害薬との併用研究が広がっている

T-VECはがん細胞を溶解させると同時に、がん抗原を免疫系にさらす働きがあるため、免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体や抗CTLA-4抗体など)との相乗効果が期待されています。2017年には、T-VECとPD-1阻害薬の併用試験で、腫瘍縮小率62%、完全奏効率33%という注目すべき結果が報告されました。

単剤での治療効果には限界がある一方、複数の免疫療法を組み合わせることで効果を高める「併用療法」の柱として、T-VECへの期待が高まっています。

項目T-VEC(Imlygic)の概要
ベースウイルスHSV-1(JS1株)
主な遺伝子改変γ34.5欠失、ICP47欠失、GM-CSF遺伝子挿入
承認年2015年(米国FDA)
対象疾患切除不能な再発悪性黒色腫(皮膚・リンパ節病変)
投与方法腫瘍内注射(病変部への直接投与)

日本発の脳腫瘍治療薬テセルパツレブ(G47Δ)が切り拓いた新たな道

2021年6月、日本の厚生労働省は腫瘍溶解性ウイルス製剤テセルパツレブ(G47Δ、商品名デリタクト)を悪性神経膠腫(あくせいしんけいこうしゅ=脳にできる悪性腫瘍)の治療薬として条件付きかつ期限付きで承認しました。

脳腫瘍に対する腫瘍溶解性ウイルス治療薬としては世界初の承認であり、日本の研究者が発明から実用化までを主導したという点でも画期的です。

東京大学の藤堂具紀教授らが発明から臨床開発までを一貫して推進した

テセルパツレブは、東京大学医科学研究所の藤堂具紀教授らが開発した第三世代の腫瘍溶解性HSV-1です。第一世代のG207からさらに3つの遺伝子変異を導入し、がん細胞での増殖力と抗腫瘍免疫の誘導能力を強化しながら、安全性を維持した設計が特徴です。

項目テセルパツレブ(G47Δ)の概要
ベースウイルスHSV-1(F株)
遺伝子改変γ34.5の両コピー欠失、α47遺伝子欠失、ICP6遺伝子へのlacZ挿入
承認年2021年(日本・厚生労働省)
対象疾患悪性神経膠腫(グリオブラストーマなど)
投与方法定位的脳内注射(腫瘍への直接投与)

第2相試験で1年生存率84.2%という成績を記録した

承認の根拠となった第2相臨床試験では、放射線療法とテモゾロミド化学療法を受けた後に再発または残存した膠芽腫(こうがしゅ=悪性神経膠腫のなかでも特に悪性度が高い腫瘍)の患者19名が対象でした。

投与開始から1年後の生存率は84.2%で、中央生存期間は投与開始から20.2か月、初回手術からは28.8か月に達しました。膠芽腫は治療後の5年生存率が10%前後ときわめて予後が厳しい疾患であり、この成績は注目に値します。

条件付き承認であり今後7年間の市販後評価が求められている

テセルパツレブの承認は「条件付きかつ期限付き」という形式であり、市販後に全患者の登録・追跡調査を行い、有効性と安全性を改めて検証することが条件です。PMDA(医薬品医療機器総合機構)の監督のもと、今後7年間にわたって臨床データが評価されます。

この条件付き承認制度は、日本独自の「再生医療等製品」に関する枠組みで、有効性が推定される段階で早期に承認する代わりに市販後の検証を義務付けるものです。承認されたからといってすべてが確定したわけではなく、慎重な経過観察のもとでデータが積み重ねられている段階です。

よくある質問

腫瘍溶解性ウイルス療法とは、具体的にどのような治療法を指すのか?

腫瘍溶解性ウイルス療法とは、がん細胞に選択的に感染して増殖し、がん細胞を内側から破壊するウイルスを利用した治療法です。ウイルスはがん細胞の中で増殖した後、細胞を溶解(破壊)させ、同時にがん関連の抗原を周囲に放出します。

放出された抗原は免疫系に認識され、全身的な抗腫瘍免疫を誘導する効果も期待されています。正常な細胞ではウイルスの増殖が制限されるよう遺伝子レベルで設計されているため、がん細胞を選んで攻撃できる点が大きな特徴です。

腫瘍溶解性ウイルス療法の研究は、いつ頃から始まったのか?

ウイルスが腫瘍を縮小させるという現象が医学文献に初めて報告されたのは、1890年代のことです。インフルエンザに似た感染症にかかった白血病患者で腫瘍細胞が減少したことが記録されています。

その後、1922年にはワクチニアウイルスによる実験室での腫瘍溶解が初めて示され、1949年からは正式な臨床試験も始まりました。つまり100年以上の歴史を持つ研究分野であり、長い年月をかけて現在の治療薬へと発展してきました。

腫瘍溶解性ウイルス療法で世界初の承認を受けた薬剤はどれか?

遺伝子改変された腫瘍溶解性ウイルスとして世界で初めて規制当局の承認を受けたのは、中国のOncorine(H101)です。Shanghai Sunway Biotech社が開発したこの薬剤は、2005年に中国のSFDA(国家食品薬品監督管理局)から、進行した上咽頭がんに対して化学療法との併用で使用する承認を取得しました。

その後、2015年に米国FDAがT-VEC(Imlygic)を悪性黒色腫に対して承認し、2021年には日本の厚生労働省がテセルパツレブ(デリタクト)を悪性神経膠腫に対して条件付きで承認しています。

腫瘍溶解性ウイルス療法は、正常な細胞にも害を与えるのか?

現在承認されている腫瘍溶解性ウイルスは、がん細胞でのみ効率的に増殖するよう遺伝子レベルで設計されています。正常な細胞にはウイルスの増殖を抑える防御機能(インターフェロン応答など)が備わっており、改変されたウイルスはこの防御を突破できないため、正常細胞への影響は限定的です。

ただし、発熱・悪寒・倦怠感・注射部位の痛みなどの副作用は報告されています。治療に関する判断は必ず担当の医師と相談のうえで行ってください。

腫瘍溶解性ウイルス療法は、他のがん治療と組み合わせて使えるのか?

腫瘍溶解性ウイルス療法と他の治療法との併用は、現在もっとも活発に研究されている領域のひとつです。

特に免疫チェックポイント阻害薬(抗PD-1抗体など)との組み合わせでは、ウイルスががん抗原を免疫系に提示し、免疫チェックポイント阻害薬が免疫のブレーキを解除するという相補的な作用が期待されています。

中国で承認されたOncorine(H101)も化学療法との併用で認可を受けた薬剤です。併用療法の選択肢は患者さんの病状によって異なるため、主治医に相談されることをおすすめします。

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この記事を書いた人 Wrote this article

前田 祐助

前田 祐助 医学博士 / 医師

慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医