エピゲノム解析でわかること|がん診断や創薬に貢献する最新の解析技術

エピゲノム解析でわかること|がん診断や創薬に貢献する最新の解析技術

エピゲノム解析は、DNAの塩基配列を変えることなく遺伝子の発現を制御する「エピゲノム」の変化を調べる技術です。がん細胞には正常細胞とは異なる特有のエピゲノム異常が生じており、その解析はがんの早期診断や治療薬の開発に大きく役立っています。

血液を使った液体生検にもエピゲノム解析が応用され、1回の採血で複数のがんを同時に検出する検査が実用化の段階に入っています。DNA修飾を標的とした抗がん薬の開発も加速しており、エピゲノム解析は現代のがん医療を変える核心技術となっています。

エピゲノムとゲノムの違い|遺伝子の「読み取り方」を決める隠れた仕組み

エピゲノムとは、DNAの二重らせん構造そのものを変えずに、遺伝子のオン・オフを切り替える化学的なしるしの集合体です。

同じDNA配列を持つ細胞であっても、エピゲノムの違いによって肝細胞になったり神経細胞になったりと、まったく異なる機能を発揮します。エピゲノム解析とは、こうした制御情報を網羅的に読み解く検査技術のことを指します。

遺伝子の設計図と、その「読み方の指示書」は別物

私たちの体にある約37兆個の細胞はすべて、ほぼ同じDNA配列(ゲノム)を持っています。にもかかわらず、心臓の細胞は鼓動を生み出す機能を持ち、膵臓の細胞はインスリンを分泌します。この「同じ設計図から異なる細胞が生まれる謎」を解く鍵が、エピゲノムです。

DNAは遺伝情報の設計図に例えられますが、エピゲノムはその「読み方の指示書」に相当します。どの遺伝子を発現させ、どれを沈黙させるか——その制御はエピゲノムが担っており、細胞の種類や発達段階に応じて精密に調整されています。ゲノム(DNA配列)が変わらなくても、エピゲノムが変化するだけで細胞の性質は大きく変わります。

DNAメチル化とヒストン修飾がスイッチを切り替える

エピゲノムを構成する主な修飾のひとつが「DNAメチル化」です。DNAを構成するシトシンという塩基にメチル基(CH₃)が付加されることで、その領域の遺伝子発現が抑制されます。プロモーター(遺伝子の発現スイッチとなる領域)がメチル化されると、遺伝子は沈黙します。

もうひとつの柱が「ヒストン修飾」です。DNAはヒストンというタンパク質に巻きつくことでコンパクトにまとめられています。このヒストンにアセチル基やメチル基などが付くと、DNAの巻きつき方が変わります。アセチル化によって巻きが緩むと遺伝子が発現しやすくなり、特定のメチル化によって巻きが締まると遺伝子は発現しにくくなります。

エピゲノムの主な修飾の種類と機能

修飾の種類対象分子主な機能
DNAメチル化シトシン(CpG部位)遺伝子の発現抑制・サイレンシング
ヒストンアセチル化ヒストンタンパク質のリシン残基クロマチンの弛緩→遺伝子発現の促進
ヒストンメチル化ヒストンH3・H4のリシン/アルギニン修飾部位により発現促進または抑制

エピゲノムは環境や生活習慣によって変化する

エピゲノムの重要な特徴は、遺伝子配列とは異なり、環境や生活習慣の影響を受けて変化する点です。喫煙・食生活・身体活動・ストレス・化学物質への曝露——こうした因子がDNAメチル化やヒストン修飾のパターンを少しずつ変えていきます。

加齢に伴うエピゲノムの変化も大きく、血液のDNAメチル化パターンから「エピジェネティック時計」と呼ばれる生物学的年齢を推定する手法も開発されています。また、一部のエピゲノム変化は親から子へ受け継がれる可能性が示唆されており、世代を超えた健康への影響が注目されています。

エピゲノム解析でわかるがん細胞の異常|正常細胞との決定的な違い

がん細胞では、正常細胞とは大きく異なるエピゲノムの異常が広範囲にわたって生じています。その結果、がんを抑える遺伝子が沈黙し、逆にがんを促進する遺伝子が過剰に発現します。エピゲノム解析はこうした「がん細胞特有の書き換え」を可視化し、がんの診断や病態解明に直結します。

