
ヒストン修飾とは、細胞の核の中でDNAが巻き付く「ヒストン」というタンパク質への化学的な印付けです。この修飾は遺伝子の「オン・オフ」を制御しており、がん抑制遺伝子の働きに直接影響します。
近年の研究で、アセチル化やメチル化といった修飾のパターンが崩れると、がん抑制遺伝子が沈黙してがんの発生につながることが明らかになってきました。HDAC阻害薬などこの異常を標的にした治療薬の開発も世界中で進んでいます。
ヒストン修飾の基礎的な仕組みから、乳がん・白血病・大腸がんで確認されている異常パターン、さらにはがん早期発見へのバイオマーカー応用まで、患者目線でわかりやすくお伝えします。
DNAはヒストンというタンパク質にぐるぐると巻き付いて細胞核に格納されている
ヒストンはDNAを格納する「タンパク質のリール」であり、ヌクレオソームという構造の中核をなします。DNAの巻き付き方が変わると遺伝子の読み書きが変化し、それがエピジェネティクスとがんの発生の起点となります。
1.8メートルのDNAが6マイクロメートルの核に収まる驚きのパッケージング
ヒトの細胞ひとつには約30億の塩基対が格納されており、これを1本に伸ばすと約1.8メートルに達します。それが直径わずか6マイクロメートルほどの細胞核に収まるのは、ヒストンというタンパク質がDNAを糸巻きのようにぐるぐると巻き付かせているからです。
4種類のコアヒストン(H2A・H2B・H3・H4)が2分子ずつ集まって「ヒストン八量体(はちりょうたい)」を形成し、そこにDNAが約146塩基対分巻き付いた構造を「ヌクレオソーム」と呼びます。ヌクレオソームがビーズ状に連なりさらに折りたたまれたものがクロマチンで、最終的に染色体へと凝縮します。
ヒストンの「テール(しっぽ)」こそがエピジェネティック修飾の的になる部位
ヌクレオソームの中心部分から外側に飛び出した「テール(しっぽ)」と呼ばれる領域が、エピジェネティック修飾の舞台です。このテールにはリシン(K)やアルギニン(R)などの正に帯電したアミノ酸が並んでおり、そこに化学修飾が加えられることでDNAとヒストンの結合力が変化します。
クロマチン構造がゆるむと転写因子がDNAに接近しやすくなり、遺伝子が読み出されます。逆に凝縮すると遺伝子は読まれにくくなります。この「開いた状態(ユークロマチン)」と「閉じた状態(ヘテロクロマチン)」の切り替えが、正常な細胞の発生・分化からがんまで、幅広い現象と深く関係しています。
コアヒストンの種類と主な修飾部位
| ヒストン | 主な修飾を受けるアミノ酸部位 | 関連する修飾の種類 |
|---|---|---|
| H3 | K4, K9, K27, K36 | メチル化・アセチル化 |
| H4 | K16, K20 | アセチル化・メチル化 |
| H2A | K119 | ユビキチン化 |
| H2B | K120 | ユビキチン化 |
DNAの塩基配列が変わらなくても遺伝子の働きは変わる
がんの発生といえば、「DNAの塩基配列に突然変異が生じる」という観点から語られることが多くありました。しかし近年、塩基配列そのものは正常なのに遺伝子の読まれ方が変わることでがんが発生するケースが数多く報告されています。
こうした「配列を変えずに遺伝子の発現を制御する仕組み」をエピジェネティクスといい、ヒストン修飾はその代表的な担い手です。エピジェネティクスによる変化は遺伝子変異と比べて可逆的(元に戻しやすい)な側面があるため、治療のターゲットとして世界中の研究者が注目しています。
アセチル化・メチル化・リン酸化・ユビキチン化|ヒストン修飾の4種類と担う信号
ヒストン修飾はおもにアセチル化・メチル化・リン酸化・ユビキチン化の4種類に大別されます。それぞれ異なる酵素によって加えられ、遺伝子発現・DNA修復・細胞分裂といった異なる生物学的な働きを調節します。
アセチル化はクロマチンをゆるめ、遺伝子の転写を活性化させる
アセチル化は、ヒストンテールのリシン残基にアセチル基(−COCH₃)が付加される修飾です。アセチル基が加わるとリシンの正電荷が中和され、負電荷を持つDNAとの結合力が弱まります。その結果クロマチン構造がゆるみ、転写因子がDNAに近づきやすくなって遺伝子が読み取られやすくなります。
