がん治療中の感染予防マニュアル|手洗い・うがいから人混みの避け方まで徹底解説

がん治療中の感染予防マニュアル|手洗い・うがいから人混みの避け方まで徹底解説

がん治療の最中は、抗がん剤や放射線の影響で白血球が減り、ふだんなら問題にならない菌やウイルスでも感染症につながりやすくなります。

だからこそ、手洗いやうがい、人混みを避ける小さな工夫の積み重ねが、治療を予定どおり進めるための大きな支えになるといえます。

この記事では外出時のマスクの使い方から自宅での食事、口の中のケアまで、今日から始められる感染予防を医師の視点で整理しました。

発熱などの危険なサインと受診の目安もまとめているので、不安なときに何をすればよいかが具体的に見えてくるはずです。

なぜがん治療中は感染症にかかりやすくなるのか

結論からいえば、感染しやすさの正体は「免疫の低下」です。抗がん剤は増殖の速いがん細胞を攻撃しますが、同時に骨髄でつくられる白血球も巻き込んで減らしてしまいます。その結果、体を守る力が一時的に弱まる時期が訪れます。

体の状態好中球数のめやす感染リスク
ふだんどおり1500/μL以上通常と同じ
軽度〜中等度の低下500〜1500/μLやや高まる
高度の低下500/μL未満高い(発熱に要注意)

抗がん剤で白血球が減ると体の守りが弱くなる

白血球の中でも、細菌と最前線で戦う「好中球」という細胞が感染防御の主役です。この好中球が減った状態を好中球減少といい、数が少ないほど感染の危険が増します。ふだんは皮膚や腸にいるおとなしい菌でも、守りが薄くなると体の中で暴れ出すことがあるのです。

つまり、感染予防とは「特別な病原体を避けること」だけではありません。身近な菌から自分を守る毎日の習慣そのものが、治療を支える土台になります。

感染リスクが高まる「ナディア」と呼ばれる時期

抗がん剤を使うと、白血球はおおむね投与から7〜14日ほどでいちばん少なくなります。この谷のような時期をナディアと呼びます。読み手としては「打ったあと1〜2週間が要注意」と覚えておくと、対策の力の入れどころがわかりやすいでしょう。

ナディアの時期は治療の種類や体質によって前後します。自分の白血球がいつ下がりやすいかは、採血の結果をもとに主治医へ気軽にたずねてみてください。

細菌・ウイルス・真菌の3つが感染源になる

感染の原因は大きく細菌・ウイルス・真菌(カビの仲間)に分かれます。それぞれ入り込む経路が違うため、手指や口、皮膚、食べ物といった複数の入り口をまんべんなく守る発想が役立ちます。

難しく考える必要はありません。手と口を清潔に保ち、傷をつくらず、人混みを賢く避ける。この基本を押さえるだけで、3つの感染源への備えが同時に整っていきます。

なかでも真菌は、湿気の多い場所や土、古くなった食品にひそみやすい性質があります。水まわりを乾かし、植物の手入れを家族に任せるといった小さな配慮が、目に見えにくい感染源を遠ざけてくれます。

手洗い・うがいは感染予防のいちばん大切な土台

感染予防でまず力を入れたいのは、手洗いと手指消毒です。特別な道具は要らず、費用もほとんどかからないのに、菌やウイルスを物理的に洗い流せる効果は大きいといえます。うがいや口腔ケアを組み合わせれば、喉と口からの侵入もぐっと減らせるでしょう。

手を洗うべきタイミングを逃さない

手洗いは回数よりも「ここぞという場面で確実に行う」ことが肝心です。指の間や爪のまわり、手首まで、20〜30秒かけて石けんでていねいに洗いましょう。洗ったあとは清潔なタオルかペーパーでしっかり水気をふき取ります。

手を洗いたい主な場面

  • 外出から帰ったとき
  • 食事の前
  • トイレのあと
  • 鼻をかんだあと
  • 傷や点滴部にふれる前

これらの場面では、手に菌が付きやすかったり、付いた菌が体に入りやすかったりします。場面とセットで覚えておくと、習慣として自然に続けられます。

石けんとアルコール手指消毒の使い分け

目に見える汚れがあるときは、流水と石けんでの手洗いが向いています。一方、外出先などで水道がないときは、アルコール手指消毒がすばやく使えて便利です。両方を場面に応じて選べるよう、消毒用のジェルやシートを持ち歩くと安心でしょう。

