
乳がんの術後補助療法は、手術で取りきれずに残った目に見えないがん細胞をたたき、再発を防ぐために行う全身治療です。柱になるのは、ホルモン療法・抗がん剤・分子標的薬の3つになります。
大切なのは、全員が同じ治療を受けるわけではないという点です。がんの性質を表すサブタイプと再発リスクによって、選ぶ薬の組み合わせは一人ひとり変わってきます。
この記事では、3種類の薬がどう働き、どんな人に向くのかを整理します。副作用や治療期間の見通しまで含めて、判断に必要な材料をやさしくまとめました。
乳がんの術後補助療法が再発を防ぐ全身治療と呼ばれる理由
術後補助療法が必要なのは、手術で見えるがんを取り除いても、血液やリンパに乗って全身へ散った微小ながん細胞が残ることがあるからです。この見えない細胞を抑え込み、再発の芽を摘むのが目的になります。
- ホルモン受容体(エストロゲン・プロゲステロン)の有無
- HER2というたんぱく質の状態
- リンパ節転移と再発リスクの高さ
- 年齢や閉経の状態
治療の中身を大きく左右するのは、上にあげた要素です。これらを組み合わせ、薬を足し算したり、あえて引き算したりしながら方針を決めていきます。
手術で取りきれない微小ながん細胞へのそなえ
手術は、しこりや周囲のリンパ節など、目に見える範囲のがんを取り除く治療です。ただ、画像にも写らないほど小さな細胞が、すでに全身を巡っていることも否定できません。
そうした細胞が時間をかけて育つと、数年後の再発につながります。術後補助療法は、その芽を全身レベルで抑えるために加える治療といえます。
サブタイプによって治療の中身は大きく変わる
乳がんは、見た目が同じしこりでも、性質によっていくつかのサブタイプに分かれます。ホルモン受容体が陽性か、HER2が陽性か、その組み合わせで顔つきが変わるのです。
この顔つきが、効きやすい薬を決めます。だからこそ、検査でサブタイプを確かめてから治療を組み立てていきます。
サブタイプは、手術で取り出した組織を細かく調べることではっきりします。検査の結果が出てから方針が固まるため、最初の説明とあとの説明で内容が変わることもあるでしょう。
再発リスクと副作用を天秤にかける判断
術後補助療法には、再発を減らすという大きな利点があります。一方で薬ごとに副作用があり、生活への負担もゼロではありません。
そのため、再発リスクがどのくらい高いのかを評価し、得られる利益が副作用を上回るかどうかを見ながら選びます。リスクが低い人では、あえて治療を軽くする判断もありえるでしょう。
再発リスクは、しこりの大きさやリンパ節への転移、がんの顔つきから総合的に見積もります。同じ乳がんでも数値は人によって異なり、その差が治療の重さを決める手がかりになります。
ホルモン療法はホルモン受容体陽性の乳がんで柱になる
ホルモン療法は、エストロゲンという女性ホルモンを栄養にして育つタイプの乳がんに効く治療です。ホルモン受容体が陽性なら、再発予防の中心的な柱になります。
エストロゲンを栄養源にさせない治療の狙い
ホルモン受容体陽性の乳がんは、エストロゲンが結びつくことで増殖のスイッチが入ります。ホルモン療法は、この栄養源を断つことを狙う治療です。
薬によって、エストロゲンそのものを作らせない方法と、受容体への結合をブロックする方法に分かれます。どちらも、がんの増殖を兵糧攻めにするイメージに近いでしょう。
ホルモン療法は、抗がん剤に比べて副作用が穏やかなことが多い治療です。とはいえ毎日長く続けるため、ほてりや関節のこわばりとどう付き合うかが、続けやすさを大きく左右します。
タモキシフェンとアロマターゼ阻害薬の違い
代表的な薬が、タモキシフェンとアロマターゼ阻害薬です。タモキシフェンは閉経前でも使え、受容体への結合を妨げます。
アロマターゼ阻害薬は、閉経後に体内でエストロゲンが作られるのを抑える薬です。閉経前の人では、卵巣の働きを抑える注射と組み合わせて使うこともあります。
ホルモン療法は5年か10年かで分かれる
ホルモン療法は、5年間続けるのが一つの目安とされてきました。近年は、再発リスクが高い人で10年まで延ばすと、さらに再発が減るとわかっています。