アセチル基を付加する酵素をHAT(ヒストンアセチル化酵素)、取り除く酵素をHDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)と呼びます。がん細胞ではHDACが過剰に働き、がん抑制遺伝子のプロモーター領域がアセチル化を失って沈黙するケースが数多く報告されています。
メチル化は場所によって遺伝子を眠らせたり目覚めさせたりする二面性を持つ
メチル化は、リシンやアルギニンにメチル基(−CH₃)が加えられる修飾です。アセチル化と異なり、メチル化の効果は「どのアミノ酸の何番目の位置に、何個のメチル基が付くか」によって真逆になります。
H3K4(ヒストンH3の4番目のリシン)へのトリメチル化(me3)は遺伝子発現の活性化を示す一方、H3K27のトリメチル化はがん抑制遺伝子の転写を抑制します。
H3K9のジメチル化(me2)やトリメチル化(me3)はヘテロクロマチンの形成と遺伝子サイレンシングに関わります。がん細胞ではこのバランスが崩れており、H3K27me3の過剰な蓄積やH4K20メチル化の低下などが報告されています。
リン酸化とユビキチン化がDNA修復やがん関連シグナルに関わる仕組み
リン酸化は、ヒストンのセリン・スレオニン・チロシン残基にリン酸基が付加される修飾で、細胞分裂(有糸分裂)やDNA損傷応答と密接に関係します。H3S10(H3の10番目のセリン)のリン酸化は細胞分裂期に増加し、がん細胞では異常なリン酸化が細胞周期の制御を狂わせることがあります。
ユビキチン化は、ユビキチンというタンパク質がヒストンに付加される修飾です。H2BK120のユビキチン化はH3K4メチル化と連動して転写を活性化させ、H2AK119のユビキチン化はポリコーム複合体(PRC1)と関係してがん関連遺伝子の転写抑制に働きます。
ヒストン修飾の種類と機能まとめ
| 修飾の種類 | 主な部位の例 | 主な機能 |
|---|---|---|
| アセチル化 | H3K9ac, H3K27ac | 転写活性化 |
| メチル化 | H3K4me3(活性化) H3K27me3(抑制) | 転写調節(方向は部位依存) |
| リン酸化 | H3S10ph | 細胞分裂・DNA修復 |
| ユビキチン化 | H2BK120ub(活性化) H2AK119ub(抑制) | 転写調節・DNA損傷応答 |
正常な細胞でヒストン修飾が担う「遺伝子スイッチ」の仕事
正常な細胞では、ヒストン修飾酵素が精密に協調しながら遺伝子の発現を制御しています。「書き込み・読み取り・消去」という三段階の制御により、発生・分化・恒常性の維持が実現されます。
「書き込む」「読み取る」「消す」という3種類の酵素が修飾を制御する
ヒストン修飾の制御には、修飾を加える「ライター(Writer)」、修飾を認識する「リーダー(Reader)」、修飾を取り除く「イレイザー(Eraser)」という3種類の酵素群が関わっています。これら三者がバランスよく連携することで、細胞は状況に応じて必要な遺伝子だけを選択的に発現させます。
たとえば成長因子のシグナルが届くと、ライターがH3K4にメチル基を付加してプロモーター(遺伝子の読み出しスタート地点)を活性化し、その印をリーダーが認識して転写複合体を呼び寄せます。シグナルが収まると、イレイザーがメチル基を除去して遺伝子を静止させるという制御サイクルが成立します。
ライター・リーダー・イレイザーと呼ばれる酵素群の代表的な種類
ライターの代表例は、アセチル基を付加するHATファミリー(p300/CBP・GCN5など)やメチル基を付加するHMT(EZH2・MLL/KMT2ファミリーなど)です。イレイザーにはHDACファミリーやKDM(リシン脱メチル化酵素)ファミリーが含まれます。
リーダーとして機能するのは、ブロモドメイン(アセチル化リシンを認識)やクロモドメイン(メチル化リシンを認識)を持つタンパク質です。BET(ブロモドメインと末端外ドメイン)ファミリーはブロモドメインを持ち、アセチル化ヒストンを認識してがん関連遺伝子(MYCなど)の転写を促進するため、がん治療薬の標的として注目されています。
ライター・リーダー・イレイザー三種の比較
| 分類 | 働き | 代表的な酵素・タンパク質 |
|---|---|---|
| ライター | 修飾を付加する | HAT(p300/CBP)、EZH2、MLL |
| リーダー | 修飾を認識する | BETタンパク質、HP1 |