がん細胞では遺伝子のサイレンサーが壊れる

正常な細胞では、DNAメチル化は遺伝子全体にバランスよく分布しています。ところがん細胞では、このバランスが大きく崩れます。ゲノム全体では逆にメチル化が減少(低メチル化)し、特定のプロモーター領域では過剰なメチル化(過メチル化)が起きるという、二極化した変化が現れます。

全体的な低メチル化は、本来は封じ込められていたトランスポゾン(DNAが別の場所に自己複製・挿入する要素)を再活性化させ、ゲノムの不安定化を招きます。同時に、がん抑制遺伝子のプロモーターが過メチル化によって封印されると、その遺伝子はDNA配列に変異がなくても機能を失います。

がん抑制遺伝子がメチル化によって封印される

がん抑制遺伝子とは、がんの発生を防ぐブレーキ役を果たす遺伝子群のことです。代表例として「p16/CDKN2A」「MLH1」「BRCA1」「VHL」などがあります。これらのプロモーターが過メチル化されると、DNA変異がなくても遺伝子としての機能が失われます。

この仕組みは「エピジェネティックなサイレンシング(沈黙化)」と呼ばれ、多くのがん種でみられる普遍的な現象です。たとえば大腸がんでは「MLH1」のプロモーターメチル化が高頻度に認められ、このパターンが診断や治療方針の決定に活用されています。

がん遺伝子を活性化するヒストン修飾の乱れ

ヒストン修飾の乱れも、がんにおける重要なエピゲノム異常のひとつです。EZH2というヒストンメチル化酵素が過剰に活性化すると、がん抑制遺伝子を封印するヒストン修飾(H3K27me3)が増加し、腫瘍細胞の増殖を促進します。逆に、ヒストンアセチル化酵素の活性が低下すると、がん抑制遺伝子は発現しにくくなります。

クロマチン構造の制御に関わるSWI/SNFというタンパク質複合体の遺伝子変異は、さまざまながん種で高頻度に見つかっており、これによってクロマチンの開閉が適切に制御できなくなります。エピゲノム解析はこうした修飾のパターンを網羅的に解析し、がん細胞の「エピゲノム地図」を描き出します。

がんに関連する主なエピゲノム異常のパターン

  • 遺伝子プロモーターの過メチル化——がん抑制遺伝子をDNA変異なしに不活性化する最も普遍的な異常。
  • ゲノム全体の低メチル化——トランスポゾンの再活性化を招き、ゲノムの不安定化と染色体異常を引き起こす。
  • EZH2などヒストンメチル化酵素の過剰活性——H3K27me3修飾が増加し、がん抑制経路が広範囲に封印される。
  • SWI/SNF複合体の機能喪失——クロマチン構造の制御が破綻し、がん細胞の分化が阻害される。
  • 非コードRNA(miRNA・lncRNA)の発現異常——エピゲノム制御回路そのものが狂い、広範な遺伝子発現変動を起こす。

血液でがんを見つけるエピゲノム液体生検|採血だけで複数のがんを一度に調べられる

血液中に漂う腫瘍由来のDNAに刻まれたメチル化情報を読み取る技術が、がん検診の形を変えつつあります。エピゲノム解析を活用した液体生検は、採血だけで複数のがんを同時に検出できる可能性を持ち、早期発見による治癒率向上への道を切り拓いています。

血中を漂う腫瘍由来DNAのメチル化を読み取る

「液体生検(リキッドバイオプシー)」とは、血液や尿などの体液から腫瘍に関する情報を得る検査法の総称です。がん細胞から血流中に放出される「血中循環腫瘍DNA(ctDNA)」や「無細胞DNA(cfDNA)」を採取し、そのDNAメチル化パターンを解析します。

がん細胞特有のメチル化パターンは、腫瘍組織を直接採取せずとも血液から検出できます。早期のがんでもctDNAは存在し、そのメチル化シグナルを機械学習で解析することで、がんの有無を判定できると報告されています。

組織生検が難しい部位のがんや、定期的なモニタリングにも適した低侵襲な手法です。Li et al.(2022年)は、肺がん患者の血液cfDNAメチル化を解析し、診断・予後予測の両面でDNAメチル化が有用なバイオマーカーとなることを示しています。