長く続けるほど予防の効果は上がりますが、その分、副作用と付き合う期間も延びます。どこまで続けるかは、リスクと生活を見ながら主治医と決めていきます。
続ける年数に、たった一つの正解があるわけではありません。再発リスクや骨の状態、本人の希望や生活を照らし合わせ、途中で何度か見直しながら決めていくのが現実的でしょう。
ホルモン療法で使う主な薬
| 薬の種類 | 主に使う人 | 気をつけたい変化 |
|---|---|---|
| タモキシフェン | 閉経前を中心に幅広く | 子宮内膜への影響、血栓 |
| アロマターゼ阻害薬 | 閉経後 | 関節のこわばり、骨密度の低下 |
| 卵巣の働きを抑える注射 | 閉経前で上乗せが必要な人 | 更年期に似た症状 |
副作用の出方は薬によって異なります。つらい症状があるときは我慢せず相談すると、薬の変更や対策を検討できます。
抗がん剤が必要な人とそうでない人を分けるもの
抗がん剤は、すべての乳がんに必要なわけではありません。再発リスクが高い場合や、ホルモン療法が効きにくいタイプで、上乗せの効果が見込めるときに検討します。
抗がん剤は全身のどこに効くのか
抗がん剤は、増殖の速い細胞を攻撃する薬です。血流に乗って全身に届くため、どこかに潜んでいるかもしれない細胞にも作用します。
効果が期待できる一方で、髪や粘膜など正常な細胞も影響を受けます。だからこそ、本当に必要な人を見分ける検査が重視されてきました。
遺伝子検査で抗がん剤の効果を予測する
近年は、がん組織の遺伝子を調べて、抗がん剤の上乗せ効果を予測する検査が広まりました。代表的なのが、21個の遺伝子から再発リスクを点数化する検査です。
点数が低ければ、ホルモン療法だけでも抗がん剤を足した場合と再発の差が小さいとわかってきました。逆に点数が高い人では、抗がん剤の意味が大きくなります。
検査は誰にでも行うわけではなく、主にホルモン受容体陽性でHER2陰性のタイプで検討します。結果が数値で出るため、抗がん剤を足すかどうかの話し合いがしやすくなります。
リンパ節転移と年齢で変わる判断
同じ点数でも、リンパ節への転移の有無や年齢で判断は変わります。リンパ節転移がある人を調べた研究では、閉経前の女性で抗がん剤の利益が見られました。
一方、閉経後では点数が低ければ抗がん剤を省ける場合があると報告されています。年齢や閉経の状態まで含めて、丁寧に見分けることが大切です。
治療を始める前に確認しておきたいこと
抗がん剤を始める前には、心臓や腎臓の働き、血液の状態などを調べます。体が治療に耐えられるかを確認するためです。
持病や飲んでいる薬がある人は、必ず伝えておきましょう。妊娠の希望や仕事の予定も、治療の組み立てに関わる大切な情報になります。
通院の頻度や、仕事や家事をどこまで続けられるかも、治療の前に確かめておくと安心です。生活の見通しが立つと気持ちの余裕が生まれ、治療にも前向きに取り組みやすくなります。
抗がん剤が検討されやすい状況
- リンパ節への転移が多いとき
- 遺伝子検査の再発スコアが高いとき
- ホルモン受容体が陰性のタイプ
- HER2陽性で分子標的薬と併用するとき
これらに当てはまっても全員が受けるわけではありません。本人の体力や希望も合わせて、最終的に決めていきます。
分子標的薬はHER2陽性乳がんの予後を変えてきた
分子標的薬は、がん細胞の特定の目印をねらい撃ちする薬です。とくにHER2陽性の乳がんでは予後を大きく改善し、治療の景色を変えてきました。
| 薬剤の例 | ねらう目印 | 主な対象 |
|---|---|---|
| トラスツズマブ | HER2 | HER2陽性 |
| ペルツズマブ | HER2の別の部位 | 再発リスクが高いHER2陽性 |
| CDK4/6を抑える薬 | 細胞増殖の信号 | ホルモン受容体陽性で再発リスクが高い人 |
それぞれ働き方が異なります。がんのタイプに合わせて、どの薬を加えるかを選びます。
HER2陽性に効くトラスツズマブ
HER2陽性の乳がんは、かつて進行が速く手ごわいタイプとされていました。そこに登場したのが、HER2をねらう抗体薬のトラスツズマブです。
