
「がん全ゲノム解析等実行計画」は、2019年に日本政府が策定した国家プロジェクトです。ゲノム全体を一括で読み解くことで、これまでのパネル検査では見逃されてきた変異を明らかにします。
一人ひとりのがんの遺伝的背景に合った治療を届けることを目的とし、2023年9月時点では1万2千症例以上の解析が完了しました。2022年版の改定計画では、5年間で10万ゲノムの取得という高い目標が掲げられています。
本記事では、実行計画の変遷と2022年版の改定ポイント、対象患者の条件、ゲノムデータの活用と管理の仕組みまで、患者目線でわかりやすく解説します。
がん全ゲノム解析等実行計画が生まれた背景と、国が全ゲノム解読に踏み切った理由
がん全ゲノム解析等実行計画が策定された背景には、従来のがん遺伝子パネル検査が分析できるのはゲノム全体の1.2%にすぎないという根本的な制約があります。
残りの98%以上の領域に潜む変異を見つけるには、ゲノムを丸ごと読む「全ゲノム解析」が大切です。国はその必要性を認め、医療全体の変革に乗り出しました。
ヒトゲノム計画が切り開いたがんゲノム医療の30年
1990年に始まったヒトゲノム計画は2003年に完了し、がんを遺伝子レベルで理解する扉を開きました。その後、次世代シーケンサー(NGS)の登場によってゲノム解読の速度と精度が急上昇します。
2005年からは国際がんゲノムコンソーシアム(ICGC)をはじめとする大規模なゲノム解析プロジェクトが世界各地で始まり、がんを「遺伝子のかたちで分類する」という概念が治療に組み込まれていきました。
がん遺伝子パネル検査が教えてくれるのはゲノムのたった1.2%
2019年6月、FoundationOne CDxやNCC オンコパネルなどのがん遺伝子パネル検査が公的医療保険の対象となりました。複数の遺伝子変異を一度に調べられるこの検査は、がんゲノム医療を大きく前進させました。
しかしながら、タンパク質をコードするエクソン領域はゲノム全体のわずか1.2%にすぎません。プロモーターやイントロン、非コードRNAなど残りの98%以上の変化は、パネル検査では見えないままです。
がん遺伝子パネル検査と全ゲノム解析の比較
| 比較項目 | 遺伝子パネル検査 | 全ゲノム解析(WGS) |
|---|---|---|
| 解析領域 | ゲノムの約1.2%(エクソン中心) | ゲノム全体(約32億塩基対) |
| 検出できる変異 | 点変異・挿入欠失など(コーディング領域) | 構造変異・非コード領域・ウイルス組込みなど |
| 公的医療保険 | 一定条件下で適用あり | 研究的実施(臨床実装を推進中) |
日本のがん死亡数が示す「国家レベルの対応」の必然性
日本では2021年にがんによる死亡者数が約37万8千人に達し、全死因の26.5%を占めました。高齢化が進む中でこの数字は増え続けており、40〜70歳代の働き盛り世代にとってもがんは死因の第1位となっています。
こうした状況を受けて、日本政府は「究極の個別化医療」の実現を目指し、がん全ゲノム解析等実行計画を策定しました。ゲノム全体を読み解くことで、一人ひとりのがんの特性に合った治療を届けるためです。
第1期から2022年版まで、がん全ゲノム解析等実行計画が進化してきた軌跡
がん全ゲノム解析等実行計画は2019年の第1版策定から短期間で大きく進化し、体制・目標・解析数いずれの面でも着実に前進しています。
2022年版では目標がより高く設定し直され、国際的にも注目されるゲノム医療プロジェクトへと成長しました。各フェーズでどのような変化があったのかを振り返ってみましょう。
2019年に始まった実行計画第1版とがんゲノム医療ネットワークの立ち上げ
2019年12月に策定された実行計画第1版は、全ゲノム解析の臨床的な実施と患者へのゲノム情報返却体制の整備を主な目的としていました。
厚生労働省主導のもと、がんゲノム医療中核拠点病院ネットワーク(12基幹・33連携病院)が整備されると同時に、解析やデータ管理を担う中央データ解析センターの設立準備も本格化していきました。
AMEDが主導した本格実施プロジェクトと中央データ解析センターの誕生
2021年、日本医療研究開発機構(AMED)の主導により、がん全ゲノム解析等の本格実施に向けた体制整備事業が動き始めました。中央データ解析センターが設立され、統一されたパイプラインでゲノムデータを管理します。