多がん早期発見検査(MCED検査)の登場と臨床的意義

多がん早期発見検査(MCED検査)は、1回の採血で50種類以上のがんを同時スクリーニングする血液検査です。代表例として米国で開発・提供されている「Galleri®」検査があり、100万か所以上のメチル化サイトを機械学習で解析することで、がんシグナルの有無と発生部位を同時に判定します。

Klein et al.(2021年)の大規模な独立検証試験では、このMCED検査が99%超の特異度でがんシグナルを検出できることが検証されています。現時点では既存の単一がん検診(マンモグラフィ・大腸内視鏡など)を補完するものとして開発が進んでおり、発見が難しいがん種の早期検出に特に期待が寄せられています。

エピゲノム液体生検と従来のがん検査の比較

検査の種類主な検体主な特徴
エピゲノム液体生検(MCED)血液(cfDNA)複数がんを同時検出・低侵襲・組織起源推定が可能
従来の腫瘍マーカー検査血液単一または少数のがん種が対象・感度・特異度に限界
組織生検(病理診断)腫瘍組織診断精度が高い・侵襲的・繰り返し検査が難しい

がんの発生部位を特定できる「組織起源推定」の精度

MCED検査の大きな強みのひとつが、がんの発生部位(組織起源)を同時に推定できる点です。検出されたメチル化パターンを、がん種ごとに構築したリファレンスデータと照合することで、「乳がんらしい」「肺がんらしい」といった組織起源の推定が可能となります。

組織起源の推定精度は臨床試験で約80〜90%と報告されており、不必要な精密検査を減らしながら効率よく確定診断に進む道が開かれています。がんシグナルが陽性だった場合でも、検索対象となる臓器を絞り込めるため、患者への負担を最小限に抑えながら迅速に次のステップに進めます。

エピゲノム解析がもたらすがん診断の精密化|病理診断との組み合わせで精度が上がる

エピゲノム解析は、既存の病理診断をより精密にするための新たな武器となっています。とくに脳腫瘍の分類や、大腸がん・子宮頸がんのスクリーニングへの活用は実用化が進み、国際的な診断基準にも組み込まれ始めています。

脳腫瘍の診断を変えたメチル化プロファイリング

2021年に改訂された「WHO中枢神経系腫瘍分類」では、脳腫瘍の診断にDNAメチル化プロファイルを積極的に活用することが明記されました。従来の顕微鏡による組織診断では判別が難しかった腫瘍の亜型を、メチル化パターンの違いによって高精度に分類できるようになっています。

見た目が似た2種類の腫瘍であっても、メチル化プロファイルが明確に異なることで予後や治療反応性が大きく変わることが明らかになるケースがあります。このような「エピゲノム診断」は脳腫瘍領域から先行していますが、肉腫や血液がんなど他のがん種にも適用が広がっています。

大腸がん・子宮頸がんスクリーニングへの展開

大腸がんのスクリーニングでは、便中や血液中のDNAメチル化を調べる検査が実用化されています。「Cologuard®」(米国)は便から複数の遺伝子のメチル化とDNA変異を同時検出する検査で、米国食品医薬品局(FDA)に承認されています。また「Epi proColon®」は血液中のSEPT9遺伝子のプロモーターメチル化を調べ、大腸がんを検出します。

子宮頸がんにおいても、ハイリスクHPV感染に加えてエピゲノム変化を組み合わせることで、より精度の高いスクリーニングが可能になるとの研究が進んでいます。膀胱がんの再発モニタリングには尿中DNAのメチル化を解析する「Bladder EpiCheck®」が実用化されており、患者の通院負担を軽減する手法として評価されています。

治療効果の評価と再発モニタリングにも役立つ

エピゲノム解析は、がんの診断だけでなく治療効果の評価や再発の早期発見にも役立っています。化学療法や放射線治療の前後で血中cfDNAのメチル化量を追跡することで、治療がどの程度効いているかをリアルタイムに把握できます。

MGMT遺伝子のプロモーターメチル化は、神経膠腫(グリオーマ)における代表的な治療予測マーカーです。MGMTプロモーターがメチル化されている患者では、テモゾロミドという抗がん剤が奏効しやすいことが臨床的に確認されており、世界中の医療機関で治療選択の指標として利用されています。