| イレイザー | 修飾を取り除く | HDAC、LSD1(KDM1A)、JMJD3 |
ヒストンコードの概念|複数の修飾が組み合わさって初めて意味をなす
細胞内の遺伝子制御は、ひとつの修飾だけで完結するものではありません。「ヒストンコード仮説」によると、複数のヒストン修飾が組み合わさることで特定の生物学的指令が成立するとされています。
たとえばH3K4me3とH3K27me3が同じヒストンに共存した「バイバレントクロマチン」は、胚性幹細胞が分化の可能性を保ちつつ特定の遺伝子を沈黙させる特殊な状態を示します。
がんではこのコードが読み誤られ、本来沈黙させるべきがん遺伝子が活性化したり、抑制すべきがん抑制遺伝子が永続的に沈黙したりします。こうした「誤読」を引き起こす酵素の異常を標的にすることが、次世代のがん治療のひとつの方向性です。
がん細胞のヒストン修飾パターンが崩れると、がん抑制遺伝子が黙らされる
がんの発生とヒストン修飾の乱れには直接の因果関係があります。HDAC酵素の過剰な活性化やEZH2の異常な高発現が、p53やBRCA1などのがん抑制遺伝子を沈黙させ、細胞のがん化を促進します。
HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)が過剰に働くとがん抑制遺伝子が沈黙する
多くの固形がんや血液がんで確認されている異常のひとつが、HDAC(ヒストン脱アセチル化酵素群)の過剰な活性化です。HDACsがヒストンのアセチル基を過度に取り除くと、クロマチン構造が過剰に凝縮します。転写因子がDNAに近づけなくなり、がん抑制遺伝子(p21・CDKN1A・RB1など)の転写が妨げられます。
その結果、細胞周期のブレーキが外れ、細胞が無秩序に増殖し始めます。多くの白血病や固形腫瘍でHDACの発現量や活性が亢進していることが報告されており、これがHDAC阻害薬という抗がん剤の開発につながっています。
EZH2が過活性化するとポリコーム経路を通じてがんが促進される
EZH2(Enhancer of Zeste Homolog 2)は、H3K27にメチル基を付加するヒストンメチル化酵素です。EZH2の発現量が異常に増えると、H3K27me3というがん抑制遺伝子を沈黙させる修飾が過剰に蓄積します。前立腺がん・乳がん・リンパ腫などでEZH2の高発現が確認されており、予後不良とも相関します。
ポリコーム抑制複合体2(PRC2)の触媒サブユニットであるEZH2の過活性化は、がん抑制遺伝子(INK4B/ARF領域など)を広い範囲にわたって沈黙させ、細胞の不死化や浸潤を促します。EZH2を特異的に阻害する薬剤が現在研究・承認段階にあります。
ヒストン修飾の乱れはDNAメチル化の異常と連動して起きる
がん細胞においてヒストン修飾の乱れは、DNAメチル化の異常と深く連動しています。通常、CpGアイランドと呼ばれる領域のDNAメチル化はヒストンのH3K9me3やH3K27me3と協調して遺伝子を沈黙させます。
がん細胞では、がん抑制遺伝子のプロモーター領域でDNAメチル化とヒストン修飾の抑制的変化が同時に起こり、二重のサイレンシングが生じます。
こうした「エピジェネティックな二重錠」は、DNAの塩基配列変化がなくても遺伝子を永続的に抑制できるため、エピジェネティック治療の重要なターゲットとなっています。
がん細胞でよく見られるヒストン修飾の主な変化
- H3K27me3の過剰な蓄積(EZH2過活性化によるがん抑制遺伝子の沈黙)
- H4K16アセチル化およびH4K20トリメチル化の全般的な低下
- HDACの過剰な活性化とH3・H4アセチル化の減少
- H3K9me3の亢進によるヘテロクロマチン形成とゲノム不安定性の増大
- 本来は一時的なバイバレント状態(H3K4me3とH3K27me3の共存)の異常な維持
乳がん・白血病・大腸がんで確認されたヒストン修飾の異常パターン
がんの種類によって、乱れるヒストン修飾のパターンは異なります。乳がんではアセチル化の低下が薬剤耐性と関係し、白血病ではMLL遺伝子の転座がH3K4メチル化を異常に増やします。大腸がん・胃がんでもH3K27me3の過剰蓄積が多く報告されています。
乳がんでは特定のヒストンアセチル化の低下がホルモン療法の耐性にも関わる
