抗がん剤の吐き気止め(制吐薬)の進歩|つらい嘔気・嘔吐を未然に防ぐ方法

抗がん剤の吐き気止め(制吐薬)の進歩|つらい嘔気・嘔吐を未然に防ぐ方法

「抗がん剤の治療では、吐き気は我慢するしかない」という受け止め方は、すでに過去のものになりつつあります。

制吐薬と呼ばれる吐き気止めの進歩によって、つらい嘔気・嘔吐の多くは、症状が出る前から計画的に防げるようになりました。

鍵を握るのは、抗がん剤の催吐リスクに合わせて複数の薬を上手に組み合わせ、先回りして備えるという発想です。

この記事では、吐き気止めの種類や使い分け、つらい副作用との付き合い方、そして薬だけに頼らない毎日の工夫まで、できるだけ安心して治療に向き合うための知識を、順を追ってお伝えします。

抗がん剤の吐き気止め(制吐薬)はどこまで進歩したのか

吐き気止めは、この20年あまりで大きく進歩しました。今では、抗がん剤による嘔気・嘔吐の多くを前もって抑えられます。

昔のように治療のあいだはひたすら我慢する、という必要はずいぶん小さくなったといえるでしょう。

なぜ抗がん剤で吐き気が起きるのか

抗がん剤が体に入ると、小腸の壁にある細胞からセロトニンという物質が放出されます。この物質が神経の受け取り口(受容体)にくっつくと、脳へ気持ちが悪いという信号が伝わります。

もう一つ、サブスタンスPという物質が関わる別の道すじもあります。脳の嘔吐をつかさどる場所の近くで働くため、時間が経ってから出てくる吐き気に深く関係するといわれています。

吐き気止めは、この二つの入り口をふさぐように働きます。信号そのものを途中で止めるので、症状が起こりにくくなるわけです。

「吐き気は耐えるもの」はもう過去の発想です

かつては効く薬が少なく、吐き気は治療につきものだと受け止められていました。今は事情が変わっています。

作用の異なる薬を組み合わせることで、多くの人が嘔吐をほとんど経験せずに治療を続けられるようになりました。我慢を美徳とせず、つらさは遠慮なく伝えてよいのです。

つらさの感じ方には個人差があり、同じ薬でも人によって楽さは変わります。だからこそ、自分の状態を率直に伝えることが、より合った予防につながります。

急性・遅発性・予測性の3タイプを押さえる

抗がん剤の吐き気は、出方によって大きく3つに分けられます。それぞれ対策の勘どころが違うので、まず全体像をつかんでおきましょう。

投与から24時間以内に出るものを急性、2日目以降に続くものを遅発性と呼びます。さらに、過去のつらい記憶が引き金になり、治療の前から起こる予測性もあります。

吐き気の3つのタイプと特徴

タイプ出るタイミング特徴
急性投与後24時間以内数時間でピークを迎えやすい
遅発性2〜5日目ごろ見落とされやすく長引きやすい
予測性治療を受ける前不安や過去の記憶が引き金になる

とくに遅発性は自宅で過ごす時期と重なるため、見過ごされがちです。どのタイプにも前もって備えておくことが、つらさを減らす近道になります。

吐き気止めに使われる主な薬の種類と特徴

吐き気止めは、大きく4種類に整理できます。中心となるのは、5-HT3受容体拮抗薬、NK1受容体拮抗薬、ステロイド、そしてオランザピンです。

これらを単独ではなく、組み合わせて使う点が現在の主流になっています。

種類代表的な薬おもな働き
5-HT3受容体拮抗薬グラニセトロン、パロノセトロン急性の吐き気をしっかり抑える
NK1受容体拮抗薬アプレピタント、ホスアプレピタント遅発性の吐き気に強い
ステロイドデキサメタゾンほかの薬の効果を底上げする
オランザピン抗精神病薬を応用した薬吐き気と食欲低下に幅広く効く