エピゲノム解析が活かされているがん診断・治療の主な場面

  • 脳腫瘍のメチル化プロファイリングによる病型分類——WHO中枢神経系腫瘍分類2021に正式採用されている。
  • 大腸がんスクリーニングへの便・血液DNAメチル化検査——CologuardやEpi proColonが米国で実用化済み。
  • 子宮頸がん・膀胱がんのモニタリング——HPV感染や再発を早期に捉えるための補助検査として活用。
  • MGMT遺伝子メチル化による神経膠腫の治療効果予測——テモゾロミドの奏効を事前に判定する標準的指標。
  • 血中cfDNAメチル化を用いた再発の早期モニタリング——画像検査よりも早くがんの再燃を検出できる可能性がある。

エピゲノム解析の主な手法|どんな方法で何が調べられるのか

エピゲノム解析には、調べたい対象や目的に応じたさまざまな手法があります。塩基単位でのDNAメチル化の解読から、クロマチンの立体構造の把握、さらに細胞一個ずつのエピゲノム情報の読み取りまで、技術は急速に進化しています。それぞれの原理と特徴を押さえることで、どの手法が何を明らかにするかが見えてきます。

バイサルファイトシークエンシングで塩基単位のメチル化を解読する

バイサルファイトシークエンシング(BS-seq)は、DNAメチル化解析の標準的な手法です。DNAに亜硫酸水素ナトリウム(バイサルファイト)を作用させると、メチル化されていないシトシンはウラシルに変換されますが、メチル化されているシトシンは変換されません。この変換後にDNAの塩基配列を読むことで、どの位置がメチル化されていたかを塩基単位で特定できます。

全ゲノムバイサルファイトシークエンシング(WGBS)は、ゲノム全体のメチル化を網羅的に解析できる手法で、がんのエピゲノム地図作成に広く用いられています。精度は非常に高い反面、大量のデータ処理が必要で、コストも比較的高い点が課題となっています。

ChIP-seqとATAC-seqでクロマチンの立体構造を読み解く

ChIP-seq(クロマチン免疫沈降シークエンシング)は、ヒストン修飾のパターンをゲノム規模で解析する手法です。特定のヒストン修飾に結合する抗体を使って、その修飾が存在するDNA領域を回収してシークエンスします。たとえばH3K27me3(遺伝子抑制に関わる修飾)の分布を調べることで、どの遺伝子が封印されているかを視覚化できます。

ATAC-seq(トランスポザーゼによるクロマチンアクセシビリティシークエンシング)は、クロマチンの「開いた領域」(転写因子がアクセスできる領域)を高速・高感度で検出する手法です。少量のサンプルからでも短時間で解析できることが特徴で、がんのエピゲノム研究で広く活用されています。

主なエピゲノム解析手法の比較

手法解析対象主な特徴
WGBS(全ゲノムバイサルファイト法)ゲノム全体のDNAメチル化塩基単位の高精度解析・コスト高
ChIP-seqヒストン修飾の分布特定の修飾部位をゲノム規模で特定
ATAC-seqクロマチン開放領域少量サンプルで高速解析・転写因子結合部位の同定

単一細胞エピゲノム解析が腫瘍内の多様性を明らかにする

単一細胞エピゲノム解析(single-cell epigenomics)は、腫瘍内の細胞一個ずつのエピゲノム情報を読み取る技術です。同じ腫瘍内でも、細胞ごとにエピゲノムパターンが異なる「腫瘍内不均一性」が存在しており、これが治療抵抗性や再発の原因のひとつと考えられています。

Terekhanova et al.(2023年)の研究では、11種類のがんから100万個以上の細胞を単一核ATAC-seqで解析し、がんの発生・転移に関わるエピゲノム変化のアトラスを構築しました。

また、Sundaram et al.(2024年)はscATAC-seqを用いて8種類のがん227,063個の核を解析し、がん種ごとのクロマチン構造の特徴とがん細胞特有の遺伝子制御プログラムを解明しています。こうした研究は、腫瘍の多様性を細胞レベルで理解する新たな基盤となっています。

エピゲノム創薬の現在地|DNAメチル化とヒストン修飾を狙う治療薬が続々と登場

エピゲノム解析が明らかにしたがんのエピゲノム異常は、新しい治療薬(エピゲノム薬)開発の標的となっています。DNAメチル化やヒストン修飾を制御する酵素を阻害する薬剤はすでにいくつかFDAに承認されており、がんのエピゲノム治療は着実に実用化の段階に進んでいます。

