エピジェネティクスと生活習慣|食事・運動が遺伝子の働きを変える仕組み

エピジェネティクスと生活習慣|食事・運動が遺伝子の働きを変える仕組み

エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列を変えずに遺伝子の働きをオン・オフする仕組みです。食事や運動といった日常の生活習慣が、このスイッチを動かしていることが多くの研究で明らかになっています。

特に癌との関係は深く、腫瘍抑制遺伝子が過剰にメチル化されてスイッチが切れると、細胞ががん化しやすくなります。逆に、葉酸を多く含む野菜や緑茶のポリフェノール、定期的な有酸素運動は、遺伝子を守る方向にエピゲノムを変化させることが示されています。

自分の遺伝子は変えられなくても、遺伝子の働き方は毎日の選択で変えていける——この記事では、そのエビデンスと具体的な生活習慣のヒントをわかりやすくお届けします。

そもそもエピジェネティクスとは何か|DNAを変えずに遺伝子の働きを変える仕組み

エピジェネティクスとは、DNA(遺伝子の設計図)の文字列そのものを書き換えることなく、遺伝子の働きをコントロールする仕組みです。すべての細胞に同じDNAが入っているにもかかわらず、皮膚の細胞と肝臓の細胞が全く違う機能を持つのは、この仕組みで「どの遺伝子を使うか」が細胞ごとに決まっているからです。

遺伝子には「オン・オフ」のスイッチがある

全身の細胞には同じDNAが収まっています。しかし約2万個の遺伝子のうち、実際に機能している遺伝子は細胞の種類によって異なります。この遺伝子の「使い分け」を担っているのがエピジェネティクスです。

スイッチが「オン」になれば、その遺伝子からタンパク質が作られ、細胞は特定の機能を発揮します。反対に「オフ」になれば、そのタンパク質は産生されません。重要なのは、このスイッチが後天的な要因——食事や運動、ストレスといった生活習慣によって動くという点です。

がんの文脈でいえば、腫瘍の増殖を抑えるはずの「腫瘍抑制遺伝子」が何らかの原因でスイッチオフになると、細胞ががん化しやすくなります。

DNAメチル化とヒストン修飾——エピジェネティクスの2大メカニズム

エピジェネティクスの中でもっともよく研究されているのが「DNAメチル化」です。これはDNAの特定の部位(CpGサイトと呼ばれる場所)にメチル基が付加される現象で、通常は遺伝子の発現を抑制する方向に働きます。がん細胞では、この仕組みが腫瘍抑制遺伝子を沈黙させるために悪用されていることが多く確認されています。

もう1つの主要な仕組みが「ヒストン修飾」です。DNAはヒストンというタンパク質に巻き付いた状態で細胞の核に収納されており、ヒストンへのアセチル基やメチル基の付加・除去によって、DNAが巻かれる強さが変わり、遺伝子の読み取りやすさが変化します。

さらに「マイクロRNA」と呼ばれる小さなRNA分子が遺伝子の翻訳を後から制御する仕組みも、エピジェネティクスの重要な一角を担っています。

エピジェネティクスの主な仕組みと影響

仕組み内容がんへの影響
DNAメチル化CpGサイトへのメチル基付加腫瘍抑制遺伝子のサイレンシング
ヒストン修飾ヒストンへのアセチル基・メチル基の付加・除去クロマチン構造の変化→遺伝子発現の増減
マイクロRNA非コードRNAによる遺伝子制御がん関連遺伝子の翻訳抑制

エピジェネティクスは後天的に変化する

遺伝子の塩基配列(ゲノム)は基本的に生涯変わりません。しかしエピジェネティクスのパターンは、年齢を重ねるにつれて変化し、食事・運動・ストレス・睡眠といった生活習慣に大きく左右されます。

これが「生活習慣を変えることで遺伝子の働きを変えられる」という考え方の根拠です。癌を発症するリスクは遺伝子配列だけで決まるのではなく、長年の生活習慣が積み重ねるエピジェネティクスのパターンにも強く影響されます。

