
がん治療で収入が減り、生活費や治療費が足りなくなったときは、生活保護を申請できます。家賃の支払日が近いのに給与が入らない、預金を取り崩しても次の通院まで暮らせないといった状況も、そのまま福祉事務所に相談してよい内容です。
受けられるかどうかは、がんの病名だけで決まるものではありません。世帯の収入や資産、療養でどれだけ働きにくいかを合わせて判断されます。
この記事では、申請を考える時期、資産・所得の条件、福祉事務所での手続きの流れ、受給が決まったあとも治療と暮らしを続けるための相談の仕方を解説します。
がんで収入が途絶えたら、支払いと受診予定を整理する
収入が途絶えたときは、手元のお金でいつまで暮らせるかと、直近の受診予定を一緒に整理すると、生活保護の相談で切迫した状況を伝えられます。治療費だけを数えていると、食費や住まいの不足が見えにくくなるためです。
休業や勤務時間の短縮も家計に響く
退職する前でも、休業や勤務時間の短縮によって生活が苦しくなれば相談の対象になります。
がんの治療で仕事を失ったり減らしたりすると、経済的な負担が重くなると報告されています。日本の乳がん・婦人科がんの働く女性では、収入が低い人ほど診断後の退職の危険が高かったという報告もあります。対象が女性の特定のがんに限られるため、男性やほかのがんにも同じ程度の危険があるとは判断できません。
これから申請する人は、働いているかどうかに加え、実際の給与がいつからどれだけ減ったかを整理しましょう。
お金が尽きる日と支払期限を分けて記す
家計を伝えるときは、現在の残高に加えて、次に確実な入金がある日までに必要な支出を示すと役立ちます。まだ決まっていない給付や親族からの援助は、受け取れると決めつけず、見込みとして分けて伝えます。
| 整理する内容 | 書き留める項目 |
|---|---|
| 現在使えるお金 | 現金、口座ごとの残高 |
| 今後の入金 | 金額、入金日、未確定かどうか |
| 暮らしの支払い | 家賃、食費、光熱費と支払期限 |
| 療養の予定 | 次の受診日、入院予定、支払いへの不安 |
たとえば、自宅で通帳を見て、家賃を払うと次の診察日までの食費が残らないと分かったら、その残高と日付をメモし、福祉事務所のケースワーカーに申請の希望を伝えます。ケースワーカーは、生活保護の調査や受給中の生活相談を受け持つ職員です。
費用の不安で受診を延ばす前に伝える
支払いが不安なときは、予約を取り消す前に、受診先の医療ソーシャルワーカーへ生活費と治療費の不足を伝えます。医療ソーシャルワーカーは、病院で療養中のお金や暮らしの相談を受ける専門職です。
欧州のがん患者さん2,507人への調査では、16%が受診や薬の購入などを遅らせたり避けたりしていました1)。公的な医療保険があっても費用の問題で治療を先に延ばす人がいるという結果で、日本の患者さんの割合を示す数字ではありません。
お金の困りごとは、支払いの不足に加え、心配が続く、受診を控えるといった形でも表れます。治療を続けられるか迷い始めた時点で、治療予定と家計の両方を相談の対象にできます。
生活保護は世帯の収入と生活に必要な額で判断される
生活保護は、利用できる資産や制度などを活用しても、世帯の収入が最低生活費に届かないときに適用されます。最低生活費とは、地域や世帯の状況に応じ、国の基準で計算する生活に必要な額です。
本人だけでなく一緒に暮らす家族の状況も伝える
これから申請する人は、自分の収入がなくなった経緯に加え、一緒に生活する家族の収入や家計の分担も伝えます。生活保護は原則として世帯単位なので、本人の給与だけを見て受給の可否を決める仕組みではありません。
同居していても財布を分けている、入院中で家族とは離れているなど、住民票だけでは分かりにくい事情も説明の対象です。誰の収入で食事や家賃をまかなっているかを示し、世帯の扱いを福祉事務所に確かめます。
全国共通の年収額だけでは決まらない
受給できるかを、全国一律の年収額や預金残高だけで自己判断しないようにしましょう。
基準の計算では住む地域や世帯の人数、年齢などを踏まえ、収入として扱う額との差を確認します。家族に収入がある世帯でも不足があれば対象になり得る一方、本人が無収入でも世帯全体で生活を維持できると判断される場合は対象から外れます。