FDA承認済みのエピゲノム薬とその作用機序

DNAメチル化を抑える薬として、アザシチジンとデシタビンがあります。これらは「DNAメチル化転移酵素阻害薬(DNMTi)」と呼ばれ、骨髄異形成症候群(MDS)や急性骨髄性白血病(AML)の治療薬としてFDAに承認されています。がん抑制遺伝子のプロモーターを脱メチル化することで、沈黙していた遺伝子を再び発現させる効果があります。

ヒストンの脱アセチル化酵素(HDAC)を阻害する薬は「HDAC阻害薬」と呼ばれ、ボリノスタット・パノビノスタット・ロミデプシンなどが血液がんを中心にFDA承認されています。HDACを阻害するとヒストンのアセチル化が亢進し、がん細胞の増殖抑制とアポトーシス(細胞死)誘導が起きます。Davalos & Esteller(2023年)は、こうしたエピゲノム薬の臨床応用の現状を包括的にレビューしています。

EZH2阻害薬タゼメトスタットが固形がんに承認された意義

EZH2(ヒストンメチル化酵素)の阻害薬「タゼメトスタット」は、2020年にFDA承認を受けた初の固形がん向けエピゲノム薬です。上皮様肉腫と、EZH2変異を持つ再発・難治性濾胞性リンパ腫に対して承認されており、EZH2の阻害によりがん抑制遺伝子を封印していたH3K27me3修飾を低下させ、腫瘍細胞の増殖を抑制します。

タゼメトスタットの承認は、固形がんにおけるエピゲノム創薬が実現可能であることを世界に示した画期的な出来事でした。SWI/SNF複合体の構成要素であるSMARCB1遺伝子が欠損したがんは、EZH2阻害薬に特に感受性が高いことが明らかになっており、エピゲノム解析による患者の選択が治療成績を左右します。

複数のエピゲノム薬を組み合わせる創薬戦略

単独のエピゲノム薬だけでは耐性が生じやすいため、複数のエピゲノム薬を組み合わせる、あるいはエピゲノム薬と免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせる戦略が研究されています。DNMTiとHDAC阻害薬を組み合わせると、がん細胞のエピゲノムをより包括的にリセットできることが示されています。

また、腫瘍のエピゲノムプロファイルを事前に調べることで、どのエピゲノム薬が最も効果的かを予測する「エピゲノムコンパニオン診断」の開発も進んでいます。Esteller et al.(2024年)が提唱した「エピゲノムのホールマーク(特徴的な変化)」の概念は、こうした精密化された創薬ターゲットの選定に重要な指針を与えています。

主なFDA承認エピゲノム薬一覧

薬剤名ターゲット主な適応がん種
アザシチジン(アザシジン)DNMT阻害(DNMTi)骨髄異形成症候群・急性骨髄性白血病
デシタビン(ダコジェン)DNMT阻害(DNMTi)骨髄異形成症候群・急性骨髄性白血病
ボリノスタット(ゾリンザ)HDAC阻害皮膚T細胞リンパ腫
タゼメトスタット(タズベリク)EZH2阻害上皮様肉腫・EZH2変異陽性濾胞性リンパ腫

エピゲノム解析とがん免疫療法の接点|免疫細胞の「扉を開く」エピゲノムの力

がん免疫療法の効果は、腫瘍細胞と免疫細胞それぞれのエピゲノム状態に大きく影響されます。エピゲノム解析を活用することで、免疫療法の奏効予測や、エピゲノム薬との相乗効果を引き出す組み合わせ戦略が見えてきます。

エピゲノムの制御が免疫細胞の機能を左右する

免疫細胞(T細胞・NK細胞・樹状細胞など)は、エピゲノム制御によってその機能が細かく調整されています。がん微小環境の中でT細胞が「疲弊」した状態(T cell exhaustion)になるときも、エピゲノムの書き換えが重要な役割を担っています。疲弊したT細胞では特定の遺伝子プロモーターのメチル化が進み、抗腫瘍活性が低下します。

また、腫瘍細胞はエピゲノム制御を利用して自身の「抗原提示能」を低下させ、免疫系から逃れようとすることも知られています。HLAクラスI(腫瘍抗原を免疫細胞に提示する分子)の発現は、プロモーターのメチル化によって抑制されることがあります。