乳がん(特にエストロゲン受容体陽性タイプ)では、H4K16のアセチル化(H4K16ac)とH4K20のトリメチル化(H4K20me3)の全般的な低下が、がん細胞の攻撃性と相関することが報告されています。
HDACクラスⅡに属するHDAC3やSIRT1などの過活性化が、エストロゲン受容体の活性を変化させ、タモキシフェン(ホルモン療法薬)に対する耐性を引き起こす要因のひとつとも考えられています。
さらに、EZH2の高発現が三重陰性乳がん(ER・PR・HER2のいずれも陰性)の予後不良と相関することも示されています。乳がんのエピジェネティック解析は診断や治療の個別化を目指した研究が急速に進んでいます。
白血病ではMLL遺伝子の転座がH3K4メチル化を異常に増加させる
急性白血病(AML・ALLの一部)では、MLL(Mixed Lineage Leukemia)遺伝子が他の遺伝子と融合するMLL転座が確認されます。本来MLL(KMT2A)はH3K4にメチル基を付加してHOX遺伝子などを適切に活性化する酵素ですが、転座により融合タンパク質が生じると、H3K4me3が異常な部位にまで過剰に付加されます。
白血病細胞の増殖を促すHOXA9などのがん遺伝子が永続的に活性化され、正常な分化が止まって白血病が発症します。SEC(スーパーエロンゲーション複合体)との協調も明らかになっており、このシグナル経路を遮断する薬剤の研究が進められています。
がん種別・ヒストン修飾の主な異常
| がん種 | 主な修飾異常 | 関連する酵素・遺伝子 |
|---|---|---|
| 乳がん | H4K16ac低下、EZH2高発現 | HDAC3、EZH2 |
| 白血病(AML/ALL) | H3K4me3の異常増加 | MLL転座、DOT1L |
| 大腸がん | H3K27me3の過剰蓄積 | EZH2 |
| 前立腺がん | H3K9ac低下、H3K27me3上昇 | HDAC2、EZH2 |
大腸がん・胃がんでも確認されるH3K27me3の過剰な蓄積
大腸がんや胃がんでも、EZH2を介したH3K27me3の過剰な蓄積が報告されています。大腸がんでは、CDX2(腸管分化に関わる遺伝子)やMLH1(DNAミスマッチ修復遺伝子)のプロモーター領域がH3K27me3の過剰蓄積とDNAメチル化によって二重に抑制され、腫瘍の発生・進展に関与します。
胃がんでは、EZH2の高発現がリンパ節転移や深達度と相関するとの報告があり、EZH2の発現量の評価が予後予測につながる可能性も示されています。エピジェネティックな変化は可逆的であるため、これら変化の是正を目的とした治療薬の研究が世界規模で進んでいます。
ヒストン修飾の異常を標的にしたがん治療薬|HDAC阻害薬の特徴と現状
ヒストン修飾の異常を是正するがん治療薬の中で、HDAC阻害薬が最も実用化が進んでいます。血液がんを中心に承認例があり、EZH2阻害薬やBET阻害薬など新しいエピジェネティック治療薬の研究も活発に行われています。
HDAC阻害薬とはどんな薬か|代表薬の種類と主な適応
HDAC阻害薬は、HDACの過剰な活性化を阻止することでヒストンのアセチル化を回復させ、がん抑制遺伝子の再発現を促す薬剤です。2000年代以降、複数のHDAC阻害薬が各国で承認されています。代表的なものとしては、ボリノスタット(SAHA/ゾリンザ®)・ロミデプシン・パノビノスタット・ベリノスタットなどが挙げられます。
これらは主に皮膚T細胞リンパ腫・末梢性T細胞リンパ腫・多発性骨髄腫などの血液がんに対して使用されており、日本でも一部の薬剤が使用可能となっています。固形腫瘍への単剤療法では効果が限定的なケースも多く、他の薬剤との組み合わせによる相乗効果が期待されています。
EZH2阻害薬・BET阻害薬など次世代のエピジェネティック治療が広がっている
EZH2を標的にした阻害薬としては、タゼメトスタット(Tazverik®)がEZH2変異を持つ濾胞性リンパ腫や上皮様肉腫に対して承認されています。EZH2阻害薬はH3K27me3の蓄積を抑え、沈黙していたがん抑制遺伝子を再び活性化させます。
BET阻害薬は、BETタンパク質(BRD2・BRD3・BRD4)がアセチル化ヒストンを認識するのを阻害することで、MYCなどのがん遺伝子の転写を抑制します。血液がんから固形腫瘍まで幅広いがん種への適応を目指した臨床試験が進行中です。また、DNAメチル化阻害薬(アザシチジン・デシタビン)との組み合わせ研究も活発に行われています。