| 確認する項目 | 申請時に伝える内容 |
|---|---|
| 世帯の暮らし | 同居する人、年齢、家計の分担 |
| 収入 | 給与、年金、給付、実際に受ける援助 |
| 資産 | 預貯金、保険、不動産、車 |
| 働ける状況 | 治療日程、体調、仕事上の制限 |
見込んでいた収入が入らず、計算時より家計が悪化したときは、その変化を福祉事務所のケースワーカーに伝えます。
療養で働ける範囲が限られるとき
がんの診断名だけで就労の可否が決まるわけではなく、治療内容や身体の状態に応じて、どの程度働けるかが確認されます。
入院が必要な人と、通院しながら短時間働ける人では、伝える事情が違います。主治医には、治療予定、体調が崩れる時期、仕事で難しい動作を相談しましょう。福祉事務所のケースワーカーには、出勤できる日や時間が治療によって制限されている状況を具体的に伝えます。
働けるという説明を受けても、立ち仕事は難しい、治療日に休める職場が見つからないなどの事情があれば、福祉事務所のケースワーカーへ共有できます。主治医の説明と実際の仕事内容を結びつけ、療養上の制限が伝わっているかを確かめます。
がん療養中に申請をためらうときの相談の始め方
申請へのためらいがあっても、生活が苦しい状況はそのまま相談できます。生活保護の申請は権利であり、周囲への説明を済ませてから相談する順番に縛られる必要はありません。
引け目と家計の不足を切り分ける
治療だけでも負担があるなかで、お金の事情を話すのは気が重いかもしれません。話しにくければ、残高や支払期限を書いたメモを病院の医療ソーシャルワーカーに見せ、福祉事務所への説明を一緒に整理する方法があります。
日本のがん経験者628人を対象にした調査では、収入が低い人ほど、がんへの引け目や偏見を感じやすいという関連が報告されています2)。これは、がんそのものへの意識を尋ねた調査です。生活保護の申請へのためらいを測った結果ではありません。
申請したい意思は短い言葉で伝えてよい
これから申請する人は、福祉事務所で「がんの治療で収入が減り、生活費が足りないので、生活保護を申請したいです」と意思を伝えられます。
相談だけで終わったのか、申請書を提出して受け付けられたのかが曖昧だと、その後の見通しを立てにくくなります。帰る前に申請日と次の連絡先を確かめ、説明が分からなかった点は福祉事務所のケースワーカーに聞き直します。
申請の意思があるのに話が進まないときは、申請書の提出を希望していると改めて伝え、病院の医療ソーシャルワーカーに同席や連絡の調整を相談しましょう。
家族や医療ソーシャルワーカーに同席を頼む
説明を聞く負担が大きいときは、信頼できる家族に同席を頼めます。病院の医療ソーシャルワーカーにも、福祉事務所への相談に同席できるかを相談できます。
費用について話す場では、必要な治療を続けるための見通しと、支払いを助ける具体策の両方が求められています。米国の乳がん経験者と医療機関職員への面接でも、この点が大切にされていました。同席する人には、申請の希望に加え、次の治療までに何が心配なのかも共有すると話が進めやすくなります。
福祉事務所での相談から申請・決定まで
手続きは、福祉事務所への相談、申請、生活状況などの調査、書面での決定という順に進みます。書類の準備に時間がかかっていても、生活に困っている状況と申請の意思を先に伝えられます。
住んでいる地域の福祉事務所へ連絡する
これから申請する人の相談先は、現在住んでいる地域を受け持つ福祉事務所です。場所が分からなければ、市区町村の代表電話で生活保護の申請先を尋ねられます。
入院中や体調不良で出向けないときは、電話で申請を希望する旨を伝え、訪問などの対応を福祉事務所に相談します。病院の医療ソーシャルワーカーに連絡の補助を頼む方法もあり、来所が難しい理由と連絡の取れる時間を共有しておくと調整に役立ちます。
住む場所が定まっていない人も、現在いる場所に近い福祉事務所へ相談できます。家賃の滞納などで退去を迫られているなら、いつまで住めるかも申請の相談で伝える内容です。
