ADC(抗体薬物複合体)とは?がん細胞へ直接攻撃を届ける次世代の治療薬

ADC(抗体薬物複合体)とは?がん細胞へ直接攻撃を届ける次世代の治療薬

抗体薬物複合体(ADC)は、がん細胞だけに狙いを定めて薬を運び、まわりの正常な細胞への負担をできるだけ抑えながら攻撃する、新しいタイプのがん治療薬です。

目印を探し当てる抗体と、ごく少量で強く効く薬剤を、リンカーと呼ばれる橋でつないだ構造を持っています。

対象となるがんは乳がんや胃がん、血液のがんへと年々広がっており、手術や従来の抗がん剤に続く治療の選択肢として存在感を増しています。

この記事では、ADCの仕組みから代表的な治療薬、気になる副作用、従来の抗がん剤との違いまで、調べている方が知りたい点をやさしく整理しました。

抗体薬物複合体(ADC)とは、がん細胞だけを狙い撃ちする治療薬です

ADCは、目印を頼りにがん細胞を選び出し、そこへ強力な薬剤を直接届けるよう設計された治療薬です。正常な細胞への影響を抑える狙いがあり、近年のがん治療で急速に広がってきました。

「がんを攻撃する力」と「正常な細胞を守る工夫」を1つにした薬

これまでの抗がん剤は、増えるスピードの速い細胞を広く攻撃するため、髪や胃腸など正常な細胞まで巻き込みがちでした。ADCは、薬剤を抗体にくくりつけて運ぶことで、届け先をがん細胞に絞り込もうとします。

その結果、効かせたい場所に薬を集めつつ、関係のない場所への負担を減らすという、相反しがちな2つの願いに同時に近づけると考えられています。

抗がん剤の力と、正常な細胞を守りたいという思いは、これまで両立が難しいものでした。ADCは、その隔たりを少しでも埋めようとする発想から生まれた薬だといえます。

ADCという略称の意味と読み方

ADCは英語のAntibody-Drug Conjugateの頭文字で、日本語では抗体薬物複合体と訳します。Antibodyは抗体、Drugは薬剤、Conjugateは結合させたものという意味です。

名前そのものが、抗体と薬剤をつなぎ合わせた薬という構造をよく表しているといえます。

耳にする機会が増えた言葉ですが、その中身は意外とシンプルです。抗体という運び手に、がんを攻撃する薬剤を載せたもの、と覚えておくと理解が進みます。

ミサイル療法とも呼ばれる理由

ADCは、標的をめがけて飛ぶミサイルにたとえられ、ミサイル療法と呼ばれることもあります。狙った相手にだけ届けるという発想が、その呼び名の由来です。

ADCが目指しているのは、次のようなことです。

  • ねらった細胞にだけ薬を届ける
  • 関わりのない正常な細胞は守る
  • 少ない量でも強く効かせる

こうした考え方は古くからありましたが、抗体や薬剤をつなぐ技術が進んだことで、実際の治療薬として形になりました。

ねらった敵だけを倒す薬という発想は、100年以上前に唱えられた魔法の弾丸という考えにさかのぼります。長い研究の積み重ねを経て、近年ようやく実用的なADCが次々と登場してきました。

ADCはどのようにがん細胞まで薬を運ぶのか

ADCは、がん細胞の表面にある目印を見つけて結合し、細胞の中へ取り込まれてから薬剤を放ちます。この一連の流れがあるからこそ、薬をピンポイントで効かせられるのです。

目印となる抗原を見つけて結合する

がん細胞の表面には、正常な細胞より多く現れるたんぱく質があり、これを抗原と呼びます。ADCの抗体部分は、その抗原を鍵穴に対する鍵のように探し当てて結合します。

HER2やTrop-2、CD30といった抗原が、よく知られた目印として使われています。

目印に選ばれる抗原は、がん細胞にできるだけ多く、正常な細胞にはできるだけ少ないものほど望ましいとされます。狙いの精度は、この目印選びで大きく決まると考えてよいでしょう。