ただしアルコールが効きにくい菌やウイルスも一部あります。帰宅後はできるだけ石けんでの手洗いに切り替えると、より確実に汚れと菌を落とせます。

外出が多い日は、消毒のしすぎで手が荒れてしまうこともあります。手荒れはひび割れから菌が入る原因になるため、保湿でうるおいを保つことも大切な感染対策のひとつです。

うがいと口腔ケアで喉と口を清潔に保つ

口や喉は、空気とともに病原体が入り込みやすい場所です。外出後のうがいに加え、やわらかい歯ブラシでの歯みがきやアルコールを含まない洗口液を使うと、口の中を清潔に保てます。口の粘膜を傷つけない、やさしいケアを心がけてください。

歯ぐきの腫れや口内炎は、そこから菌が入り込む入り口になりかねません。気になる変化があれば、無理に市販品で対処せず、歯科や主治医に早めに相談しましょう。

人混みを避ける外出とマスクで飛沫感染を防ぐ

外出を一切やめる必要はありませんが、混雑する時間や場所を選んで避けることが、飛沫からの感染を防ぐ近道になります。やむを得ず人の多い場所へ行くときは、マスクと手指消毒を組み合わせて備えると安心です。体調や治療の時期に合わせて、無理のない範囲で調整しましょう。

混雑する場所や時間帯をどう避けるか

感染リスクは、人との距離が近いほど、また同じ空間にいる時間が長いほど高まります。買い物は早朝や空いている時間にずらす、長時間の集まりは控えるといった工夫が効果的です。換気の悪い密室を避け、できるだけ風通しのよい場所を選びましょう。

家族に買い物や用事を頼めるなら、遠慮せずお願いするのも立派な感染対策です。ナディアの時期はとくに、外出そのものを減らす判断が体を守ります。

不織布マスクの選び方と正しいつけ方

マスクは、鼻と口、あごまでをすき間なく覆える不織布タイプが扱いやすいでしょう。鼻のワイヤーを顔の形に合わせ、横や下からの空気のもれを抑えるとより安心です。湿ったり汚れたりしたら、ためらわず新しいものに替えてください。

マスクの表面には菌やウイルスが付いていると考え、外すときはひもを持つようにします。外したあとは手を洗い、清潔な状態を保ちましょう。

通院や買い物で気をつけたいこと

病院の待合室は、体調をくずした人が集まる場所でもあります。受診の予約時間を上手に使い、待ち時間が短くなるよう工夫すると負担を減らせます。つり革や手すり、買い物カートなど共用部分にふれたあとは、手指消毒を忘れないようにしましょう。

場面気をつけたいこと具体的な工夫
通院の待合室人との距離予約を活用し短時間で
公共交通機関飛沫・つり革マスクと手指消毒
スーパーや店混雑する時間早朝や空いた時間に

こうした場面ごとの注意点は、家族とも共有しておくと役立ちます。みんなが同じ意識でいれば、外出のたびに細かく考えなくても自然と守れるようになります。

自宅の食事と衛生環境で食中毒を遠ざける

「生ものをすべて禁止すれば安全」という考えは、最近では見直されています。大切なのは食材を極端に制限することではなく、加熱や洗浄など安全な食品の扱いを守ることです。栄養をしっかりとりながら、食中毒だけを避ける発想が役立つでしょう。

加熱と食材選びで口から入る菌を減らす

肉や魚、卵は中までしっかり火を通すと、多くの食中毒菌を減らせます。生野菜や果物はよく洗い、皮をむいて食べると安心感が高まります。調理器具やまな板を清潔に保ち、生ものと加熱済みの食品を分けて扱うことも大切です。

加熱の目安と扱いに注意したい食品

食品注意点扱い方
肉・魚・卵加熱不足中までしっかり加熱
生野菜・果物表面の菌よく洗う・皮をむく
乳製品・総菜期限切れ期限内に早めに食べきる

残った料理を室温で長く置くのは避け、早めに冷蔵し、食べる前に再加熱しましょう。どこまで気をつけるべきか迷うときは、主治医や管理栄養士に相談すると自分に合った範囲がわかります。

厳しすぎる制限食より「安全な食品の扱い」を

かつては無菌に近い制限食がすすめられた時期もありました。しかし近年の研究では、こうした厳しい制限が感染や死亡を減らすという確かな根拠は乏しいと報告されています。むしろ食事の楽しみや栄養状態を損なう面が指摘されています。