それぞれの持ち味を、順番に見ていきましょう。

急性の吐き気に強い5-HT3受容体拮抗薬

5-HT3受容体拮抗薬は、吐き気止めの土台となる薬です。投与から24時間ほどの急性の嘔気・嘔吐をしっかり抑えます。

グラニセトロンやパロノセトロンが代表で、パロノセトロンは効き目が長く続くのが持ち味です。飲み薬と点滴の両方があり、治療内容に合わせて使い分けます。

多くは1日1回の服用や点滴で済むため、生活のリズムを大きく崩さずに使えます。治療の内容によって、効き目の長さや投与の形を選んでいきます。

遅発性に効くNK1受容体拮抗薬

治療から数日後に現れる遅発性の吐き気には、NK1受容体拮抗薬が力を発揮します。先ほどのセロトニンとは別の道すじを抑えるためです。

アプレピタントは飲み薬、ホスアプレピタントは点滴で使います。5-HT3受容体拮抗薬と一緒に用いると、予防の効きめがぐっと高まると報告されています。

飲み薬と点滴のどちらもそろっているので、通院の形に合わせて選べるのも利点です。遅発性の予防がしやすくなり、治療後半の負担を和らげます。

縁の下の力持ちであるステロイド

デキサメタゾンというステロイドは、単独でも吐き気を抑える働きを持ちます。ほかの薬と合わせると、全体の効果を押し上げてくれる頼もしい存在です。

短期間の使用が基本なので、長く飲み続けるときのような心配は小さくなります。血糖や胃の調子には少し気を配ると安心でしょう。

新しい選択肢として広がるオランザピン

もともと別の目的で使われてきたオランザピンが、吐き気止めとしても役立つとわかってきました。とくに強い吐き気が見込まれる治療で重宝します。

少量を数日使うだけでも、嘔気の予防効果が上乗せされると報告されています。眠気が出ることがあるため、就寝前に飲む工夫がよくとられます。

眠気が心配でも、就寝前の服用や少量からの開始で和らげられることが多いものです。日中のだるさが気になるときは、量や時間の調整を相談できます。

催吐リスクに合わせた吐き気止めの組み合わせ方

催吐リスクが高い治療ほど、吐き気止めは手厚く組み合わせます。抗がん剤は吐き気の起こしやすさで4段階に分けられ、その段階が予防の中身を決めるからです。

リスクに見合わない予防では、つらい症状を防ぎきれないことがあります。

催吐リスク抗がん剤の例標準的な組み合わせ
高度シスプラチンなど4剤併用(NK1+5-HT3+ステロイド+オランザピン)
中等度カルボプラチンなど2〜3剤を組み合わせる
軽度一部の薬ステロイド単独などで対応
最小度ほとんど起こさない薬予防薬を使わないことも多い

自分の治療がどの段階にあたるかを知っておくと、説明も受け取りやすくなります。

高度催吐性には4剤併用でしっかり備える

シスプラチンのように吐き気を起こしやすい治療では、4種類の薬をまとめて使うのが基本になりました。一つの道すじだけでは抑えきれないためです。

NK1受容体拮抗薬、5-HT3受容体拮抗薬、ステロイド、オランザピンを組み合わせます。手厚く備えることで、急性と遅発性の両方をしっかりカバーできます。

薬の数が増えると負担に感じるかもしれませんが、強い吐き気を防げる効果はそれを上回ります。つらさで食事や睡眠が崩れるのを防ぐ意味でも、手厚い備えには値打ちがあります。