手元にある書類で状況を伝える
申請書には、生活保護が必要な理由や世帯の収入・資産などを記載します。通帳や給与明細などは状況の確認に使われるため、手元にあるものを持参すると説明しやすくなります。
| 手元にあれば持参するもの | 伝えられる内容 |
|---|---|
| 通帳、口座の取引明細 | 預金残高と最近の入出金 |
| 給与明細、年金や給付の通知 | 収入の金額と減少した時期 |
| 賃貸借契約書、家賃の請求書 | 住まいと家賃の負担 |
| 治療の予約票、入退院予定のメモ | 療養の日程と来所が難しい事情 |
ただし、必要な書類がそろっていなくても申請できます。制度を所管する厚生労働省の申請を希望する人への説明でも示されているため、足りない書類は福祉事務所で確かめ、そろえられない事情を伝えます。
調査中の困窮も伝え、決定通知を確認する
申請後は、福祉事務所のケースワーカーによる訪問や、収入・資産、親族による援助の状況などの調査が行われます。質問への返答や追加書類の提出が難しいときは、病状などの理由を伝えて対応方法を相談します。
決定の通知は申請日から原則14日以内で、調査に時間を要するなど特別な理由がある場合は30日まで延長できます。受給の可否と理由は書面で通知する仕組みです。期間と通知方法は生活保護法第24条に定められています。
食べる物がない、次の受診を受けられないほど困っているときは、決定を待たずに、その日の状況を福祉事務所のケースワーカーと病院の医療ソーシャルワーカーへ伝えてください。申請日と連絡した日を控え、通知が届かないときには調査の状況と連絡予定を確かめます。
受給できないと通知されたときは、書面の理由を読み、どの収入や資産が判断に用いられたかを福祉事務所で確認します。事実と違う内容があれば訂正に必要な資料を尋ね、判断に納得できないときは通知に記された不服申立ての方法や期限を確認できます。
預貯金・車・生命保険と家族からの援助の扱い
利用できる資産は生活の維持に活用するのが原則です。持っているという理由だけで申請を諦めず、種類や使い道を申告し、保有が認められる条件を福祉事務所に確かめます。
預金や持ち家は隠さず申告する
これから申請する人は、普段使っていない口座も含め、世帯の預貯金や不動産を伝えます。資産の確認を受ける前に、預金を他人へ移したり、申告から外したりする対応は避けます。
持ち家があっても申請でき、居住用の家の保有が認められる場合もあります。売却の要否は福祉事務所で確認するため、家があるから対象外だと決めつけて、生活費が尽きるまで待つ必要はありません。
車や生命保険は処分の前に条件を確かめる
自動車は処分が原則で、生命保険を解約したときに戻るお金も、資産として活用するのが原則です。
ただし、車は用途や地域の交通事情などによって例外があり、生命保険も解約返戻金が少額で保険料が地域の一般世帯との均衡を失しないなど、条件を満たせば継続できる場合があります。解約返戻金とは、契約を途中でやめたときに戻るお金です。
| 資産 | 確認に必要な情報 | 福祉事務所への相談点 |
|---|---|---|
| 車 | 用途、価値、代わりの移動手段 | 保有や使用が認められる条件 |
| 生命保険 | 保険料、解約返戻金、保障内容 | 契約継続の可否と給付時の扱い |
通院に使う車であっても、がん治療中という理由だけで保有が認められるとは限らないため、公共交通機関を使えない事情や送迎の有無まで伝えましょう。
生命保険の継続が認められても、後で受け取る保険金や解約返戻金について保護費の返還が必要になる場合があります。契約を続けられるかという確認とあわせて、給付を受けたときの報告方法も福祉事務所のケースワーカーに尋ねます。
扶養照会が心配なら家族との事情を先に話す
扶養照会とは、親族に援助できるかを福祉事務所が確認する手続きです。実際に受けている仕送りは申告しますが、別居の親族へ先に援助を頼むのは申請の条件ではありません。
一方、親族への連絡を避けたい事情があれば、照会の前に具体的に伝えましょう。暴力や虐待を受けた経緯、長く交流が途絶えている状況などを踏まえ、援助が期待できない親族には照会を行わない扱いがあります。
