
がんの早期発見は、治療成績を大きく左右します。近年注目を集めているのが、血液中のmiRNA(マイクロRNA)をバイオマーカーとして利用するがん診断の手法です。
miRNAは体液中で安定して存在し、がんの種類によって特異的な発現パターンを示すため、従来の画像検査や腫瘍マーカーを補完する新たな指標として期待されています。
この記事では、miRNAバイオマーカーの仕組みから臨床応用の現状まで、がん検査に関心をお持ちの方に向けてわかりやすく解説します。
miRNAバイオマーカーとは何か|がん検査を変える小さなRNA分子
miRNAバイオマーカーとは、がん細胞の増殖や転移に関与する小さなRNA分子を、血液などの体液から測定してがんの有無を判別する指標です。わずか20〜25塩基の短い分子ですが、遺伝子の発現を調節する力を持っています。
miRNAは体の中でどんな働きをしているのか
miRNA(マイクロRNA)とは、タンパク質をコードしない短いRNA分子のことを指します。細胞内でメッセンジャーRNA(mRNA)に結合し、特定のタンパク質がつくられるのを抑制する働きを担っています。
人体には2,000種類以上のmiRNAが存在するとされ、細胞の分化、増殖、死(アポトーシス)といった基本的な生命活動を調節しています。このバランスが崩れると、がんをはじめとするさまざまな疾患の引き金となる場合があるのです。
なぜmiRNAが「バイオマーカー」として有望なのか
バイオマーカーとは、病気の存在や進行度を示す生体内の指標のことです。miRNAがバイオマーカーとして注目される理由は、大きく分けて3つあります。
第一に、miRNAは血液中で非常に安定していることです。通常のRNAは酵素によって分解されやすいのですが、miRNAはエクソソームと呼ばれる小さな膜構造の中に包まれたり、タンパク質と結合して保護されるため、体液中でも壊れにくい性質を持ちます。
miRNAバイオマーカーの主な特徴
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 安定性 | エクソソームやタンパク質に包まれ、血液中で分解されにくい |
| 特異性 | がんの種類ごとに異なる発現パターンを示す |
| 低侵襲性 | 採血のみで検査が可能で、身体への負担が少ない |
| 定量性 | PCR法などで高い精度で測定できる |
従来の腫瘍マーカーとの違いを押さえておこう
現在広く使われているCEAやCA19-9などの腫瘍マーカーは、がん以外の良性疾患でも数値が上がることがあり、感度や特異度に課題を抱えています。miRNAは、がん細胞の分子レベルの変化を反映するため、より正確な判別に役立つと考えられています。
さらに、複数のmiRNAを組み合わせた「パネル検査」にすることで、単独のマーカーでは見逃しがちな早期がんの検出力を高められるとの研究結果も報告されています。
血液1滴でがんがわかる時代へ|リキッドバイオプシーとmiRNAの関係
リキッドバイオプシー(液体生検)は、血液などの体液から腫瘍由来の分子を検出する検査法であり、miRNAはその中核を担う候補物質として研究が加速しています。
リキッドバイオプシーが注目を集めている背景
従来のがん診断では、組織を直接採取する生検(バイオプシー)が基本でした。しかし、針を刺す処置は患者さんの身体に負担がかかりますし、腫瘍の位置によっては採取自体が難しいこともあります。
リキッドバイオプシーは採血だけで済むため、繰り返し検査が行いやすいという利点があります。治療の効果を経時的にモニタリングしたい場面にも向いているでしょう。
miRNAはどのようにして血液中に放出されるのか
がん細胞は、自らの情報を含むエクソソームという小さな小胞を周囲に分泌しています。このエクソソームの中にmiRNAが含まれており、血流にのって全身を巡ります。
そのほか、細胞がアポトーシス(計画的な細胞死)を起こした際にもmiRNAが血中に流れ出ます。こうした経路を通じて、がんの「分子的なサイン」が血液中に現れるわけです。
ctDNAや循環腫瘍細胞(CTC)との比較
リキッドバイオプシーには、miRNA以外にも循環腫瘍DNA(ctDNA)や循環腫瘍細胞(CTC)といった候補バイオマーカーがあります。ctDNAは腫瘍の遺伝子変異を直接検出できる強みがあり、CTCは生きた腫瘍細胞そのものを捕捉する方法です。