中等度催吐性ではどう変わるのか

中等度の治療では、薬の数をやや絞り、2〜3剤の組み合わせが目安になります。体調や治療の中身に応じて、柔軟に調整していきます。

乳がんでよく使われる一部の治療など、中等度でも吐き気が出やすいものには、高度に準じた手厚い予防を選ぶこともあります。

軽度・最小度のときに大切なこと

軽度の治療では、ステロイド単独などで様子をみることが多くなります。最小度では予防薬を使わない判断もあります。

ただし、人によっては軽度でも強くつらさを感じます。リスク分類はあくまで出発点で、最後はその人の反応に合わせることが肝心です。

つらい嘔気・嘔吐を未然に防ぐ予防投与の進め方

吐き気止めは、気持ち悪くなってから飲む薬だと思われがちです。実際は逆で、症状が出る前に使ってこそ力を発揮します。

先回りして抑えるほど、その後のつらさが軽くなるとわかっています。

症状が出る前に始めるのが基本

予防投与では、抗がん剤を始める前から吐き気止めを体に入れておきます。信号が走り出す前に道すじをふさいでおく、という考え方です。

いったん強い吐き気が起きてしまうと、後から抑えるのは大変です。だからこそ、最初の一回からしっかり予防することが大切になります。

はじめの一回でうまく抑えられると、体も心も次の治療に臨みやすくなります。反対に最初でつらい思いをすると、後の回にも影響しやすいといわれます。

見落としやすい遅発性の吐き気に備える

急性の吐き気が治まっても、2日目以降に遅れてつらさが出ることがあります。自宅で過ごす時期と重なるぶん、油断しやすい時期です。

処方された薬は、症状がなくても決められた日まで飲みきることが肝心です。途中でやめると、遅発性の波に対応できなくなってしまいます。

予防投与で意識したいこと

  • 処方どおりの時間に飲む
  • 症状がなくても自己中断しない
  • 吐き気の有無を毎日記録する
  • つらいときは早めに相談する

小さな習慣の積み重ねが、遅発性のつらさを大きく左右します。記録は、次の治療の予防を調整するうえでも役立ちます。

治療前から起こる予測性の吐き気への備え

過去のつらい経験が記憶に残ると、治療を前にしただけで吐き気を感じることがあります。これが予測性の吐き気です。

最初の治療からしっかり症状を抑えておくことが、いちばんの予防になります。不安が強いときは、気持ちを落ち着ける薬を併用することもあります。

吐き気止めにも副作用はある?上手な付き合い方

効果の高い吐き気止めにも、副作用はあります。とはいえ、その多くは前もって知って備えれば、十分に対処できるものです。

こわがって薬を減らすより、性質を知って上手に使うほうが、結果として楽になります。

便秘・頭痛・眠気など起こりやすい症状

5-HT3受容体拮抗薬では便秘が、ステロイドでは胃の不快感や血糖の変動が出ることがあります。オランザピンでは眠気が出やすいといわれます。

どれもよく知られた症状なので、あらかじめ対策を立てておけます。気になる変化は遠慮なく医療チームに伝えてください。

主な吐き気止めと気をつけたい症状

薬の種類起こりやすい症状備えのヒント
5-HT3受容体拮抗薬便秘、頭痛水分と食物繊維を意識する
ステロイド胃の不快感、血糖の上昇食後に飲み、血糖に注意する
オランザピン眠気、だるさ就寝前の服用を検討する