解析データはクラウドを通じて安全に管理・共有され、学術研究や創薬に活かせる体制が整い始めました。ゲノム情報と臨床情報を組み合わせた大規模データベースの構築が目指されています。
2022年版実行計画が掲げた「5年間で10万ゲノム取得」という目標
2022年に改定された実行計画では、5年間で10万人分のゲノムプロファイルを取得するという大きな目標が明示されました。2023年9月時点で1万2千症例以上の解析が完了しており、計画は着実に進んでいます。
解析結果はエキスパートパネルによる審査を経て担当医に報告され、新たな治療法の検討や臨床試験参加の機会提供につながります。倫理・法・社会的問題(ELSI)への対応と患者・市民参画(PPI)も重要な柱として組み込まれています。
2022年版実行計画の主要な取り組み
- 5年間で10万ゲノムプロファイルの取得
- 中央データ解析センターによる統一パイプラインの整備と品質管理
- クラウド基盤を活用したゲノム・臨床情報の安全な共有
- 産学連携による創薬・研究への活用促進
- 倫理・法・社会的問題(ELSI)への継続的な取り組み
- 患者・市民参画(PPI)の体制整備
従来の遺伝子パネル検査と全ゲノム解析はここが根本的に違う
遺伝子パネル検査が「がんゲノム医療の入口」だとすれば、全ゲノム解析(WGS)はその奥にある広大な世界を探索する道具です。解析できる範囲と得られる情報量の差は、臨床的な判断に直接影響します。
二つの検査は補完的な関係にあり、パネル検査の普及なくして全ゲノム解析への移行はありませんでした。しかし、残りの98%以上の領域に答えが眠っているケースも少なくありません。
パネル検査は有用だが、非コード領域や構造変異には手が届かない
がん遺伝子パネル検査はタンパク質をコードする領域の変異を効率よく検出できる一方、プロモーター・イントロン・非コードRNAといった非コード領域に起きた変化を見つけることはできません。
また、大規模な欠失・挿入・逆位・転座などの構造変異(SV)や、がん細胞に組み込まれたウイルスゲノムも検出の対象外です。パネル検査で「異常なし」と判定されても、実はこの領域に原因が潜んでいるケースがあります。
全ゲノム解析で初めて見えてくる変異の種類と臨床的な意味
全ゲノム解析では、パネル検査では見えなかったさまざまな変異を一度に解析できます。ICGCとTCGAが共同で実施したPan-Cancer Analysis of Whole Genomes(PCAWG)では、2,658例のがんゲノムを全ゲノム解析し、がんゲノムには平均4〜5個のドライバー変異が存在することが明らかになりました。
非コード領域の変異が一部のがんで発がんの引き金になること、クロモスリプシスと呼ばれる大規模な染色体再編成が腫瘍進化の初期段階で起きることも判明しています。こうした発見が、全ゲノム解析でしか得られない情報の価値を示しています。
全ゲノム解析で検出できる主な変異の種類
| 変異の種類 | 内容 | 臨床的な意味 |
|---|---|---|
| 構造変異(SV) | 大規模欠失・挿入・転座・逆位 | 新たな融合遺伝子の発見につながる |
| 非コード領域変異 | プロモーター・イントロン・調節領域 | 遺伝子発現異常の原因同定 |
| 変異シグネチャー | 変異パターンの解析 | 発がん要因の推定と治療戦略 |
解析コストの劇的な低下が「臨床実装」を後押しした
2007年時点でゲノム1人分の解読にかかったコストは約100万ドルでした。それが2014年には約1,000ドルに下がり、現在は約600ドル程度(日本円換算でおよそ10万円台)まで低下しています。
コスト低下に加え、クラウドコンピューティングとAIを組み合わせた高速データ処理が可能となり、全ゲノム解析の臨床実装という夢が現実の射程に入りつつあります。
がん全ゲノム解析等実行計画の対象患者の条件と受けるための道筋
全ゲノム解析等実行計画による解析は、すべてのがん患者に一律に提供されるものではありません。現段階では優先度の高いがん種と一定の要件を満たす患者が対象です。
参加は特定の病院を通じて行い、解析から結果返却まで一連のプロセスがあります。担当医との相談が出発点になります。
どんながん種が対象になり、参加の条件を満たすのはどんな患者か?