遺伝子配列を変えることはできなくても、その「使われ方」は自分の選択で変えていける——エピジェネティクス研究が示すのは、こうした可能性です。

食事が遺伝子のスイッチを動かす|栄養素がエピゲノムに与える影響

毎日口にする食べ物は、単にエネルギーや栄養素を提供するだけでなく、遺伝子の発現パターンをも変えています。葉酸、ポリフェノール、一部のビタミン・ミネラルは、DNAのメチル化酵素やヒストン修飾酵素に直接作用し、エピゲノムを書き換えることが明らかになっています。

葉酸・ビタミンB群・メチオニンはDNAメチル化の原料

DNAメチル化には「SAM(S-アデノシルメチオニン)」という物質がメチル基の供給源として使われます。このSAMを作るために必要なのが、葉酸・ビタミンB6・ビタミンB12・メチオニンです。これらの栄養素が慢性的に不足すると、DNAメチル化のバランスが崩れ、本来メチル化されるべき場所が低メチル化状態になります。

その結果、がん遺伝子が過剰に活性化するリスクが高まることが、動物実験や疫学研究で繰り返し示されています。緑の葉野菜(ほうれん草・ブロッコリー・アスパラガスなど)、枝豆、レバーは葉酸を豊富に含む食品です。

これらを毎日の食事に取り入れることが、エピゲノムの正常なメチル化パターンを保つ上で大切といえます。

ポリフェノールがDNAのメチル化パターンを整える

緑茶に含まれるEGCG(エピガロカテキンガレート)、大豆のゲニステイン、ターメリック(ウコン)のクルクミン、ブロッコリーのスルフォラファンなどのポリフェノール・フィトケミカルは、エピジェネティクスに働きかけるとして注目されています。

これらの成分は、DNAメチル化酵素(DNMT)やヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)の活性を調節することで、腫瘍抑制遺伝子の発現を再活性化させる可能性が複数の研究で示されています。

ただし、食品から摂取できる量と実験室での濃度には差があるため、「特定の食品だけで確実にがんを予防できる」と断言できるエビデンスレベルには至っていません。あくまでもバランスのよい食生活の一部として位置づけることが重要であり、偏った摂取ではなく多様な食材を組み合わせるアプローチが現実的です。

不健康な食習慣がエピゲノムを乱す経路

高脂肪食・高糖質食が継続すると、体内の慢性炎症が進み、DNAメチル化のパターンが乱れることが動物研究で確認されています。過度のアルコール摂取は葉酸の吸収を阻害し、DNA低メチル化を引き起こすと報告されています。

また、タバコに含まれる発がん物質は、DNAに変異を引き起こすだけでなく、エピジェネティクスを変化させることで腫瘍抑制遺伝子の働きを抑制します。

精製された炭水化物(白米・白パン・砂糖)が中心の食生活はインスリン抵抗性を高め、がん関連シグナルを活性化させる可能性があります。

地中海式食事法——野菜・果物・オリーブオイル・全粒穀物・魚を中心とした食事パターン——は、エピジェネティクスに良い変化をもたらすことが示されており、癌予防の観点からも参考になる食事スタイルといえます。

食事で特に意識したい避けるべき習慣

  • 超加工食品・ファストフードを毎日摂取する食習慣
  • 1日2杯以上の習慣的な飲酒(葉酸代謝の阻害)
  • 葉酸・ビタミンB群が不足した極端な偏食
  • 急激な体重増加を引き起こす高カロリー食の継続

運動が遺伝子発現を書き換える|身体活動とエピジェネティクスの深い関係

定期的な運動が健康に良いことはよく知られていますが、その分子レベルの仕組みの1つとして「エピジェネティクス変化」があることが最近の研究で明らかになっています。有酸素運動や筋力トレーニングは、DNAメチル化パターンや遺伝子発現を変化させ、がんをはじめとした慢性疾患のリスクを下げる方向に働きます。

有酸素運動が炎症関連遺伝子のスイッチを切る

慢性炎症は多くのがんの基盤となる要因です。定期的な有酸素運動は、炎症を促進する遺伝子のDNAメチル化を変化させ、炎症シグナルを抑制する方向に働くことが複数の研究で示されています。

大腸がんを対象にした研究では、定期的な身体活動が男性で約24%、女性で約23%のリスク低下と関連することが報告されており、そのメカニズムの一部にエピジェネティクス変化が含まれます。