無理にメニューをせばめるより、衛生的な調理と新鮮な食材を意識するほうが現実的です。食べられるものが増えれば体力も保ちやすく、治療を続ける力につながります。

部屋の掃除とペット・植物への配慮

室内はこまめに掃除し、ほこりや湿気をためないようにしましょう。水まわりはカビが生えやすいので、定期的に乾燥させ清潔を保つことが望まれます。観葉植物の土や生花にはカビや菌が潜むことがあり、ナディアの時期は寝室に置かない配慮も役立ちます。

ペットとの暮らしを続けたい人も多いでしょう。世話のあとは必ず手を洗い、排せつ物の処理は家族に任せるなど、ふれあいながらも感染を遠ざける工夫を取り入れてください。

ワクチンと家族の協力で感染リスクを下げる

ワクチンは、かかると重くなりやすい感染症を防ぐ心強い手段です。本人だけでなく同居する家族が接種することで、家庭内に病原体を持ち込みにくくする効果も期待できます。どのワクチンをいつ受けるかは、治療内容によって変わるため主治医と相談して決めましょう。

対象考え方
本人主治医と相談してインフルエンザ・肺炎球菌など
同居家族まわりが守る季節性のワクチンなど
受ける時期治療の合間に主治医の指示に従う

インフルエンザや肺炎球菌のワクチンで感染に備える

がん治療中の人は、インフルエンザにかかると重症化しやすいと知られています。肺炎球菌による肺炎も注意したい感染症のひとつです。これらにはワクチンがあり、接種で発症や重症化を抑えられる可能性があります。

ただし治療の時期によっては、ワクチンの効きめが弱まったり接種を控えたほうがよい場合もあります。自己判断で受けるのではなく、必ず主治医に時期と種類を確認してください。

同居する家族ができる感染予防

家庭内の感染は、外から家族が持ち帰った病原体が原因になることがあります。家族の手洗い・うがい、体調が悪いときのマスク着用は、本人を守る大切な行動です。家族自身が季節のワクチンを受けることも、間接的な守りになります。

感染対策を本人ひとりに背負わせないことが、長い治療を支えるコツです。家族みんなで取り組めば、心の負担も分け合えます。

面会や来客とどうつき合うか

会いたい人と過ごす時間は、気持ちの支えになります。一方で、かぜや発熱のある人との面会は時期を改めてもらうのが安全です。来客時は換気をし、短時間で、手洗いをお願いするなど、無理のないルールを伝えておきましょう。

小さな子どもは思いがけず感染症を持っていることがあります。流行している時期は会い方を工夫し、オンラインでの交流も上手に取り入れてみてください。

見落としやすいカテーテルや口の中からの感染経路

毎日きちんと手を洗っていても、感染の入り口は意外なところに残っています。点滴やカテーテルの挿入部、口の中の粘膜、皮膚の小さな傷は、菌が体に入り込みやすい場所です。こうした見えにくい経路を知っておくと、守りに穴ができにくくなります。

点滴やカテーテルの挿入部を清潔に保つ

抗がん剤を続けて投与するために、中心静脈カテーテルやポートを使うことがあります。これらは血管に直接つながるため、挿入部から菌が入ると全身の感染につながりかねません。挿入部の赤みや腫れ、痛み、発熱に気づいたら、すぐ医療機関へ連絡してください。

カテーテルにふれる前には必ず手を洗い、絆創膏やドレッシング材は指示どおりに保ちましょう。入浴や着替えのときも、挿入部をぬらしすぎない・こすらない配慮が役立ちます。

口の粘膜の傷から起こる感染に注意

抗がん剤や放射線で口の粘膜が荒れると、口内炎ができやすくなります。荒れた粘膜は、口の中の菌が体へ入り込む入り口になりがちです。やわらかい歯ブラシとアルコールを含まない洗口液で、痛みを増やさないやさしいケアを続けましょう。

口内炎の予防には、口の中を乾燥させない工夫も大切だといえます。痛みで食事がとりにくいときは我慢せず、主治医や歯科に相談して対策を一緒に考えてください。

皮膚・爪・小さな傷のセルフケア

皮膚の乾燥やひび割れ、深爪も、菌の入り口になります。保湿でうるおいを保ち、爪は切りすぎないようにしましょう。ひげそりやムダ毛の処理は、刃で皮膚を傷つけないよう電気シェーバーを使うと安心です。