本人の希望だけで必ず照会が省略されるとは限らないため、誰への連絡に何の心配があるかを福祉事務所のケースワーカーへ説明します。家族が同席していると話せない内容は、本人だけで話す時間を求められます。
申請後もがんの療養に合わせて暮らしを調整する
受給が決まったあとも、収入や治療予定が変われば、福祉事務所のケースワーカーに相談します。決定時の家計で固定せず、食事や住まいを保ちながら療養できているかを確かめます。
受給開始後は収入の変化を申告する
すでに生活保護を受けている人は、給与だけでなく、年金や親族からの援助などの収入も申告し、申請時に未確定だった入金が後から決まった場合も、その内容と入金日を福祉事務所のケースワーカーへ伝えます。
生活保護の受給中は毎月の収入申告が必要で、収入が少ない月も決められた方法で報告します。入金が収入として扱われるか判断できないときは、使う前に福祉事務所のケースワーカーへ確認します。
決定後に残る生活費の不足を具体的に伝える
すでに生活保護を受けている人も、食費や家賃の不足を感じたら、何の支払いでいくら足りないのかを福祉事務所のケースワーカーに伝えます。食べ物や住まいの困りごと、医療費の困難は、がん経験者の健康上の不利益と関連するという報告もあり、治療と切り離さず相談する内容です。
受給が決まった人も、医療扶助という医療費を支える給付には対象の範囲があると知っておきましょう。希望による個室の差額ベッド代などは対象外です。通院の交通費は必要性などの確認を受け、すでに払った費用も自動的に戻るとは見込まず、受診日と領収書を示して福祉事務所のケースワーカーへ扱いを確かめます。
働く相談は治療予定と体力を踏まえて進める
すでに生活保護を受けている人が働く相談をするときは、治療の予定や体調を踏まえ、続けられる働き方を福祉事務所のケースワーカーと検討します。自立には、仕事による収入の回復に加え、日常生活を整えたり社会とのつながりを保ったりする意味も含まれます。
退院できた日が、そのまま以前と同じ仕事に戻れる日とは限らないため、通院が続く期間や体力の低下を主治医に相談し、その説明を福祉事務所のケースワーカーへ共有します。
よくある質問
がんの診断書がそろうまで申請を待つ必要がありますか?
診断書を含め、必要な書類がそろっていなくても申請できます。まず福祉事務所へ申請の意思と治療中の状況を伝え、どの医療関係書類が必要かを確認します。
入院中で福祉事務所へ行けなくても申請できますか?
入院中でも申請の相談はできます。本人が来所できない事情を福祉事務所に電話で伝え、申請の進め方や訪問対応を確かめます。
電話での説明や書類の記入も負担なら、病院の医療ソーシャルワーカーに連絡の補助を頼みましょう。入院先と本人に連絡できる時間、申請を希望している旨を共有すると調整が進めやすくなります。
家族に知られるのが怖く、申請をためらっています。相談できますか?
家族への連絡が怖い事情も、申請前から相談できます。暴力や虐待、長期間の交流断絶などがあれば、誰への連絡で何が起きる心配があるのかを、福祉事務所のケースワーカーへ先に伝えます。
扶養照会を行うかは事情に応じて判断されるため、連絡しないと一律に約束される制度ではありません。家族がいる場で説明しづらければ、病院の医療ソーシャルワーカーに本人だけで話す機会の調整を頼めます。
申請後に生活費が尽きそうなときは、決定まで待つのでしょうか?
決定を待たず、生活費が尽きる見込みを福祉事務所のケースワーカーへ伝えてください。手元の現金、食べ物が残る日数、迫っている支払期限を伝え、緊急に対応できる内容を確認します。
受診の継続にも影響しているなら、病院の医療ソーシャルワーカーにも申請中である旨と次の受診日を共有します。審査中でも、その間に悪化した暮らしの状況を追加で伝えられます。
References
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この記事を書いた人 Wrote this article
前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医