がん細胞の中に取り込まれて薬を放つ

抗原と結びついたADCは、がん細胞に包み込まれるようにして内部へ運ばれます。細胞の中に入ると、抗体と薬剤をつなぐリンカーが切れ、強力な薬剤が解き放たれます。

放たれた薬剤はがん細胞のDNAや骨組みを壊し、その細胞を死へと導きます。薬が効く場所が細胞の内側に絞られる点が、ADCらしさだといえるでしょう。

薬が力を出すのは、あくまで細胞の内側に入り込んでからです。表面に張りつくだけでなく、中まで運ばれてはたらく点が、ねらい撃ちの正確さを支えています。

周囲のがん細胞も巻き込むバイスタンダー効果

放たれた薬剤の一部は、もとの細胞から外へにじみ出て、すぐ隣のがん細胞にも作用することがあります。これをバイスタンダー効果と呼びます。

目印の少ないがん細胞が混じっていても、まわりごと攻撃できる可能性があり、不均一ながんに向き合ううえで役立つと注目されています。

ただし、まわりへ広がる作用は、近くの正常な細胞にも及ぶことがあります。良い面と注意したい面の両方を持つ性質だと理解しておくとよいでしょう。

正常な細胞へのダメージを抑えられる理由

薬剤が抗体につながれている間は、強い毒性が表に出にくく、目的の場所に届いてはじめて力を発揮します。そのため、全身にばらまく従来のやり方より、正常な細胞への負担を抑えやすいと考えられています。

とはいえ、目印は正常な細胞にもわずかに現れることがあり、副作用がまったく消えるわけではありません。だからこそ、効き目と安全性の釣り合いを見ながら使う薬だといえます。

ADCががん細胞を攻撃するまでの流れ

場面起きること意味
目印を探す抗体ががん細胞表面の抗原に結合する攻撃する相手を選び出す
取り込まれる結合した複合体が細胞の中へ入る薬剤を内部へ運び込む
薬を放つリンカーが切れて薬剤が遊離するがん細胞を内側から壊す
まわりへ一部の薬剤が隣の細胞へ広がる不均一ながんにも届く

こうした流れを1つの分子にまとめ込んだことが、ADCの設計上の工夫だといえます。

ADCを支える抗体・リンカー・薬剤という3つの部品

ADCは、抗体・リンカー・薬剤という3つの部品から組み立てられています。どの部品をどう組み合わせるかで、効き目や副作用の出方が大きく変わってきます。

部品はたらきたとえると
抗体標的の抗原を見つけて結合する宛先を読む配達員
リンカー抗体と薬剤をつなぎ留める丈夫なひも
薬剤がん細胞を壊す強力な中身届けたい荷物

標的を見つける抗体のはたらき

抗体は、がん細胞に多い抗原だけをねらって結合する案内役です。どの抗原を選ぶかで、その薬がどのがんに向くかが決まります。

正常な細胞に少なく、がん細胞に多い抗原ほど、攻撃先を絞り込みやすくなります。

同じがんでも、目印となる抗原を持つ人と持たない人がいます。だからこそ、治療の前に検査でその有無を調べ、ADCが向くかどうかを見定めます。

薬剤を運ぶリンカーの強さと切れやすさ

リンカーは、運んでいる途中では薬剤をしっかり抱え込み、がん細胞に届いたところで離すという、相反する性質を求められます。血液の中で早く切れてしまえば、薬剤がよそで漏れて副作用につながりかねません。

そのため、細胞内の環境で切れるタイプや、簡単には切れないタイプなど、目的に合わせて作り分けられています。

リンカーの設計は、ADCの安定性と安全性を左右する要のひとつです。運ぶ間は荷物をしっかり抱え、目的地でだけ手放すという、難しいさじ加減が求められます。

ごく少量で効く強力な薬剤(ペイロード)

運ばれる薬剤はペイロードとも呼ばれ、ごくわずかな量でがん細胞を倒せるほど強力です。従来の抗がん剤として単独で使うには強すぎるものでも、抗体に積んで狙い撃ちすれば活かせます。

DNAを壊すタイプや、細胞分裂の骨組みを邪魔するタイプなど、性質の異なる薬剤が使い分けられています。

こうした強い薬剤を、抗体という運び手に託すことで、ようやく治療に使えるようになりました。単独では扱いにくい力を、狙い撃ちの仕組みが引き出しているのです。

1つの抗体に載せる薬剤の数(DAR)

1つの抗体に何個の薬剤を載せるかを表す数値をDARと呼びます。多く載せれば攻撃力は増しますが、安定性が下がったり副作用が強まったりすることもあり、ちょうどよい数を探る設計が続けられています。