手術後の抗がん剤に1年間のトラスツズマブを加えると、再発が大きく減ると示されました。HER2陽性の治療を一変させた薬といえます。
トラスツズマブは点滴で投与する薬で、手術後の抗がん剤と時期を重ねて使うのが一般的です。心臓の動きに影響することがあるため、治療の前後で心機能を確かめながら慎重に進めます。
効果を高めるペルツズマブの上乗せ
再発リスクがより高いHER2陽性の人では、ペルツズマブをトラスツズマブに重ねる方法があります。2つの抗体は、HER2の違う部位に結びつきます。
併用によって、再発をさらに抑える効果が報告されています。一方で下痢などの副作用が増えるため、リスクの高さを見て使い分けます。
ホルモン療法に加えるCDK4/6阻害薬
近年は、ホルモン受容体陽性でHER2が陰性のタイプにも、新しい分子標的薬が加わりました。細胞の増殖信号をブロックするCDK4/6阻害薬です。
リンパ節転移が多いなど再発リスクが高い人で、ホルモン療法に2年間上乗せすると再発が減ると示されています。飲み薬で続けやすい点も特徴でしょう。
飲み薬とはいえ、定期的な血液検査で体の状態を見守りながら続けていきます。副作用が出たときは量を調整できるので、自己判断でやめてしまわず、まず主治医に相談してください。
ホルモン・抗がん剤・分子標的薬はどう使い分けるのか
使い分けの軸になるのは、がんのサブタイプです。ホルモン受容体とHER2の状態で大きな方針が決まり、そこへ再発リスクに応じて薬を足していきます。
| サブタイプ | 治療の中心 | 加わることがある薬 |
|---|---|---|
| ホルモン受容体陽性・HER2陰性 | ホルモン療法 | 抗がん剤やCDK4/6阻害薬 |
| HER2陽性 | 抗がん剤とHER2の分子標的薬 | 陽性ならホルモン療法 |
| トリプルネガティブ | 抗がん剤 | 状況に応じた追加治療 |
同じサブタイプでも、しこりの大きさやリンパ節転移によって治療の強さを調整します。あくまで枠組みとして押さえておくと、説明が理解しやすくなります。
ホルモン受容体陽性タイプの組み立て方
最も多いのが、ホルモン受容体陽性でHER2陰性のタイプです。この場合、ホルモン療法が土台になります。
再発リスクが高ければ、抗がん剤やCDK4/6阻害薬を足します。リスクが低ければ、ホルモン療法だけで様子を見ることもあります。
ホルモン受容体陽性のタイプは、ゆっくり進むことが多い反面、再発が何年もあとに起こることもあります。だからこそ、ホルモン療法を長く続けて備える意味が大きいといえます。
HER2陽性タイプで薬を組み合わせる理由
HER2陽性では、抗がん剤とHER2をねらう分子標的薬を組み合わせるのが基本です。さらにホルモン受容体も陽性なら、ホルモン療法も加わります。
複数の薬で多方向から抑えることで、手ごわいタイプの再発を減らせます。薬が増える分、副作用への目配りも大切になるでしょう。
トリプルネガティブで抗がん剤が中心になるわけ
ホルモン受容体もHER2もすべて陰性のタイプが、トリプルネガティブです。ホルモン療法も従来の分子標的薬も効きにくいため、抗がん剤が治療の中心になります。
近年は、免疫の力を利用する薬など新しい選択肢も加わってきました。タイプごとに、使える武器が違うと理解しておくと整理しやすいはずです。
トリプルネガティブは進行が速いことがある一方、抗がん剤がよく効くタイプでもあります。手術の前に抗がん剤を行い、効き具合を確かめてから手術へ進む方法も選ばれます。
迷ったときに主治医へ伝えたいこと
使い分けの方針は専門的で、一度の説明では飲み込みにくいかもしれません。分からない点は、その場で遠慮なく質問してかまいません。
再発をどれだけ減らせるのか、副作用はどの程度かを具体的に聞くと、判断の材料がそろいます。納得して選んだ治療は、続ける力にもつながるでしょう。
術後補助療法の副作用と治療を続けるための工夫
副作用は薬ごとに異なりますが、多くは対策で和らげられます。長く続ける治療だからこそ、無理なく日常を保つ工夫が、再発予防の効果を支えます。
薬ごとに異なる副作用の現れ方