miRNAは、ほぼすべてのがん細胞から分泌されるため、腫瘍全体の分子的な特徴をより広く反映できるという点で補完的な強みを持っています。将来的には、これらを組み合わせることで診断精度が一段と高まると見込まれています。
リキッドバイオプシーで注目される主なバイオマーカー
- miRNA(マイクロRNA):がん細胞由来の小分子RNAで、エクソソームに包まれて血中で安定して存在する
- ctDNA(循環腫瘍DNA):腫瘍が放出するDNA断片で、遺伝子変異の直接特定に強い
- CTC(循環腫瘍細胞):血中を流れるがん細胞そのもので、表面マーカーの解析に活用される
がん種別に見るmiRNA研究の進み具合|肺がん・大腸がん・乳がんの動向
miRNAバイオマーカーの研究はがん種ごとに進んでおり、肺がん、大腸がん、乳がんの領域で特に多くの知見が蓄積されています。
肺がんの早期スクリーニングにmiRNAは使えるか
肺がんは世界的にがん死亡原因の上位を占めており、早期発見が難しいがんの一つです。低線量CT検査が普及してきましたが、偽陽性の問題も指摘されています。
血中miRNAを用いた肺がんスクリーニングの研究では、miR-21やmiR-210など複数のmiRNAが候補として報告されています。複数のmiRNAを組み合わせたパネル検査では、感度・特異度ともに80%を超える結果を示す報告もあり、画像検査と組み合わせた精度向上が期待できます。
大腸がん検診の精度をmiRNAで高められるか
大腸がんでは、便潜血検査が広くスクリーニングに用いられていますが、進行がんに比べて早期がんの検出率が低いという課題があります。
大腸がんで報告されている主なmiRNAバイオマーカー
| miRNA名 | 血中での変化 | 報告されている指標 |
|---|---|---|
| miR-21 | 上昇 | 感度78%・特異度73%前後 |
| miR-92a | 上昇 | 早期がんでも検出報告あり |
| miR-29a | 上昇 | パネル検査で精度向上 |
乳がんにおけるmiRNA研究は一歩先を行っている
乳がんは女性のがんの中で罹患率がもっとも高く、マンモグラフィーや超音波検査による画像診断が主流です。しかし、若年層では乳腺密度が高く、画像だけでは見つけにくい場合もあります。
miR-155やmiR-21、miR-125bなどのmiRNAが乳がん患者の血清中で変動することが複数の研究で確認されており、画像検査の補助的な検査手段としての活用が検討されています。
膵臓がんや胃がんでもmiRNA研究が動き出している
膵臓がんは「沈黙のがん」とも呼ばれ、早期発見が極めて困難です。CA19-9単独では感度が十分でないとされる中、miRNAによる早期検出の試みが進んでいます。胃がんについても、血清miRNAを用いた診断モデルの開発が報告されており、今後の臨床研究の結果が待たれます。
miRNAバイオマーカー検査はどう行われるのか|採血から結果が出るまで
miRNAバイオマーカー検査は、基本的に採血で得た血液サンプルからmiRNAを抽出し、定量的に解析する流れで進みます。
採血から検査結果が出るまでの一連の流れ
まず、患者さんから静脈血を採取します。採取した血液から血漿(けっしょう)または血清を分離し、その中に含まれるmiRNAを専用の試薬で抽出します。
抽出したmiRNAはリアルタイムPCR(定量PCR)という手法で増幅・定量され、健常者のデータと比較することでがんの有無を判定します。最近では次世代シーケンサー(NGS)を用いたmiRNAプロファイリングも試みられています。
miRNA測定に使われる主な解析技術
miRNAの測定にはいくつかの方法があります。もっとも広く使われているのはリアルタイムPCR法で、特定のmiRNAを選択的に増幅して定量できるため、感度と再現性に優れています。
マイクロアレイ法は、一度に数百種類のmiRNAの発現を網羅的に調べられるのが強みです。さらにNGSを用いれば、未知のmiRNAまで含めた包括的な解析が行えるでしょう。
検体の取り扱いで注意すべきポイント
miRNAの測定精度は、採血後の検体処理に大きく左右されます。採血管の種類、血液の凝固・溶血の有無、保管温度などが測定値に影響することが報告されています。
臨床応用に向けては、検体の前処理を標準化することが重要な課題です。施設間で異なる手順が用いられると結果の比較が難しくなるため、統一されたプロトコルの確立が求められています。
主なmiRNA測定法の特徴
| 測定法 | 長所 | 短所 |
|---|---|---|