実行計画が優先するがん種は大きく2つのカテゴリーに分かれます。1つ目は、従来のパネル検査では把握が難しい構造変異が多いがん種です。血液腫瘍・骨軟部腫瘍・脳腫瘍・ドライバー変異陰性の非小細胞肺がんなどが対象となります。
2つ目は、ゲノムプロファイリングによって層別化が期待されるがん種です。小児・思春期・若年世代(AYA世代)のがん、遺伝性がん、一部の婦人科がん・乳がんなどが含まれます。
12の基幹病院・33の連携病院からなるアクセスルート
全ゲノム解析を受けるには、厚生労働省が認定したがんゲノム医療中核拠点病院(12施設)またはがんゲノム医療拠点病院(33施設)を通じて参加します。これらの病院のネットワークが実行計画の「入口」となります。
まずはかかりつけ医や現在の担当医に全ゲノム解析等実行計画への参加について相談し、対象病院への紹介を受けることが第一歩です。インターネットで「がんゲノム医療中核拠点病院」を検索するとリストを確認できます。
解析結果が担当医に届くまでの流れとエキスパートパネルによる判断
検体(主に腫瘍組織)が採取されると、中央データ解析センターで統一パイプラインによる全ゲノム解析が行われます。解析後は専門家チームのエキスパートパネルが結果を審査します。
審査を経た結果が担当医に報告され、新たな治療選択肢や臨床試験参加の機会として患者に伝えられます。結果が返却されるまでの期間は解析センターの体制によって異なりますが、数週間から数ヶ月程度かかることが多いとされています。
対象がん種カテゴリー(2022年版実行計画より)
- 血液腫瘍(白血病・リンパ腫など)
- 骨軟部腫瘍(骨肉腫・軟部肉腫など)
- 脳腫瘍(神経膠腫など)
- ドライバー変異陰性の非小細胞肺がん
- 小児・AYA世代のがん全般
- 遺伝性がん(BRCA変異を伴う乳がん・卵巣がんなど)
患者が安心できるゲノムデータの管理体制と倫理的な取り組みの現状
ゲノム情報は、本人と血縁者双方に関わる非常にデリケートな個人情報です。全ゲノム解析等実行計画では、データの安全な管理と適切な活用を両立させるための仕組みが整備されています。
中央集権的な管理体制と厳格な倫理審査がその柱であり、患者が「解析に参加しても安全か」と感じられる体制づくりが進んでいます。
中央データ解析センターが担う統一パイプラインと品質保証
全ゲノム解析データは中央データ解析センターに集約され、全施設で統一された解析パイプラインで処理されます。解析ツールのアルゴリズム設定まで揃えることで、施設間のデータ品質のばらつきを防ぎます。
変異の検出精度はアルゴリズムの設定に大きく左右されるため、誤陰性(本来あるはずの変異を見逃す)を防ぐパイプラインの最適化が継続的に行われています。データ品質が担保されてこそ、臨床判断や研究への活用が生きます。
クラウド活用とデータ共有が生む産学連携と創薬への貢献
蓄積されたゲノムデータと臨床情報はクラウドプラットフォームを通じて管理・共有されます。産業界・学術界がデータ共有ポリシーのもとで利用できる仕組みが設けられており、新薬開発や診断マーカーの発見に活かされます。
英国の100,000 Genomes Projectのように、ゲノムデータと実際の治療・転帰データを組み合わせた大規模データベースは、創薬に不可欠な知識の基盤となります。日本でも同様の産学連携モデルの構築が期待されています。
ゲノムデータ活用体制と主な関係機関
| 関係機関・組織 | 主な役割 | データとの関係 |
|---|---|---|
| 厚生労働省 | 実行計画の策定・監督 | 政策・倫理指針 |
| AMED | 研究費の配分・プロジェクト推進 | 研究基盤整備 |
| 中央データ解析センター | 解析パイプライン管理・品質保証 | 解析・集積・共有 |
| 産業界・学術機関 | 創薬・研究への活用 | 共有ポリシー下での利用 |
患者・市民参画(PPI)とELSIへの取り組みが大切な理由
ゲノム解析には、患者本人のがんの情報だけでなく、生殖細胞系列(遺伝する可能性がある)の変異情報も含まれることがあります。そのため、倫理的・法的・社会的問題(ELSI)への対応は実行計画の中核的な課題です。
患者・市民参画(PPI)とは、医療政策の策定過程に患者や一般市民が積極的に加わるという概念です。ゲノム解析への不安や疑問に対して正直に向き合い、社会的な合意を形成していくことで、実行計画の信頼性が高まります。
全ゲノム解析が個別化医療にもたらす変化と、今なお立ちはだかる壁
全ゲノム解析が臨床の場に入ることで、治療の個別化は大きく前進します。英国の報告では、全ゲノム解析を受けた患者の59.2%に何らかの臨床的勧告が行われています。
一方で、技術的・制度的な課題も残ります。凍結組織の必要性やデータ解釈の困難さは、臨床実装を進めるうえで今なお向き合うべき壁となっています。
治療選択肢が広がり、臨床試験参加の機会も生まれた
英国の地域コホート研究では、全ゲノム解析を受けた患者の40.4%に治療に関する勧告(臨床試験・承認薬・未承認薬など)が行われました。オランダの報告でも、標準的な分子診断に加えてWGSを実施した結果、22.4%の患者で追加の治療選択肢が見つかっています。
日本においても、エキスパートパネルの審査を経て担当医に結果が返却され、パネル検査では見つからなかった変異に対応する治療薬や治験が提案される事例が生まれています。
凍結組織が必要という技術的ハードルはどう乗り越えられるのか?