運動は腸内細菌叢を改善する側面もあります。定期的な身体活動によって有益な腸内細菌(酪酸産生菌など)が増え、それらが産生する酪酸(ブチレート)がHDACの阻害剤として機能することで、腫瘍抑制遺伝子が再び活性化されるという経路も注目されています。

筋力トレーニングと腫瘍抑制遺伝子のメチル化

有酸素運動だけでなく、筋力トレーニングもエピジェネティクス変化をもたらすことが示されています。筋力トレーニングを含む運動介入では、BRCA1(乳がん抑制遺伝子)やFKBP5などの特定遺伝子のメチル化レベルが有意に変化したことが無作為化比較試験で確認されています。

特に有酸素運動と筋力トレーニングを組み合わせた場合に、DNAメチル化の変化がより広範な遺伝子に及ぶというデータもあります。「有酸素運動のみ」よりも「両方を組み合わせた介入」の方が、がん関連遺伝子のエピジェネティクス変化を引き起こしやすい傾向が報告されています。

運動の種類とエピジェネティクスへの主な影響

運動の種類主な遺伝子への影響関連する疾患予防
有酸素運動炎症関連遺伝子のメチル化変化大腸がん・代謝疾患
筋力トレーニングBRCA1・ASC遺伝子のメチル化増加乳がん・心疾患
両方の組み合わせ広範なDNAメチル化変化複合的な疾患予防

運動が腸内環境を介してエピジェネティクスを変える

「運動→腸内細菌の改善→短鎖脂肪酸(酪酸)の産生→HDAC阻害→腫瘍抑制遺伝子の再活性化」というこの連鎖反応は、運動が癌予防に貢献するメカニズムの1つとして研究されています。腸内環境を整えることが遺伝子の働きにまで影響するという事実は、身体活動と食事の両立がいかに重要かを示しています。

また、運動は酸化ストレスを軽減し、DNA修復機能を高め、インスリンやIGF-1といった癌の進行に関わるホルモンを調節する働きも持ちます。エピジェネティクスへの影響は、こうした複合的な効果の一部として捉えるとよいでしょう。

癌とエピジェネティクス|遺伝子の誤ったスイッチが細胞をがん化させる経路

がん細胞には、正常細胞とは異なるエピジェネティクスのパターンが認められます。腫瘍抑制遺伝子のスイッチが切れ、がん遺伝子のスイッチが入った状態が積み重なることで、細胞はがん化への道を歩み始めます。そしてこの「エピジェネティクスの誤り」は、生活習慣によって加速される可能性があります。

腫瘍抑制遺伝子の過剰メチル化とがん発生の関係

多くのがん細胞では、腫瘍抑制遺伝子のプロモーター領域(遺伝子のスイッチを入れる部分)が過剰にメチル化されていることが確認されています。この「過剰メチル化(ハイパーメチル化)」によって、本来なら細胞の異常増殖を止めるはずの遺伝子が働かなくなります。

代表的な例がMLH1(大腸がんに関係するミスマッチ修復遺伝子)やCDKN2A(細胞周期の抑制遺伝子)です。これらが沈黙すると、がん細胞が際限なく増殖できる状態が生まれます。

エピジェネティクス変化は、遺伝子変異よりも「早い段階」から起こることが多いとされています。特定の遺伝子のDNAメチル化パターンを血液や便から検出する「エピジェネティクスバイオマーカー」の研究が進んでおり、がんの超早期発見ツールとしての応用が期待されています。

グローバルな低メチル化とゲノムの不安定性

がん細胞のもう1つの特徴が、ゲノム全体の「低メチル化(ハイポメチル化)」です。正常細胞では封印されているはずの反復配列やトランスポゾン(動く遺伝子)が低メチル化によって活性化し、染色体の転座や変異を引き起こすことがあります。

この状態は「ゲノムの不安定性」と呼ばれ、さらなる遺伝子変異が積み重なって癌が悪性化するリスクを高めます。つまり、がん細胞では「抑えるべき遺伝子(腫瘍抑制遺伝子)が過剰にメチル化されて沈黙し、活性化すべきでない領域が低メチル化されて暴走する」という二重の歪みが生じているのです。