| リアルタイムPCR | 高感度・高再現性 | 検出対象のmiRNAをあらかじめ決める必要がある |
| マイクロアレイ | 網羅的な発現解析が可能 | 感度はPCRよりやや劣る場合がある |
| 次世代シーケンサー | 未知のmiRNAも検出可能 | コストが高く、解析に時間を要する |
miRNAバイオマーカーの臨床応用にはまだ壁がある|知っておきたい課題と限界
miRNAバイオマーカーは大きな期待を集めていますが、実用化に向けてはいくつかの技術的・臨床的な課題を解決する必要があります。
がん以外の疾患でもmiRNAの発現が変動する
miRNAの発現異常はがんだけで起こるわけではありません。炎症性疾患、糖尿病、心血管疾患などでも特定のmiRNAが上昇・低下することが知られています。
このため、がん検診にmiRNAを用いる場合、がん由来の変動なのか、他の疾患や生理的変動による影響なのかを見分ける精度が問われます。複数のmiRNAを組み合わせたパネルで特異性を高める研究が進められているのは、この問題への対策でもあるのです。
測定結果のばらつきをどう抑えるか
前述のとおり、検体の取り扱いや測定法によってmiRNAの定量値にばらつきが生じます。年齢、性別、食事、服薬状況など、患者さん側の因子も測定値に影響を及ぼすことが明らかになってきました。
miRNAバイオマーカーの実用化を阻む主な課題
- 検体前処理やmiRNA抽出法の施設間での標準化が進んでいない
- がん以外の疾患や生理的変動による偽陽性・偽陰性のリスク
- 臨床的に有用なカットオフ値(基準値)がまだ定まっていない
- 大規模な前向き臨床試験のエビデンスが十分に蓄積されていない
大規模な臨床試験データの蓄積が待たれる
これまでのmiRNAバイオマーカー研究の多くは、比較的小規模な後ろ向き研究(既存のサンプルを用いた解析)です。臨床の現場で実際に使えるかどうかを見極めるには、数千人規模の前向きコホート研究で有効性と安全性を確認しなければなりません。
こうした研究には多くの時間と費用を要しますが、確かなエビデンスに基づいた実用化が医療においては大切です。
miRNAはがん治療の効果判定にも活用できる|治療モニタリングへの応用
miRNAバイオマーカーは診断だけでなく、がん治療の効果をモニタリングする用途でも研究が進んでいます。治療前後のmiRNA発現の変化を追うことで、治療が効いているかどうかを評価できる場合があるのです。
手術前後でmiRNAの発現パターンはどう変わるのか
がん組織を外科的に切除すると、腫瘍から放出されていたmiRNAの血中濃度が低下するという報告が複数のがん種で確認されています。この変化は手術の成功を客観的に評価する補助的な指標になりえます。
術後にmiRNAの数値が再び上昇した場合は、再発の可能性を示すサインとして早期に気づけるかもしれません。こうしたリアルタイムでの変動を追跡できる点は、画像検査にはない利点といえるでしょう。
抗がん剤治療や分子標的薬との併用モニタリング
化学療法中の患者さんにおいて、治療効果があるグループとそうでないグループの間で、特定のmiRNAの発現レベルに差があるという知見も得られています。
乳がんの分子標的薬であるCDK4/6阻害薬を使用した研究では、治療に反応した患者と耐性を示した患者の間でmiR-21やmiR-34aの発現に差が見られたと報告されています。将来的には、薬剤選択を助ける情報源としてmiRNAが活用される場面が増えるかもしれません。
がんの再発リスクをmiRNAで早期に察知する
がんの治療後に最も心配されるのは再発です。定期的な画像検査に加えて、血中miRNAを測定することで再発を早い段階で捉えられる可能性が検討されています。
ただし、現時点では再発予測のためのmiRNAパネルは確立されておらず、どのmiRNAの組み合わせが最も予測力を持つのかについて、さらなる検証が必要です。
治療モニタリングにおけるmiRNAの活用イメージ
| 活用場面 | 期待される効果 |
|---|---|
| 手術前後の効果確認 | 腫瘍由来miRNAの低下で切除の成功を判断 |
| 化学療法中の反応評価 | 治療効果が出ているかをリアルタイムに把握 |
| 術後の再発モニタリング | 画像検査より早い段階での異変の察知 |
これからのがん検診でmiRNAバイオマーカーはどう位置づけられるのか
miRNAバイオマーカーは、従来の画像検査や血液検査を代替するものではなく、それらを補完して診断精度を高める「追加の目」として導入される方向が現実的です。
