全ゲノム解析でわかる「構造バリアント」とは?がんの複雑な変化を捉える技術

全ゲノム解析でわかる「構造バリアント」とは?がんの複雑な変化を捉える技術

全ゲノム解析(WGS)は、ヒトゲノム全体の約30億塩基対を網羅的に読み解く手法です。従来の遺伝子パネル検査では見逃されがちな「構造バリアント(SV)」と呼ばれる大規模なゲノム変化を、高い感度で捉えられる点が大きな強みです。

構造バリアントとは、50塩基対以上にわたる欠失・重複・転座・逆位などのゲノムの変化です。点変異(SNV)と異なり、複数の遺伝子やその調節領域に同時に影響を及ぼすため、がんの発症や進行に深くかかわっています。クロモスリプシスのように一度に何百もの染色体切断が起きる現象も、全ゲノム解析によって初めて詳細に解明されました。

本記事では、構造バリアントの種類や全ゲノム解析による検出のしくみ、がん診断・治療との関係を、できるだけわかりやすくお伝えします。がん検査について情報収集している方の疑問に、丁寧にお答えします。

全ゲノム解析だからこそ見えてくる「構造バリアント」、その全体像

全ゲノム解析(WGS)が他の遺伝子検査と一線を画す理由の一つは、「構造バリアント」と呼ばれる大規模なゲノム変化を丸ごと捉えられる点にあります。がんゲノムの全貌を理解するうえで、この視点はかつてないほど重要になっています。

全ゲノム解析(WGS)と従来の遺伝子パネル検査はどこが大きく違うか

遺伝子パネル検査は、あらかじめ選定された数百から数千の遺伝子の特定領域だけを解析します。コストを抑えながら主要ながん関連遺伝子を確認できる利点がある一方、解析範囲が限られるため、遺伝子間の広範な変化や非コード領域の異常は見過ごされがちです。パネルに含まれていない遺伝子の変化は、原則として検出できません。

全ゲノム解析は、タンパク質をコードする領域(エクソーム)だけでなく、イントロンや調節配列、反復配列領域を含むゲノム全体を対象とします。その結果、従来の手法では検出が難しかった多様な変異タイプを、一度の検査で網羅的に把握できます。特に構造バリアントの検出においては、全ゲノム解析の優位性は圧倒的です。

構造バリアントの定義、50塩基以上のゲノム変化とはどんなものか

構造バリアント(SV)とは、ゲノム上で50塩基対(bp)以上にわたって生じる大規模な変化の総称です。点変異(SNV)や小さな挿入・欠失(インデル)と規模がまったく異なり、ときに染色体全体の再配置を伴うこともあります。ゲノムの「文字(塩基)」の1カ所が変わるSNVとは異なり、SVはまるで本の章ごとごっそり入れ替わるような変化です。

がん研究の分野では、構造バリアントが単一ヌクレオチド変異よりも広いゲノム領域に影響を与えることが明らかになっています。特定のがん種では、変異によって影響を受けるゲノム領域の3分の1以上が構造バリアントに起因するとも報告されています。

変異タイプ規模の目安主な影響範囲
一塩基変異(SNV)1塩基1つのアミノ酸
インデル1〜49塩基数アミノ酸〜フレームシフト
構造バリアント(SV)50塩基以上複数の遺伝子・調節領域

非コード領域の変化もがん診断に関係してくるわけ

がんゲノムの変化はタンパク質をコードする配列(エクソン)だけにとどまりません。調節領域、エンハンサー、プロモーターといった非コード配列における変化も、遺伝子発現に直接的な影響を及ぼします。構造バリアントが非コード領域に生じると、遠く離れた遺伝子の発現調節を乱すことがあり、これを「位置効果」と呼びます。

全ゲノム解析はこうした非コード領域の変化も検出できる唯一の総合的な手法です。パネル検査だけでは見えてこないがんゲノムの深部に迫ることができ、これが診断精度の向上につながっています。

欠失・重複・転座・逆位、がんゲノムに潜む構造バリアントの4つの種類

構造バリアントはその形態によって大きく4種類に分類されます。それぞれのタイプが細胞にどのような影響を与えるのかを知ることで、がんゲノムの複雑さが具体的に見えてきます。

欠失と重複はコピー数の変化をもたらし、遺伝子発現を根本から変える

欠失(deletion)は、ゲノムの一部が失われる変化です。腫瘍抑制遺伝子を含む領域が欠失すると、その抑制機能が低下して細胞の異常な増殖を招きます。RB1やTP53、CDKN2Aの欠失は多様ながん種で確認されており、がんの発症に深く関わっています。