ホルモン療法では、ほてりや関節のこわばり、骨密度の低下などが起こりやすくなります。抗がん剤では、脱毛や吐き気、感染への注意が必要です。
分子標的薬では、心臓への負担や下痢が見られることがあります。どれも個人差が大きく、強く出る人もいれば、ほとんど気にならない人もいます。
副作用は、治療の途中で現れ方が変わることもあります。始まったばかりの時期と数か月後では感じ方が違うため、その時々の状態をこまめに伝えることが対策の助けになります。
つらい副作用は我慢するしかないのか
副作用は我慢するものではなく、伝えることで対処できる場合が多くあります。薬の量を調整したり、別の薬に変えたりする選択肢もあるからです。
気になる変化があれば、早めに主治医や看護師へ伝えましょう。記録をつけておくと、診察のときに状況を正確に共有できます。
飲み忘れを防ぎ治療を続ける習慣
飲み薬のホルモン療法は、毎日続けてこそ効果が保たれます。飲み忘れが重なると、予防の力が弱まってしまいます。
毎日の歯みがきと同じ時間にのむ、カレンダーに印をつけるなど、生活に組み込む工夫が役立ちます。続けることそのものが、立派な治療といえるでしょう。
もし飲み忘れに気づいても、あわてて二回分をまとめてのむ必要はありません。対応に迷ったときは、薬局の薬剤師や主治医にたずねれば、正しいのみ方をその場で教えてもらえます。
主な副作用と生活での工夫
| 治療の種類 | 起こりやすい変化 | 生活での工夫 |
|---|---|---|
| ホルモン療法 | ほてり、関節のこわばり | 軽い運動、体を温めすぎない |
| 抗がん剤 | 脱毛、吐き気、感染しやすさ | 手洗いやうがい、無理をしない |
| 分子標的薬 | 心臓への負担、下痢 | 定期検査、水分をこまめに |
工夫を重ねても症状がつらいときは、治療の調整が可能かどうかを遠慮なく相談してください。続けやすさを整えることが、結果として治療の効果を守ります。
よくある質問
乳がんの術後補助療法はどのくらいの期間続けるのでしょうか?
治療の種類によって大きく異なります。抗がん剤は数か月で終えることが多い一方、ホルモン療法は5年から10年と長く続きます。
分子標的薬は、トラスツズマブで約1年、CDK4/6阻害薬で2年が一つの目安です。再発リスクや副作用の出方を見ながら、主治医と相談して期間を決めていきます。
ホルモン療法だけで抗がん剤を省略できる乳がんはありますか?
あります。ホルモン受容体が陽性でHER2が陰性のタイプでは、抗がん剤を省ける人が少なくありません。
遺伝子検査で再発スコアが低い場合、ホルモン療法だけでも抗がん剤を足したときと再発の差が小さいと示されています。年齢やリンパ節の状態も合わせて判断します。
分子標的薬はどのような乳がんの人に使われますか?
中心になるのは、HER2陽性の乳がんです。トラスツズマブやペルツズマブが、再発を抑えるために使われます。
また、ホルモン受容体陽性で再発リスクが高い人には、CDK4/6阻害薬という分子標的薬をホルモン療法に加えることがあります。タイプによって使う薬は変わります。
乳がんの術後補助療法を受けないという選択はできますか?
再発リスクがとても低い場合などには、治療を軽くしたり見送ったりする選択もありえます。最終的に決めるのは本人です。
ただし、自己判断で中断すると再発リスクが上がることがあります。迷うときは、利益と副作用を主治医とよく確認したうえで決めるのが安心でしょう。
ホルモン療法中に妊娠や出産を考えることはできますか?
ホルモン療法の最中は、薬の影響を避けるため妊娠を控える必要があります。出産を望む場合は、計画を主治医に早めに伝えることが大切です。
近年は、一定期間ホルモン療法を続けたあと、一時的に休んで妊娠を目指す方法も検討されています。希望があれば、治療の前から相談しておくと選択肢が広がります。
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この記事を書いた人 Wrote this article
前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医