Flavahan et al.(2017年)は、こうしたエピゲノムの可塑性ながん細胞の生存戦略に深く関わることを示しました。

エピゲノム制御と免疫の関係

エピゲノム変化影響を受ける細胞免疫への影響
T細胞疲弊に伴うメチル化T細胞抗腫瘍活性の低下・免疫療法への抵抗性
HLAプロモーターのメチル化腫瘍細胞抗原提示能の低下・免疫回避
がん精巣抗原の脱メチル化腫瘍細胞免疫認識の増強・ワクチン標的となりえる

免疫チェックポイント阻害薬との相乗効果

DNMT阻害薬やHDAC阻害薬は、腫瘍細胞のエピゲノムを変化させることで、免疫チェックポイント阻害薬(PD-1/PD-L1抗体など)の効果を高めることが動物実験や一部の臨床試験で示されています。

エピゲノム薬によって腫瘍細胞の「がん精巣抗原(cancer-testis antigen:CTA)」の発現が誘導されると、これが免疫攻撃の標的となり、がん細胞の排除が促進されます。

T細胞の疲弊をエピゲノムレベルで解消するアプローチも研究されており、ヒストン修飾の調節によってT細胞の機能を回復させる戦略が試みられています。エピゲノム薬と免疫チェックポイント阻害薬の組み合わせ療法は、多くの臨床試験で現在検討が進んでいる注目の分野です。

腫瘍抗原の発現はエピゲノムで制御される

エピゲノム解析によって、腫瘍抗原の発現を制御する分子機構が明らかになってきています。「がん精巣抗原」と呼ばれるタンパク群は、通常は精巣や胎盤にしか発現しませんが、がん細胞ではプロモーターの低メチル化によって再び発現するようになります。

この再活性化した抗原は免疫系に「異物」として認識され、がんワクチンの標的となりえます。実際、MAGE-A・NY-ESO-1などのがん精巣抗原を標的とするがんワクチンや、T細胞療法(CAR-T細胞療法など)の開発において、エピゲノム解析が抗原選定に活用されています。

Yassi et al.(2023年)のレビューでは、深層学習によるDNAメチル化解析ががんエピゲノミクスの精度向上に貢献していることも示されており、解析技術の革新が免疫療法開発をさらに加速させています。

よくある質問

エピゲノム解析はどのような手順で行われますか?

血液や組織などのサンプルからDNAを抽出し、目的に応じた解析手法(バイサルファイトシークエンシング・ChIP-seq・ATAC-seqなど)で処理を行います。得られた大量のデータは、バイオインフォマティクス(生物情報科学)の手法で解析し、メチル化パターンやクロマチン構造として可視化されます。

医療機関でのエピゲノム検査では、専門の検査会社が解析を担当し、結果を主治医に報告する形が一般的です。主治医はその情報をもとに診断を確定したり、治療方針を決定したりします。がんゲノム医療の拠点病院では、包括的なゲノム・エピゲノム解析を受けられる場合があります。

エピゲノム解析と一般的な遺伝子検査では、何が違うのでしょうか?

遺伝子検査(ゲノム検査)はDNAの塩基配列の変異(変異した部分)を調べますが、エピゲノム解析は配列が同じでも「どのように読み取られているか」という制御情報を調べる点が異なります。

がんでは、配列変異のない遺伝子がエピゲノムの書き換えによって機能を失うことも多く、ゲノム検査だけでは見つけられない異常を明らかにします。

両者は互いに補完的です。ゲノム検査ではドライバー変異(がんを直接引き起こす変異)を探し、エピゲノム解析ではその変異が引き起こすエピゲノムの変化や、変異とは無関係に生じたエピゲノム異常を探します。組み合わせることでがんの全体像をより正確に把握でき、適切な治療薬の選択につながります。

エピゲノム解析を利用したがんの血液検査は、どの程度実用化されているのでしょうか?

大腸がんスクリーニングを目的とした「Epi proColon®」(血液)や「Cologuard®」(便)、膀胱がんの再発モニタリング用の「Bladder EpiCheck®」(尿)はすでに米国などで実用化されています。

また、50種類以上のがんを対象とするGalleri®(血液)も米国では提供されており、大規模な臨床試験が継続しています。

日本でも研究・臨床開発が進んでいますが、広く普及するためには大規模な検証試験の蓄積と、診療ガイドラインへの組み込みが必要です。関心のある方は、まずかかりつけの専門医に相談することをお勧めします。

エピゲノム解析によって開発されたエピゲノム薬には、どのような種類があるのでしょうか?