症状が出ても、薬の種類や飲み方を変えることで和らげられる場合があります。自己判断で中止せず、まず相談するのが安全です。

便秘には水分や軽い運動、必要に応じて下剤での備えが役立ちます。眠気が出やすい薬は、飲む時間を夜に寄せるだけでも日中の支障を抑えやすくなります。

ステロイドを使うときに気をつけたいこと

デキサメタゾンは短期間の使用が前提なので、長期に伴うような心配は大きくありません。それでも、眠れない、胃が痛むといった変化には注意します。

糖尿病のある人は血糖が上がりやすいため、主治医と相談しながら使います。気になる症状は早めに共有しておくと安心でしょう。

自己判断で薬をやめないことの大切さ

つらい症状が落ち着くと、つい薬を早めにやめたくなるかもしれません。けれども、遅発性の吐き気は後から訪れます。

決められた期間は飲みきることが、予防の効果を保つうえで欠かせません。やめたいときほど、まず相談してほしいところです。

薬だけに頼らない吐き気対策と毎日の食事の工夫

吐き気がつらいと、食べることさえ億劫になります。そんなときは、薬に加えて毎日の小さな工夫が大きな支えになります。

においや食べ方を少し変えるだけでも、ぐっと楽になることがあります。

食事のとり方とにおい対策

においの強い料理や脂っこいものは、吐き気を誘いやすいといわれます。冷ましてにおいを抑えた料理や、さっぱりした食べ物が向いています。

一度にたくさんではなく、少量を回数を分けてとるのがこつです。水分はこまめに、ゆっくり口に運ぶと負担が減ります。

食べやすさを助ける小さな工夫

  • 冷たくにおいの少ない料理を選ぶ
  • 少量ずつ回数を分けて食べる
  • 水分はこまめにとる
  • 無理に食べようとしない

食べられない日が続くと不安になりますが、無理は禁物です。つらい時期は、飲み物やゼリーで乗り切る日があってもかまいません。

心と体を休めるリラックスの工夫

不安や緊張は、吐き気を強めることがあります。深い呼吸や軽い音楽など、自分が落ち着ける方法を持っておくと心強いでしょう。

部屋の風通しをよくし、においのこもらない環境を整えるのも助けになります。横になるときは、少し上体を起こすと楽なことがあります。

無理のない範囲で体を動かすと、気分が切り替わって吐き気がまぎれることもあります。短い散歩や軽いストレッチを、調子のよい時間に取り入れてみましょう。

医療チームへ伝えたい記録のつけ方

いつ、どれくらいの吐き気があったかを書き留めておくと、次の予防の調整に生きてきます。食べた量や水分も、簡単にメモしておくと便利です。

我慢して伝えないと、せっかくの工夫の余地を逃してしまいます。気になることは、小さなことでも共有してください。

記録は完璧でなくてかまいません。書ける範囲のメモでも、振り返るときの十分な手がかりになります。

治療中に医療チームへ相談したい吐き気のサイン

吐き気止めを使っても、つらさが強いときは早めの相談が肝心です。受診の目安を知っておくと、迷わず動けます。

がまんが長引くほど、体力や食欲も削られていきます。

すぐ相談したほうがよい症状

半日以上水分がとれない、何度も嘔吐が続く、立ちくらみがするといったときは、早めに連絡してください。脱水が心配な状態です。

発熱や強い腹痛をともなう場合も、別の原因が隠れていることがあります。自己判断せず、医療チームに様子を伝えるのが安全です。

受診・連絡を急ぎたい吐き気のサイン

サイン目安望ましい対応
水分がとれない半日以上続くすぐ連絡する
嘔吐が止まらない何度も繰り返す早めに受診する
立ちくらみ・ふらつき動くとつらい連絡して指示を仰ぐ

こうしたサインは、薬の種類や量を見直す合図でもあります。次回の予防をより手厚くするための、大事な情報になります。

次の治療に生かすための振り返り

今回つらかった点を振り返っておくと、次の治療の予防に直結します。どのタイミングで、どの程度の吐き気だったかが手がかりになります。

医療チームは、その情報をもとに薬を足したり変えたりして調整します。一度うまくいかなくても、組み合わせを見直せば改善できることが多いのです。

つらかった記憶は思い出したくないものですが、書き留めておくと次の予防に確かに生きてきます。無理のない範囲で、感じたことを言葉にしておきましょう。

一人で抱え込まないことが力になる

吐き気のつらさは、外から見えにくいぶん理解されにくいものです。だからこそ、家族や医療チームに具体的に伝えることが支えになります。

つらさを言葉にするのは弱さではありません。情報を共有するほど、より自分に合った対策にたどり着きやすくなります。

よくある質問

抗がん剤の吐き気止めは、いつから飲み始めればよいですか?

抗がん剤の吐き気止めは、症状が出てからではなく、治療の前から飲み始めるのが基本です。吐き気の信号が走り出す前に道すじをふさいでおくことで、つらさを未然に防ぎやすくなります。

飲み薬の場合は、治療の数時間前に服用するよう指示されることが多くあります。指示された時間を守ることが、予防の効果を引き出すうえで大切です。

抗がん剤の吐き気止めには、どんな副作用がありますか?

よく見られるのは、便秘や頭痛、眠気、胃の不快感などです。薬の種類によって出やすい症状が異なり、たとえば5-HT3受容体拮抗薬では便秘が起こりやすいといわれます。

その多くは前もって備えれば対処できる範囲です。気になる変化が続くときは、自己判断で薬を減らさず、まず医療チームへ相談してください。

制吐薬を使っても吐き気が止まらないときは、どうすればよいですか?

制吐薬を使っても吐き気が強いときは、がまんせずに早めに連絡してください。薬の種類や量を見直すことで、症状が和らぐことがよくあります。

半日以上水分がとれない、嘔吐が何度も続くといった場合は、脱水の心配があります。ためらわず受診し、状態を具体的に伝えることが安全につながります。

抗がん剤の吐き気を、薬以外で和らげる方法はありますか?

薬に加えて、毎日の工夫も吐き気を和らげる助けになります。においの強い料理を避け、冷ましてさっぱりした食べ物を少量ずつとるのがコツです。

深い呼吸で気持ちを落ち着けたり、部屋の風通しをよくしたりするのも効果的です。無理に食べず、飲み物やゼリーで乗り切る日があってもかまいません。

オランザピンは、抗がん剤の吐き気止めとしてどんなときに使いますか?

オランザピンは、強い吐き気が見込まれる治療や、ほかの薬で抑えきれないときに加えられます。少量を数日使うだけでも、予防の効果が上乗せされると報告されています。

眠気が出ることがあるため、就寝前に飲む工夫がよくとられます。気になる眠さやだるさがあれば、量や飲み方を相談して調整できます。

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この記事を書いた人 Wrote this article

前田 祐助

前田 祐助 医学博士 / 医師

慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医