エピジェネティクス変化の可逆性——予防へのヒント

エピジェネティクス変化が遺伝子変異と根本的に異なる点は、「可逆的(元に戻せる)」という特性です。遺伝子のDNA配列に起きた変異は基本的に元には戻りませんが、DNAメチル化やヒストン修飾のパターンは、生活習慣の改善によって変化させられる可能性があります。

この可逆性が、食事・運動・禁煙といった生活習慣の改善による予防効果を科学的に支持する根拠の1つです。がん治療分野では、DNAメチル化酵素(DNMT)やHDACを標的とした薬剤が一部のがん種で使われており、エピジェネティクスは治療の標的としても研究が進んでいます。

がんで見られる主なエピジェネティクス変化

エピジェネティクス変化主な影響代表的ながん種
腫瘍抑制遺伝子のハイパーメチル化細胞増殖の歯止めが失われる大腸がん・乳がん・肺がん
ゲノム全体の低メチル化ゲノム不安定性・がん遺伝子活性化多くのがん種
ヒストン修飾の異常クロマチン構造が乱れ遺伝子発現が歪む血液がん・固形がん

毎日の食生活で遺伝子を守る|エピジェネティクスに良い食品と避けるべき食習慣

「どう食べるか」が「遺伝子の働き方」を左右する時代になりました。エピジェネティクス研究の進歩により、日々の食品の選択が腫瘍抑制遺伝子を守り、がん関連遺伝子を抑制する可能性が科学的に裏付けられてきています。

がん予防に役立てたい食品と含まれる成分

ブロッコリーやキャベツ、芽キャベツなどのアブラナ科野菜に含まれるスルフォラファンは、HDAC阻害作用を持ち、腫瘍抑制遺伝子の再活性化を促す可能性があります。緑茶のEGCGは、がん細胞のDNAメチル化パターンを正常化する方向に働くとされており、前立腺がん・大腸がん・乳がんを対象とした複数の研究で注目されています。

大豆製品に含まれるゲニステインは、がん細胞のDNAメチル化酵素を阻害することで、沈黙していた腫瘍抑制遺伝子を再び活性化させる可能性が示されています。ターメリック(ウコン)のクルクミンも、DNAメチル化とヒストン修飾の両方に働きかける多機能なフィトケミカルとして研究が続いています。

エピジェネティクスをサポートする主な食品と成分

食品主な成分エピジェネティクスへの作用
緑茶EGCG(エピガロカテキンガレート)DNAメチル化酵素(DNMT)を阻害
ブロッコリースルフォラファンHDAC阻害→腫瘍抑制遺伝子の再活性化
大豆・豆腐ゲニステインDNAメチル化の正常化
ターメリック(ウコン)クルクミンDNMT・HDAC両方への働きかけ
ほうれん草・枝豆葉酸DNAメチル化の原料(SAM)の供給

食事パターン全体で考えることの大切さ

過剰な動物性脂肪の摂取は体内の慢性炎症を助長し、エピゲノムを乱す方向に働くとされています。精製された炭水化物(白米・白パン・砂糖)が中心の食生活はインスリン抵抗性を高め、がん関連シグナルを活性化させる可能性があります。

地中海式食事法——野菜・果物・オリーブオイル・全粒穀物・魚を中心とした食事パターン——は、エピジェネティクスに良い変化をもたらすことが示されており、癌予防の観点からも参考になる食事スタイルです。

大切なのは、単一の「スーパーフード」に頼るのではなく、食事パターン全体でエピゲノムを整えるという発想を持つことです。

運動習慣はどのくらい続ければ遺伝子に変化が出るのか

「運動のエピジェネティクスへの効果はすぐ出るのか」「どれくらい続ければよいのか」は、多くの方が気になるところです。現在のエビデンスが示すのは、「6週間〜12週間のまとまった運動介入で、特定遺伝子のメチル化変化が確認できる」という点です。

6週間〜12週間で現れるエピジェネティクス変化のエビデンス

大腸がんサバイバーを対象にした研究では、6週間の有酸素運動+筋力トレーニングを実施したグループで、756カ所のCpGサイトにおいて対照群とは異なるメチル化変化が確認されました。免疫応答や転写制御に関わる遺伝子が影響を受けており、運動ががん経験者にもエピジェネティクスレベルで変化をもたらすことが示されています。