主に4つのカテゴリーがあります。

①DNAメチル化転移酵素(DNMT)を阻害するDNMTi(アザシチジン・デシタビン)、②ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)を阻害するHDAC阻害薬(ボリノスタット・パノビノスタット等)、③ヒストンメチル化酵素EZH2を阻害するEZH2阻害薬(タゼメトスタット)、④ブロモドメインタンパク(BETタンパク)を阻害するBET阻害薬(現在多くが開発中)です。

このうちアザシチジン・デシタビン・タゼメトスタットなどはすでにFDAに承認されています。それぞれ作用するターゲットが異なるため、患者のがん細胞のエピゲノムプロファイルを解析することで、どの薬剤が最も効果的かを選択する「エピゲノムコンパニオン診断」の活用が今後さらに広がることが期待されています。

エピゲノム解析に基づくがん検査を受けたい場合、どこに相談すればよいのでしょうか?

まずは担当のがん専門医や消化器科・呼吸器科などの専門科に「エピゲノム解析やエピゲノムを利用したがん検査に関心がある」とお伝えください。

がんゲノム医療の拠点病院では、エピゲノムを含む包括的なゲノム解析(包括的がんゲノムプロファイリング検査)が提供されており、専門の担当者が相談に応じます。

血液を使ったメチル化検査など予防医療的な観点でご関心のある方は、自由診療を提供しているクリニックや予防医療を専門とする医療機関に問い合わせることも一つの方法です。いずれの場合も、検査の目的・精度・その後の対応をあらかじめ医師と十分に確認されることをお勧めします。

References

Sarvari, P., Sarvari, P., Ramírez-Díaz, I., Mahjoubi, F., & Rubio, K. (2022). Advances of epigenetic biomarkers and epigenome editing for early diagnosis in breast cancer. International Journal of Molecular Sciences, 23(17), 9521. https://doi.org/10.3390/ijms23179521

Davalos, V., & Esteller, M. (2023). Cancer epigenetics in clinical practice. CA: A Cancer Journal for Clinicians, 73(4), 376–424. https://doi.org/10.3322/caac.21765

Esteller, M., Dawson, M. A., Kadoch, C., Rassool, F. V., Jones, P. A., & Baylin, S. B. (2024). The epigenetic hallmarks of cancer. Cancer Discovery, 14(10), 1783–1809. https://doi.org/10.1158/2159-8290.CD-24-0296

Terekhanova, N. V., Karpova, A., Liang, W. W., Strzalkowski, A., Chen, S., Li, Y., Southard-Smith, A. N., Iglesia, M. D., Wendl, M. C., Jayasinghe, R. G., & Li, B. (2023). Epigenetic regulation during cancer transitions across 11 tumour types. Nature, 623(7986), 432–441. https://doi.org/10.1038/s41586-023-06682-5

Klein, E. A., Richards, D., Cohn, A., Tummala, M., Lapham, R., Cosgrove, D., Chung, G., Clement, J., Gao, J., Hunkapiller, N., Jamshidi, A., Kurtzman, K. N., Seiden, M. V., Swanton, C., & Liu, M. C. (2021). Clinical validation of a targeted methylation-based multi-cancer early detection test using an independent validation set. Annals of Oncology, 32(9), 1167–1177. https://doi.org/10.1016/j.annonc.2021.05.806

Li, P., Liu, S., Du, L., Mohseni, G., Zhang, Y., & Wang, C. (2022). Liquid biopsies based on DNA methylation as biomarkers for the detection and prognosis of lung cancer. Clinical Epigenetics, 14(1), 118. https://doi.org/10.1186/s13148-022-01337-0

Yassi, M., Chatterjee, A., & Parry, M. (2023). Application of deep learning in cancer epigenetics through DNA methylation analysis. Briefings in Bioinformatics, 24(6), bbad411. https://doi.org/10.1093/bib/bbad411

Flavahan, W. A., Gaskell, E., & Bernstein, B. E. (2017). Epigenetic plasticity and the hallmarks of cancer. Science, 357(6348), eaal2380. https://doi.org/10.1126/science.aal2380

この記事を書いた人 Wrote this article

前田 祐助

前田 祐助 医学博士 / 医師

慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医