既存のがん検診とmiRNA検査を組み合わせるメリット
CTやMRIなどの画像検査は、腫瘍の位置や大きさを視覚化できる点で優れています。一方で、画像に映らないほど小さな病変や、良性・悪性の判別が難しいケースも少なくありません。
miRNA検査と既存検査の相補的な関係
| 検査法 | 得意な領域 | 苦手な領域 |
|---|---|---|
| 画像検査(CT・MRI) | 腫瘍の位置・大きさの把握 | 微小病変の検出や良性・悪性の鑑別 |
| 従来の腫瘍マーカー | 手軽な採血検査で実施可能 | 感度や特異度にばらつきがある |
| miRNAバイオマーカー | 分子レベルの変化を検出 | 標準化や基準値の確立が発展途上 |
AI技術との融合でmiRNA解析はさらに進化する
miRNAの発現データは膨大で、人の目だけでは解釈が難しい場合があります。近年は機械学習やディープラーニングを活用して、がんの有無や種類を自動的に判別するモデルの開発が進んでいます。
AI技術を組み合わせることで、微妙な発現パターンの違いを拾い上げ、従来の手法では見逃されていたがんの兆候を検出できるようになるかもしれません。
miRNAバイオマーカーが日常の検診に入る日はいつか
臨床試験の蓄積、測定法の標準化、コストの低減という3つの課題がクリアされれば、miRNAバイオマーカーが一般的な健診メニューに加わるのは夢物語ではないでしょう。
すでに一部の研究施設では、特定のがん種に対するmiRNAパネル検査が先進医療として提供されはじめています。技術の進歩と臨床エビデンスの蓄積によって、私たちが受けるがん検診の風景は徐々に変わっていくと考えられます。
よくある質問
miRNAバイオマーカーによるがん検査は、どの医療機関でも受けられますか?
miRNAバイオマーカーを用いたがん検査は、現時点ではすべての医療機関で提供されているわけではありません。一部の研究施設や先進的な医療機関で試験的に実施されている段階です。
受検を希望される場合は、がん検査に力を入れている医療機関にお問い合わせいただくのがよいでしょう。今後、臨床データの蓄積が進めば、対応施設が増えていくことが見込まれています。
miRNAバイオマーカー検査を受ける前に、食事制限などは必要ですか?
miRNAバイオマーカー検査の前に特別な食事制限が求められるかどうかは、検査を実施する施設やプロトコルによって異なります。一般的な採血と同様、検査前の数時間は絶食を指示される場合もあります。
食事や服薬が血中miRNAの値に影響を及ぼすとの研究報告もあるため、検査前に担当の医師から具体的な注意事項を確認しておくと安心です。
miRNAバイオマーカーで、がんの種類まで特定できるのでしょうか?
がんの種類ごとに異なるmiRNAの発現パターンが報告されており、がん種の推定に役立つ可能性が研究によって示唆されています。たとえば、肺がんと大腸がんでは異なるmiRNAの組み合わせが候補として挙がっています。
ただし、現段階ではmiRNAの測定のみでがんの種類を確定診断することは困難です。画像検査やその他の腫瘍マーカーと組み合わせた総合的な判断が前提となります。
miRNAバイオマーカー検査の結果が陽性だった場合、がんが確定しますか?
miRNAバイオマーカー検査で陽性が出たとしても、それだけでがんが確定するわけではありません。あくまでも「がんの疑いがある」というスクリーニングの段階です。
陽性結果が出た場合は、画像検査や組織生検など、確定診断に向けた追加の精密検査が行われます。必要以上に不安を感じず、担当医と相談して次の検査に進むことが大切です。
miRNAバイオマーカーは、がんの予防にも活用できますか?
miRNAバイオマーカーは、現時点ではがんの予防そのものに直接使われるものではなく、あくまで「がんを早い段階で見つけるための検査指標」です。
ただし、がんになる前のリスク評価に活用できないかという研究も少しずつ始まっています。遺伝的な背景や生活習慣との関連が明らかになれば、将来的には予防的スクリーニングの一つとして組み込まれる日が来る可能性もゼロではないでしょう。
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この記事を書いた人 Wrote this article
前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医