全ゲノム解析には、現状では腫瘍の凍結組織検体が必要です。多くの病院ではパラフィン固定標本(FFPE)しか保存していないため、解析の対象となる施設・患者に制限が生じています。
長リードシーケンシング技術の進歩や、FFPE検体に対応した解析手法の開発が続いており、技術的なハードルは徐々に下がりつつあります。液体生検(血液中の腫瘍DNA解析)との組み合わせも研究されており、将来的には検体採取の制約が緩和される見通しです。
変異の解釈が定まらないVUS問題と、データ量の多さがもたらす課題
全ゲノム解析で検出された変異の中には、臨床的な意味がまだ確定していないもの(VUS:意義不明変異)が多数含まれます。VUSをどう扱うかは、担当医と患者双方にとって大きな悩みの種となっています。
また、1人のゲノムから生成されるデータはテラバイト規模に達します。解析コストと並行して、データ保存・管理・解釈にかかる費用と人材確保も引き続き重要な課題です。
全ゲノム解析の恩恵と課題
| 分類 | 内容 |
|---|---|
| 恩恵 | 治療選択肢の拡大、臨床試験参加機会の創出、遺伝性がんの診断、変異シグネチャーによる発がん要因の推定 |
| 技術的課題 | 凍結組織の必要性、読み取り深度の浅さによる偽陰性、腫瘍内不均一性による解釈困難 |
| 制度的課題 | VUS(意義不明変異)の取り扱い、解析コスト、施設間格差、データ専門人材の不足 |
日本人のゲノムデータが積み上がることで変わる個別化医療の姿
全ゲノム解析等実行計画が10万ゲノムという目標を達成すれば、日本人固有の遺伝的背景に基づいた国産ゲノムデータベースが構築されます。これは個別化医療の質を根本から変え得る資産になります。
AIや長リードシーケンシングといった新技術との融合が、次のステージを切り開こうとしています。
日本人固有の遺伝的背景を反映したデータベースがなぜ必要なのか?
PCAwGなどの国際的プロジェクトは多くの成果を上げましたが、そこに含まれる日本人データは2,658症例中286例(10.7%)にとどまります。アジア・日本人集団に多いがん種や変異パターンが十分に反映されていないのが現状です。
遺伝的多型(バリアント)のリスク評価には、同じ人種・民族のデータを大量に積み上げることが精度向上の鍵です。日本人10万ゲノムが蓄積されれば、日本人特有の発がん機序や治療反応性の解明に大きく貢献します。
主要国のがんWGSプロジェクト比較
| 国・プロジェクト | 規模・特徴 | 取り組みの概要 |
|---|---|---|
| 英国 / 100,000 Genomes Project | 26,488例(がん) | 2012年開始。2019年からNHSでの標準医療としてWGSを提供 |
| オランダ / Hartwig Medical Foundation | 世界最大規模の転移がんWGSデータベース | 2021年より原発不明がんのWGSを公的医療として償還 |
| 日本 / がん全ゲノム解析等実行計画 | 5年間で10万ゲノム取得を目標 | 2019年開始。2023年9月時点で1万2千症例超が完了 |
AI解析と長リードシーケンシングが後押しする次の臨床応用
畳み込みニューラルネットワークなどの深層学習技術は、全ゲノムデータから複雑な変異パターンを高精度で識別する能力を持ちます。人間のエキスパートが見落としやすい微細なシグナルも、AIは膨大なデータから拾い出せます。
一方、数万塩基の長い配列を一気に読む長リードシーケンシング技術(Pacific Biosciences、Oxford Nanoporeなど)は、短リードでは解析が困難だった複雑な構造変異を正確に検出します。両技術の組み合わせが、全ゲノム解析の精度と適用範囲をさらに広げます。
遺伝的リスク情報を活かした「予防的個別化医療」という新たな道
全ゲノム解析で得られる生殖細胞系列の変異情報は、がんの治療だけでなく、将来的な発がんリスクの予測にも活用できます。遺伝的にリスクの高い人が早期から検査や生活習慣改善に取り組む「予防的個別化医療」という概念が現実味を帯びてきました。
がんを早期に発見・予防するという視点まで組み込めば、全ゲノム解析等実行計画は治療の個別化にとどまらず、日本人の健康寿命を延ばす国家的な戦略へと発展していきます。
よくある質問
がん全ゲノム解析等実行計画によるゲノム解析を受けるためには、どのような手続きが必要ですか?