エピジェネティック治療を受けるときの副作用管理と多剤併用の考え方
HDAC阻害薬を含むエピジェネティック治療薬は、がん細胞だけでなく正常細胞のヒストン修飾にも影響を与えるため、副作用の管理が重要です。主な副作用としては、血球減少(貧血・血小板減少・好中球減少)・消化器症状(悪心・嘔吐・下痢)・疲労感・QT延長(心臓への影響)などが挙げられます。
担当医の説明をよく確認し、副作用の早期発見に努めることが大切です。また、免疫チェックポイント阻害薬(PD-1/PD-L1抗体)との組み合わせ療法も研究されており、エピジェネティック治療が免疫細胞のがん攻撃力を高める可能性も示されています。
主なエピジェネティック治療薬の種類
- ボリノスタット(ゾリンザ®)…短鎖脂肪酸型HDAC阻害薬、皮膚T細胞リンパ腫に使用
- ロミデプシン…環状ペプチド型HDAC阻害薬、T細胞リンパ腫への適応を持つ
- パノビノスタット…広範なHDACを阻害するパンHDAC阻害薬、多発性骨髄腫への適応あり
- タゼメトスタット(Tazverik®)…EZH2阻害薬、EZH2変異を持つ濾胞性リンパ腫・上皮様肉腫に承認
がん早期発見の手がかりとして、ヒストン修飾のパターンが世界中で研究されている
ヒストン修飾のパターンは、がんの種類や進行度によって特徴的に変化します。血液や組織から得られたサンプルのヒストン修飾プロファイルをがん検査のバイオマーカーとして活用する研究が進んでいます。
血液や組織のヒストン修飾パターンはがん検査のバイオマーカーになりうるのか?
バイオマーカーとは、がんの存在・進行度・治療反応性などを客観的に示す生物学的指標のことです。血液・尿・組織などから得られるため、侵襲性の低い検査(たとえばリキッドバイオプシー=血液で調べるがん検査)への応用が期待されています。
ヒストン修飾については、腫瘍から放出される循環腫瘍細胞(CTC)や循環腫瘍DNA(ctDNA)のエピゲノム解析によってがん種の特定が試みられています。感度・特異度の向上に向けて、複数の修飾マーカーを組み合わせた「エピジェネティックシグネチャー」の確立が求められています。
バイオマーカーとして注目されているヒストン修飾マーカー
| マーカー | 関連するがん種 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| H3K27me3高発現 | 乳がん・大腸がん・胃がん | EZH2阻害薬の効果予測 |
| H4K16ac低下 | 前立腺がん・乳がん | 予後不良の指標 |
| H3K4me3変化 | 白血病・肺がん | がんの発生段階の把握 |
エピゲノム解析技術の進歩でがん種別の修飾プロファイルが明らかになってきた
ChIP-seq(クロマチン免疫沈降シークエンシング)やATAC-seqなどの技術が発展したことで、全ゲノムにわたるヒストン修飾のマッピングが可能になっています。がん種ごとに特徴的なヒストン修飾パターン(エピジェネティックランドスケープ)が少しずつ描かれるようになってきました。
国際的なThe Cancer Genome Atlas(TCGA)プロジェクトでは、多数のがん種のエピゲノムデータが蓄積されており、ヒストン修飾とDNAメチル化の関係、がんの発生ステージとエピゲノム変化の対応関係などが明らかになっています。こうしたデータは、がんの分子サブタイプの同定や予後予測の精度向上に役立てられています。
ヒストン修飾研究ががんワクチン・予防医学の扉を開こうとしている
ヒストン修飾の異常は、DNAの変異とは異なり「可逆的」です。つまり、適切な介入によって正常な状態に近づけられる可能性があります。この特性を活かし、がんの早期段階でエピジェネティックな変化を検出・是正する「がん予防医学」への応用が構想されています。
また、喫煙・肥満・慢性炎症といった生活習慣のリスク因子が、ヒストン修飾を介してがんのリスクを高めることも明らかになってきています。日常の生活習慣の改善にできるだけ早い段階から取り組むことで、エピジェネティックな変化を防ぎ、がん発生のリスクを下げることにつながると考えられています。
よくある質問
ヒストン修飾が乱れると、がん細胞ではどのような変化が起きるのですか?