近年は、すべての抗体に同じ数の薬剤を均一に載せる技術も進み、品質の安定したADCづくりが目指されています。数の調整は、効き目と副作用の両にらみで重ねられる工夫です。

ADCが使われる主ながんと、代表的な治療薬

ADCはまず血液のがんで実用化され、いまでは乳がんや胃がん、肺がんなど幅広いがんへと対象を広げています。どの薬が向くかは、がんの種類と目印となる抗原で決まります。

HER2陽性の乳がんで使われるADC

乳がんの一部は、HER2というたんぱく質を多く持つHER2陽性タイプです。このHER2を目印にするADCが登場し、ほかの治療が効きにくくなった後でも力を発揮する例が報告されています。

脳に転移したがんに対しても効果が確かめられつつあり、対象は少しずつ広がっています。

HER2を目印にするADCは、これまで治療が難しかった段階でも効果を示し、乳がん治療の選び方を変えつつあります。同じHER2を多く持つ胃がんでも使われています。

トリプルネガティブ乳がんという難しいタイプへの選択肢

ホルモンもHER2も目印に使えないトリプルネガティブ乳がんは、これまで治療の手立てが限られてきました。Trop-2という抗原をねらうADCは、こうしたタイプにも届く新たな選択肢として注目されています。

手立てが少なかったタイプにも届く薬が現れたことは、治療を考えるうえで大きな前進だとされています。新しい目印の研究が、こうした選択肢を支えています。

胃がん・肺がん・血液がんへの広がり

HER2を多く持つ胃がんや、特定の目印を持つ肺がん、ホジキンリンパ腫などの血液がんでも、ADCは使われています。それぞれのがんに合った抗原を選ぶことで、適応は今も増え続けています。

どのがんに使えるかは、目印となる抗原を持つかどうかで決まります。新しい標的の発見が続くほど、ADCの活躍の場はさらに広がると見込まれています。

代表的なADC治療薬の名前と対象

すでに承認され、世界で使われている代表的なADCには、次のようなものがあります。実際にどれを使うかは、がんの種類や進み具合をふまえて主治医が判断します。

代表的なADCと主な対象

治療薬の例主な標的主な対象がん
ブレンツキシマブ ベドチンCD30ホジキンリンパ腫など
トラスツズマブ デルクステカンHER2HER2陽性の乳がん・胃がんなど
サシツズマブ ゴビテカンTrop-2トリプルネガティブ乳がんなど

名前は耳慣れないかもしれませんが、いずれも抗体・リンカー・薬剤という同じ組み立てを持つ仲間です。

ADCの副作用と、治療を続けるために知っておきたいこと

ADCは正常な細胞への負担を抑える工夫がされていますが、副作用がまったく無いわけではありません。あらかじめ出やすい症状を知り、早めに気づいて対応することが、治療を続けるうえで大切です。

起こりやすい副作用主な症状心がけたいこと
血液の変化白血球や赤血球の減少、発熱定期的な採血での確認
消化器の症状吐き気、下痢、食欲の低下水分と栄養をこまめに
肺の症状せき、息切れ、発熱気づいたら早めに連絡

血液や消化器に出やすい副作用

ADCに積まれる薬剤は強力なため、血液をつくる働きが一時的に弱まり、白血球や赤血球が減ることがあります。吐き気や下痢、だるさといった消化器の症状も比較的よく見られます。

多くは休薬や量の調整、支持療法で和らげられるので、つらいときは我慢せず医療者へ伝えてください。

副作用の出方には個人差があり、薬の種類や体の状態によっても変わります。あらかじめ起こりうる症状を知っておくと、いざというとき落ち着いて動けます。

見逃したくない間質性肺炎のサイン

一部のADCでは、肺に炎症が起こる間質性肺炎に注意が必要です。空せきや動いたときの息切れ、発熱などが続く場合は、早めに受診することがすすめられています。

早く気づいて手を打てるかどうかが、その後の経過を左右することもあります。気になる変化は小さくても主治医に共有しましょう。

肺の副作用は頻度こそ高くありませんが、見逃すと重くなることがあるため、特に気をつけたい症状とされています。熱や息苦しさが続くときは、遠慮なく連絡してください。

副作用と上手に付き合うために医師に伝えたいこと

今のんでいる薬や持病、過去の肺の病気などは、副作用の出方に関わります。治療の前後で体に起きた変化を記録しておくと、診察の場で役立ちます。

副作用が心配で治療を迷うときも、自己判断で中断せず、まずは主治医と相談して進め方を決めることが安心につながります。

家族や周囲の人にも治療の予定を伝えておくと、体調が崩れたときに支えてもらいやすくなります。ひとりで抱え込まず、医療者と一緒に対処していきましょう。

従来の抗がん剤や分子標的薬とADCの違い

ADCは、全身に効く抗がん剤の強さと、狙いを定める分子標的薬の正確さを、1つにまとめた薬だといえます。それぞれの長所と限界を知ると、ADCの位置づけが見えてきます。