重複(duplication)は反対に、ある領域のコピー数が増える変化です。がん遺伝子の重複はその遺伝子産物の過剰産生を引き起こします。乳がんで知られるHER2(ERBB2)の増幅はその典型であり、HER2陽性乳がんに対する分子標的薬(トラスツズマブ等)の開発につながった重要なバイオマーカーです。

転座と逆位、遺伝子の「位置」と「向き」が狂うとどうなるか

転座(translocation)は、異なる染色体間でゲノム断片が入れ替わる変化です。慢性骨髄性白血病(CML)で知られるフィラデルフィア染色体は第9番染色体と第22番染色体の相互転座によって生まれ、BCR-ABL融合遺伝子を生み出します。これを標的にしたイマチニブは、現代のがん分子標的治療の先駆けとなりました。

逆位(inversion)は、同じ染色体内でゲノムの一部が逆向きに配置し直される変化です。肺腺がんにおけるEML4-ALK融合は第2染色体内の逆位によって生じる代表例であり、ALK阻害薬の有効な治療標的となっています。これほど具体的な「治療標的」に結びつく変化が、全ゲノム解析で初めて確実に同定できるようになりました。

複雑な再配列から生まれる融合遺伝子がなぜ危険なのか

複数の切断点を経て生じる複雑な再配列は、異なる遺伝子の断片が組み合わさった「融合遺伝子」を生み出します。融合遺伝子がコードするタンパク質は正常な調節機能を欠いていることが多く、細胞の増殖シグナルを常にオンにしてしまうことがあります。これが、融合遺伝子が「がんの燃料」とも呼ばれる理由です。

全ゲノム解析によって、今まで見逃されていた新しい融合遺伝子が次々と発見されています。融合遺伝子の同定は、新たな治療標的を探すうえで非常に重要な手がかりです。

主な構造バリアントの種類

  • 欠失(Deletion):ゲノムの一部が丸ごと失われ、腫瘍抑制遺伝子が機能しなくなることがある
  • 重複(Duplication):特定領域のコピー数が増え、がん遺伝子が過剰発現することがある
  • 転座(Translocation):異なる染色体間でゲノム断片が入れ替わり、融合遺伝子が生まれる
  • 逆位(Inversion):同じ染色体内で断片の向きが逆転し、異常な遺伝子発現を引き起こす
  • 挿入(Insertion):他の領域からゲノム断片が割り込み、遺伝子構造が変わる

全ゲノム解析が構造バリアントを見つけ出すしくみ

全ゲノム解析で構造バリアントを検出するには、単に配列を読むだけでは不十分です。複数の計算手法と技術を組み合わせることで、初めて高い精度での検出が実現します。そのしくみを順に解説します。

ショートリード技術が苦手とする、反復配列領域という壁

現在最も広く使われるショートリード配列決定法(Illuminaなど)は、約150塩基の短い配列断片を大量に読み取ります。この手法はコストが低く高スループットを誇りますが、ゲノム中に散在する反復配列領域(リピート配列)での精度に課題があります。

反復配列が続く領域では、短い配列断片が複数の場所にマッピングされてしまうため、その境界をまたぐ構造バリアントの検出が難しくなります。大きな欠失や挿入の中には、ショートリード技術だけでは正確に同定できないものも少なくありません。

ロングリード技術が変えた構造バリアント検出の精度

PacBio(SMRT法)やOxford Nanopore Technologies(ONT)といったロングリード技術は、数千から数万塩基の長い配列を一度に読み取れます。この「長い読み取り長」は、反復配列領域を一気に飛び越えることができ、ショートリードが苦手とする構造バリアントの検出精度を大幅に高めます。

乳がん細胞株のゲノム解析では、ロングリード技術を用いることでショートリードだけでは検出できなかった数百の構造バリアントが新たに同定されたという報告があります。ロングリード技術は構造バリアント検出の精度向上において、大きな貢献を果たしています。

比較項目ショートリードロングリード
読み取り長の目安約100〜150塩基数千〜数万塩基
反復配列領域苦手(誤マッピング多)得意(飛び越えられる)
コスト・スループット低コスト・高スループットやや高コスト
小SVの検出精度やや劣る比較的高い