毎日チェックしたい場所

  • 点滴やカテーテルの挿入部
  • 口の中や歯ぐき
  • 肛門・おしりまわり
  • 皮膚の傷や赤み
  • 爪のまわり

これらを一日一度さっと見る習慣をつけると、異変に早く気づけます。気になる赤みや痛みは小さくても放置せず、医療スタッフに伝えましょう。

発熱などの危険なサインと受診の目安

がん治療中にもっとも注意したいサインは、発熱です。好中球が少ない時期の38度以上の熱は、体の中で感染が広がりつつある合図かもしれません。早く動くほど安全につながるため、迷ったら医療機関へ連絡する姿勢をもっておきましょう。

38度以上の発熱はすぐ連絡が必要な理由

好中球が少ない状態での発熱は、発熱性好中球減少症と呼ばれ、すばやい対応が必要な状態です。感染が短時間で重くなることがあり、早めの治療が体を守ります。38度以上の熱が出たら、夜間や休日でも、あらかじめ伝えられた連絡先に相談してください。

熱が出ていなくても、強い寒気やふるえは感染のサインのことがあります。「いつもと違う」と感じたら、様子を見すぎずに連絡する判断が安心につながります。

発熱以外に見逃せない体の変化

感染は熱だけでなく、さまざまな形であらわれます。せきや息苦しさ、排尿時の痛み、下痢、強い倦怠感なども見逃せません。カテーテル挿入部の赤みや痛みも、体の内側で起きている変化の手がかりになります。

体調の変化は、メモに残しておくと受診のときに役立ちます。いつから、どんな症状が、どのくらい続いているかを書きとめておきましょう。

あわてないために準備しておきたいこと

いざというとき迷わないよう、連絡先や手順を前もって決めておくと安心です。病院の電話番号や受診の流れ、体温計や常備薬の置き場所を家族とも共有しておきましょう。準備があるだけで、夜間の発熱にも落ち着いて対応できます。

症状ごとの対応の目安

症状動くタイミング対応
38度以上の発熱すぐ病院・主治医に連絡
強い寒気・ふるえ早めに連絡して指示を仰ぐ
息苦しさ・強い倦怠感すぐ受診を検討する

あくまで一般的な目安であり、最終的な判断は治療内容や体調によって変わります。自分に合った受診の基準は、ふだんの診察のときに主治医と確認しておくとよいでしょう。

よくある質問

がん治療中の感染予防では、まず何から始めればよいですか?

まずは手洗いと手指消毒、うがいといった毎日の習慣を確実に行うことから始めてください。特別な道具がいらず、身近な菌から自分を守る効果が大きいためです。

そのうえで、混雑する場所を避ける、マスクを使う、食材をしっかり加熱するといった対策を少しずつ重ねていきましょう。すべてを完璧にする必要はなく、できることから取り入れる姿勢が長続きのコツです。

がん治療中に熱が出たら、すぐ病院に連絡すべきですか?

はい、好中球が少ない時期の38度以上の発熱は、すぐ連絡が必要なサインだと考えてください。感染が短い時間で重くなることがあり、早い対応が体を守ります。

夜間や休日でも、あらかじめ伝えられている連絡先に相談しましょう。強い寒気やふるえなど、熱がなくても気になる変化があるときも、早めに連絡する判断が安心につながります。

がん治療中でもインフルエンザワクチンは受けてよいですか?

多くの場合に受けることがすすめられますが、接種に適した時期は治療内容によって変わります。がん治療中はインフルエンザが重くなりやすいため、ワクチンで備える意義は大きいといえます。

ただし治療の時期によっては効きめが弱まることもあります。自己判断は避け、受ける種類と時期について必ず主治医に確認してください。

がん治療中の感染予防として、人混みは完全に避けるべきですか?

完全に外出をやめる必要はなく、混雑する時間や場所を選んで避けることが現実的です。人との距離が近く、長く同じ空間にいるほど感染リスクは高まります。

やむを得ず人の多い場所へ行くときは、マスクと手指消毒を組み合わせましょう。白血球が下がりやすいナディアの時期は、外出そのものを控える判断も体を守ります。

がん治療中の食事で、生野菜や刺身は食べてはいけませんか?

すべてを一律に禁止する必要はないという考え方が広がっています。厳しすぎる制限食が感染を減らすという確かな根拠は乏しく、栄養や食べる楽しみを損なう面が指摘されているためです。

大切なのは、食材をよく洗い、肉や魚をしっかり加熱するなど安全な扱いを守ることです。白血球が大きく下がる時期にどこまで気をつけるかは、主治医や管理栄養士に相談して決めましょう。

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この記事を書いた人 Wrote this article

前田 祐助

前田 祐助 医学博士 / 医師

慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医