全身に効く抗がん剤との攻め方の違い

従来の抗がん剤は、体じゅうをめぐって増えの速い細胞を広く攻撃します。効果は期待できる一方、正常な細胞も巻き込みやすく、副作用が出やすい面がありました。

ADCは薬剤を抗体に積んで運ぶため、攻撃先をがんに寄せやすく、同じ強さの薬でも当たる範囲を絞り込もうとします。

分子標的薬とADCはどこが似ていてどこが異なるのか

分子標的薬も、がんに多い目印をねらう点ではADCと似ています。違いは、ADCがその目印を入り口にして強力な薬剤まで運び込むところにあります。

目印に結合するだけでなく、そこへ毒性の高い薬剤を届けて細胞を壊す。この二段構えが、ADCならではの特徴だといえるでしょう。

ADCだからこそできること、まだ難しいこと

ADCは狙い撃ちと強い攻撃力を両立できる一方、万能ではありません。目印となる抗原を持つがんにしか使えず、副作用や費用、効きにくくなる耐性といった課題も残されています。

  • 強み:がんを狙い撃ちできる
  • 強み:少ない量でも強く効く
  • 課題:使えるがんが限られる
  • 課題:副作用はゼロではない

長所と課題の両方を知ったうえで、自分のがんに合うかを主治医と話し合うことが、後悔のない選択につながります。

よくある質問

抗体薬物複合体(ADC)は、どのようながんに使われるのですか?

分子標的薬は、すべてのがん患者さんに使えるわけではありません。薬の標的となる遺伝子変異やタンパク質が、がん細胞にあることが前提になります。

そのため、治療の前にコンパニオン診断という遺伝子検査を行い、効果が見込めるかを確認します。標的が見つからない場合は、ほかの治療を検討していきます。

抗体薬物複合体(ADC)と従来の抗がん剤は、何が違うのですか?

従来の抗がん剤は全身をめぐって増えの速い細胞を広く攻撃するため、正常な細胞も巻き込みがちでした。抗体薬物複合体(ADC)は、薬剤を抗体に積んでがん細胞へ運ぶことで、当たる範囲を絞り込もうとします。

強力な薬剤を、目印を頼りに狙った場所へ届ける二段構えが、ADCならではの特徴です。ただし目印を持つがんにしか使えない点には注意が必要です。

ADCの治療では、髪が抜けるなどの副作用は起こりますか?

ADCは攻撃先をがんに絞る工夫がされていますが、副作用がまったく無いわけではありません。薬の種類によっては、脱毛のほか、白血球の減少や吐き気、下痢などが起こることがあります。

多くの副作用は、休薬や量の調整、支持療法で和らげられます。つらい症状が出たときは我慢せず、早めに医療者へ伝えることが大切です。

ADCによる治療は、通院で受けられるのですか?

ADCは点滴で投与する薬が多く、状態が安定していれば通院で受けられる場合があります。一方で、初回や副作用の様子を見たいときには、入院や長めの観察がすすめられることもあります。

どのような形で受けるかは、薬の種類や体の状態によって変わります。通院と入院のどちらが向くかは、主治医とよく相談して決めましょう。

抗体薬物複合体(ADC)は、がん検診で見つかった早期のがんにも使えますか?

現在のADCは、進行したがんや再発したがんで使われることが中心で、早期がんに広く使う薬ではありません。がん検診で早期に見つかったがんは、まず手術や放射線などが検討されることが一般的です。

どの治療が向くかは、がんの種類や進み具合で大きく変わります。検診で気になる結果が出たときは、自己判断せず医療機関で相談することがすすめられます。

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この記事を書いた人 Wrote this article

前田 祐助

前田 祐助 医学博士 / 医師

慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医