まず、現在の担当医または主治医に「がん全ゲノム解析等実行計画への参加を希望している」と伝えることが出発点です。対象病院(がんゲノム医療中核拠点病院12施設・連携拠点病院33施設)への紹介状を書いてもらいます。
対象病院を受診後、担当医が患者の病状やがん種を確認し、参加の適格性を判断します。参加に際しては文書による同意(インフォームドコンセント)が求められ、腫瘍組織(凍結検体)の採取が行われます。
現在通院している病院がすでに対象病院に含まれている場合は、そのまま担当医に相談できます。厚生労働省や国立がん研究センターのウェブサイトでも、対応病院の一覧を確認できます。
がん全ゲノム解析等実行計画で収集されたゲノムデータは、本人の同意なしに第三者へ提供されることはありますか?
ゲノムデータは実行計画に定められたデータ共有ポリシーのもとで管理されており、本人の同意なしに第三者へ無断提供されることはありません。データは中央データ解析センターで厳格に管理されます。
産業界・学術機関がデータを研究や創薬に活用する場合も、定められた手続きと倫理審査を経ることが条件です。また、実行計画では倫理・法・社会的問題(ELSI)への取り組みが継続的に行われており、情報管理の透明性と患者の権利保護が優先されています。
参加の際に同意するインフォームドコンセントの内容には、どのようにデータが使われるかが詳しく説明されます。疑問があれば担当医にご確認ください。
がん全ゲノム解析等実行計画が対象とするのはどのようながん種ですか?
2022年版実行計画では、優先されるがん種として大きく2つのカテゴリーが設けられています。一つ目は、従来のパネル検査では把握が困難な構造変異が多いがん種です。
具体的には、血液腫瘍(白血病・リンパ腫)・骨軟部腫瘍・脳腫瘍・ドライバー変異陰性の非小細胞肺がんなどが含まれます。二つ目は、ゲノムプロファイリングによる層別化が期待されるがん種で、小児・AYA世代のがん、遺伝性がん、一部の婦人科がん・乳がんなどです。
これらの対象は今後の解析の蓄積に応じて見直される可能性もあります。ご自身のがん種が対象になるかどうかは、担当医に相談するのが最も確実な方法です。
がん全ゲノム解析で検出された変異に基づいて、新しい治療薬や臨床試験が見つかる確率はどのくらいですか?
確率は患者のがん種や解析結果によって大きく異なります。参考として、英国の100,000 Genomes Projectによる地域コホート研究では、解析結果が返却された患者のうち59.2%に何らかの臨床的勧告が行われ、40.4%には治療に関する勧告(臨床試験・薬剤など)がなされました。
オランダの報告では、標準診断にWGSを追加した結果、22.4%の患者で新たな治療選択肢が見つかっています。日本での実績は現在集積中であり、今後の解析データが増えるにつれてより具体的な数字が明らかになってきます。
「必ず治療法が見つかる」とは言えませんが、パネル検査よりも広い範囲の変異を解析するぶん、より多くの情報が得られる可能性があります。担当医と結果の意味について丁寧に相談することが大切です。
がん全ゲノム解析等実行計画への参加に際して、患者が特別に注意しておくべき点はありますか?
参加前にいくつかの点を理解しておくと安心です。まず、全ゲノム解析では腫瘍の変異だけでなく、生殖細胞系列(親から受け継ぎ、子に伝わる可能性がある)の遺伝情報も解析対象になることがあります。これは遺伝性のがんリスク情報に関わります。
次に、検出された変異の中には意義が確定していないVUS(意義不明変異)が含まれる場合があり、「結果が出ても、すぐに治療方針が変わるとは限らない」ということも知っておく必要があります。
また、腫瘍の凍結検体が必要なため、すでに保存されている検体の状態によっては解析が難しい場合もあります。疑問点はインフォームドコンセントの場でしっかり担当医に確認し、納得したうえで参加することが何より大切です。
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この記事を書いた人 Wrote this article
前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医