別の研究では、12週間〜12カ月の運動介入で、BRCA1やFKBP5といった疾患関連遺伝子のメチル化が有意に変化することが確認されています。「有酸素運動だけより、筋力トレーニングを加えた方がメチル化変化が起きやすい」という傾向も報告されており、トレーニングの種類の組み合わせが重要なカギとなりそうです。

1週間の運動量の目安と種類

現時点での研究が示す「エピジェネティクス変化が期待できる運動量」の目安としては、週3〜5日、1回あたり30〜60分、中等度〜高強度の有酸素運動(ウォーキング・ジョギング・水泳・サイクリングなど)を継続することが基本となります。

これに週2回以上の筋力トレーニング(スクワット・腕立て伏せ・ダンベル運動など)を組み合わせることで、エピジェネティクスへの好影響がより広範囲の遺伝子に及ぶ可能性があります。いきなり高強度の運動を始める必要はなく、まずは「毎日歩く」「週2回のスロートレーニング」から始めることが、長続きへの近道です。

中高年・がん経験者でも効果は期待できる

エピジェネティクス変化は若い世代だけのものではありません。中高年や大腸がんサバイバーを対象とした試験でも、運動介入後にDNAメチル化パターンの変化が確認されており、年齢や既往歴に関係なく運動の恩恵を受けられる可能性が示されています。

ただし、がん治療中や治療直後の方が運動を始める際には、必ず担当医に相談した上で実施することが前提です。強度や種類は個人の体力・治療状況に合わせた個別設計が必要であり、医師・理学療法士と相談しながら進めていくことをお勧めします。

運動を始める際の基本的な注意点

  • 担当医やかかりつけ医に事前に相談する
  • 初期は低強度(ウォーキングなど)から始め、少しずつ負荷を上げる
  • 有酸素運動と筋力トレーニングの両方を組み合わせる
  • 週3日以上、継続することを最優先に考える

生活習慣全体でエピゲノムを整える|睡眠・ストレス・禁煙との関係

エピゲノムに影響を与えるのは食事と運動だけではありません。睡眠の質、慢性的なストレス、喫煙・飲酒といった習慣も、DNAメチル化パターンやヒストン修飾を変化させることが明らかになっています。がん予防の観点から生活習慣を見直すなら、こうした要因も視野に入れることが大切です。

睡眠不足がDNAメチル化パターンを乱す

睡眠は細胞の修復とDNA損傷の回復において重要な役割を担っています。慢性的な睡眠不足は体内の炎症反応を高め、一部の免疫関連遺伝子や代謝関連遺伝子のメチル化パターンに変化をもたらすことが研究で示されています。

夜勤労働者や睡眠障害を持つ人では、DNAメチル化の乱れが認められる場合があり、一部の研究ではがんリスクとの関連も指摘されています。

生活習慣とエピジェネティクスへの影響まとめ

生活習慣の要因エピジェネティクスへの影響関連するがんリスク
睡眠不足・不規則な生活炎症関連遺伝子のメチル化が乱れる乳がん・大腸がん
慢性ストレスヒストン修飾の変化・DNA損傷の蓄積複数のがん種
喫煙広範囲のDNAメチル化異常肺がん・食道がんなど
過度の飲酒葉酸代謝の阻害→低メチル化の進行食道がん・肝がんなど
規則正しい睡眠・運動炎症抑制・DNA修復の促進リスク低下に寄与

慢性ストレスとエピジェネティクス変化のメカニズム

慢性的な心理的ストレスは、コルチゾールなどのストレスホルモンを慢性的に上昇させます。これが長期化すると、免疫機能の低下、DNA損傷の蓄積、ヒストン修飾の変化が生じ、細胞のがん化に有利な環境が整ってしまいます。精神的な健康管理は、エピゲノム保護の視点からも見直されるべき重要な要因です。

マインドフルネスや瞑想、規則正しい休息がエピジェネティクスに良い変化をもたらす可能性を示す研究も出てきており、「心の習慣」も遺伝子の働き方に影響を与えるという視点が広まりつつあります。