ヒストン修飾のバランスが崩れると、細胞の増殖を抑えるがん抑制遺伝子(p21・RB1・BRCA1など)が沈黙する一方、増殖を促すがん遺伝子(MYC・BCL2など)が過剰に活性化されます。この変化が積み重なることで、細胞が正常な分化・増殖の制御から外れ、がん化が進みます。
また、DNA修復に関わる遺伝子も沈黙しやすくなるため、さらなる遺伝子変異が蓄積しやすい状態が生まれます。ヒストン修飾の乱れは「がんが一気に発生する引き金」というより、複数の変化が積み重なってがんを育てていく土壌を作るイメージです。
ヒストン修飾の乱れは、食事や生活習慣の影響を受けることがありますか?
研究により、喫煙・肥満・慢性炎症・過度の飲酒といった生活習慣は、ヒストン修飾のパターンに影響を与えることがわかっています。たとえば喫煙者の気道上皮細胞では、非喫煙者と比較してH3K27me3の分布が変化し、がん抑制遺伝子が沈黙しやすい状態になることが報告されています。
一方、緑茶に含まれるEGCGやブロッコリーに含まれるスルフォラファンなど、一部の食品成分がHDACを阻害したりメチル化を調節したりする作用を持つことも示されています。ただし食品成分の効果は薬剤と比べると微弱であり、がん予防に確実な効果があるとは現時点では言い切れません。
HDAC阻害薬はどのようながん種に対して使われていますか?
承認されているHDAC阻害薬は主に血液がん(皮膚T細胞リンパ腫・末梢性T細胞リンパ腫・多発性骨髄腫)に使用されています。ボリノスタット・ロミデプシン・パノビノスタット・ベリノスタットなどが海外で承認されており、日本でも一部が使用可能です。
固形腫瘍(大腸がん・肺がんなど)への単独投与では効果が限定的なことが多く、免疫チェックポイント阻害薬や化学療法・EZH2阻害薬などとの組み合わせによる相乗効果を狙った臨床試験が進められています。具体的な治療選択肢については、主治医にご相談ください。
ヒストン修飾のパターンを調べるがん検査は、現在一般的に受けられますか?
現時点では、ヒストン修飾を直接測定する検査は標準的な検診や保険診療の範囲内で広く行われているわけではありません。研究機関や専門施設では組織生検サンプルや血液サンプルを用いたエピジェネティック解析が試みられていますが、診断に直接使用できる確立されたキットはまだ限られています。
一方、ヒストン修飾と関連するバイオマーカー(たとえばEZH2の過発現を病理検査で確認するなど)は一部のがんで研究的に利用されています。がんの精密検査や検診について気になることがある場合は、かかりつけ医や専門の医療機関にご相談ください。
ヒストン修飾の異常ながんの原因になることと、遺伝子変異によるがんの発生はどう違うのですか?
遺伝子変異は、DNAの塩基配列そのものに変化が生じることで起きます。この変化は基本的に「不可逆的」であり、一度起きると元に戻ることはほとんどありません。一方、ヒストン修飾の異常はエピジェネティックな変化であり、DNAの塩基配列は変わらないまま遺伝子の発現だけが変化します。
エピジェネティックな変化は原則として可逆的であるため、薬剤による是正が理論上可能です。これがHDAC阻害薬やEZH2阻害薬などの研究・開発の根拠となっています。ただし実際には、ヒストン修飾の異常と遺伝子変異の両方ががんに関わるケースも多く、がんの発生は複合的な要因によるものです。
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この記事を書いた人 Wrote this article
前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医