喫煙・飲酒がエピゲノムに残す痕跡

タバコの煙に含まれる多環芳香族炭化水素やニトロソアミンは、DNAの広範囲にわたるメチル化異常を引き起こします。これは禁煙後も一定期間エピゲノムに残ることが示されており、喫煙の影響が遺伝子レベルで長く続く可能性があります。だからこそ、「もう遅い」と諦めず、今日から禁煙に踏み出す意義は十分あります。

アルコールは体内での葉酸代謝を阻害し、SAM(DNAメチル化の原料)の供給を減らします。その結果、DNAの低メチル化が進み、がん遺伝子が活性化しやすくなります。節酒・禁煙は、エピジェネティクスの観点からも明確に推奨される生活習慣の変化です。

食事・運動・睡眠・ストレス管理・禁煙——この5つの柱をバランスよく整えることが、エピゲノムを守る総合的なアプローチとなります。

よくある質問

エピジェネティクスと生活習慣の関係は、科学的に証明されているのでしょうか?

エピジェネティクスと生活習慣の関係は、動物実験・疫学研究・無作為化比較試験を通じて積み重ねられた科学的根拠に裏付けられています。特に食事や運動がDNAメチル化パターンを変化させることは、複数の国際的な査読論文で確認されています。

ただし、「どの食品をどれだけ食べれば確実に予防できるか」という個人レベルの精密な答えはまだ研究途上です。現時点では「総合的な生活習慣の改善」が推奨される段階であり、1つの食品や習慣で劇的な効果を期待するよりも、継続的な改善の積み重ねが重要です。

エピジェネティクスの変化は、子どもや孫の世代に遺伝するのでしょうか?

一部のエピジェネティクス変化は次世代に受け継がれる可能性が動物実験で示されており、「世代を超えたエピジェネティクス(トランスジェネレーショナル・エピジェネティクス)」と呼ばれています。ただし、人間においてどの程度・どのようなエピジェネティクス変化が遺伝するかについては、まだ研究が進行中です。

確実にいえることは、自分の生活習慣を改善することは少なくとも自分自身のエピジェネティクスに良い変化をもたらすという点です。将来の世代のためにも、今の生活習慣を見直す意義は十分あります。

エピジェネティクスの状態を調べる検査は受けられるのでしょうか?

現時点では、エピジェネティクスを直接測定する検査は主に研究目的で実施されており、一般の医療機関で広く提供されているものではありません。一部の先進的な医療施設や研究機関では血液・唾液・便を用いたDNAメチル化の解析が行われています。

今後、エピジェネティクスバイオマーカーを活用したがんの早期発見検査が実用化される可能性があり、研究が急速に進んでいます。エピジェネティクス検査の普及には、まだ数年単位の時間が必要とみられています。

エピジェネティクスの観点から見た場合、食事と運動ではどちらの影響の方が大きいのでしょうか?

現在の研究では、食事と運動はそれぞれ異なるメカニズムでエピジェネティクスに影響を与えており、「どちらが上か」という比較は難しい状況です。食事は主にメチル基の供給源(葉酸・メチオニン)やDNAメチル化酵素への直接作用を通じて働き、運動は炎症の抑制・腸内環境の改善・特定遺伝子のメチル化変化を通じて働きます。

両者を組み合わせることで相乗的な効果が期待できるというのが、現在の研究の示す方向性です。食事も運動も「どちらか一方」ではなく、生活習慣の両輪として捉えることが大切です。

エピジェネティクス検査と一般的な遺伝子検査はどう違うのでしょうか?

遺伝子検査(ゲノム検査)は、DNAの塩基配列(変異や多型)を調べるもので、生涯変わらない情報を見ます。がん家系かどうかの判定(BRCA遺伝子検査など)や、生まれつきの体質の確認に使われます。一方、エピジェネティクス検査はDNAの「使われ方」——メチル化パターンや遺伝子発現の状態——を調べるものです。

エピジェネティクスのパターンは生活習慣によって変わりうるため、遺伝子検査では見えない「後天的ながんリスク」を映し出す鏡ともいえます。両方の情報を組み合わせることで、より個人に寄り添った予防医療が実現する日が近づいています。

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この記事を書いた人 Wrote this article

前田 祐助

前田 祐助 医学博士 / 医師

慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医