複数のアルゴリズムを統合することで感度と特異度が同時に高まる

構造バリアントの検出には、ペアエンドリードの異常な距離や向き、リード深度の変化(コピー数変化の指標)、配列の分割点(スプリットリード)など、複数の種類の証拠が利用されます。1つのアルゴリズムだけでは見逃しが生じるため、複数の検出手法を統合することが精度向上の鍵です。

例えば、光学ゲノムマッピング(OGM)とショートリードWGSを組み合わせた解析では、どちらか単独の手法では見つからなかった多数の欠失・挿入・転座が新たに同定されたことが報告されています。複合的なアプローチが、がんゲノムの全容把握を可能にします。

構造バリアントとがんの発症・進行はどこでつながっているのか

構造バリアントはがんゲノムのなかで最も広い範囲に影響を与える変異の一形態です。がん遺伝子の活性化と腫瘍抑制遺伝子の不活化という2つの方向から、がんの発症と進行を後押しします。

がん遺伝子を目覚めさせるコピー数増加と遺伝子融合のしくみ

重複によるがん遺伝子のコピー数増加や、転座による異常な融合遺伝子の形成は、がん遺伝子を「常にオン」の状態にします。MYCの増幅、ERBB2の増幅、EML4-ALK融合遺伝子などは、いずれもがん細胞の無限増殖を促す典型的な構造バリアントです。

こうしたがん遺伝子の活性化は、多くの場合、分子標的薬の有力な治療標的となります。全ゲノム解析でこれらの変化を早期に同定することが、個別化治療の出発点となります。

腫瘍抑制遺伝子が沈黙するとき、欠失が招く致命的な影響

欠失は腫瘍抑制遺伝子の機能喪失につながります。TP53、RB1、CDKN2Aなどの腫瘍抑制遺伝子は、細胞増殖を抑制したりDNA損傷を修復したりする重要な働きを担っています。両対立遺伝子(アレル)の欠失が起きると、この防衛機能が完全に失われます。

さらに、大きな欠失は複数の腫瘍抑制遺伝子を同時に失わせることがあります。点変異では通常1つの遺伝子にしか影響しませんが、構造バリアントによる欠失は連続した広い領域ごと失われるため、複数の防衛機能が一度に崩れるという点で危険性が高まります。

がん種によって構造バリアントのパターンは大きく異なる

PCAWGコンソーシアムによる38のがん種、2658のがんゲノムを対象にした大規模解析では、がん種ごとに構造バリアントの種類や頻度が大きく異なることが明らかになりました。例えば前立腺がんではTMPRSS2-ERG融合、肺腺がんではEML4-ALK融合が多く観察されます。

このがん種特異的なパターンの認識は、診断精度の向上や原発不明がんの原発巣推定にも役立っています。同じ「がん」でも、ゲノム変化のパターンは臓器ごとに異なる「指紋」のようなものです。

がん種別の代表的な構造バリアント

  • 慢性骨髄性白血病:第9・22番染色体の転座によるBCR-ABL融合遺伝子(フィラデルフィア染色体)
  • 肺腺がん:第2番染色体の逆位によるEML4-ALK融合遺伝子
  • 前立腺がん:第21番染色体内の欠失・転座によるTMPRSS2-ERG融合遺伝子
  • 乳がん:第17番染色体のERBB2(HER2)増幅
  • 骨肉腫:クロモスリプシスに伴う複雑なゲノム再配列

一度にゲノムが崩壊するクロモスリプシス、全ゲノム解析が明らかにした衝撃

クロモスリプシス(chromothripsis)とは、特定の染色体が一度に何十から何百もの切断を受け、壊れた断片が無秩序につなぎ合わされる壊滅的な変化です。全ゲノム解析によって初めてその全貌が解明されました。

2658のがんゲノム解析で判明したクロモスリプシスの驚くべき頻度

PCAWGコンソーシアムが38のがん種にわたる2658のがんゲノムを解析した大規模研究では、クロモスリプシスが多くのがん種で高頻度に検出されました。骨肉腫や一部の脳腫瘍では50%以上の症例にクロモスリプシスの証拠があり、がん発症において例外的な現象ではないことが示されました。

クロモスリプシスを起こした染色体では、コピー数が2状態(正常と欠失)の間で激しく振動するパターンが特徴的です。全ゲノム解析のコピー数解析によって、このパターンをゲノム全体で俯瞰的に検出できます。

微小核とDNA修復の失敗がクロモスリプシスを生み出すしくみ

クロモスリプシスの発生には、細胞分裂時に染色体が細胞核から外れて「微小核」を形成することが深く関わっています。微小核の中では染色体が不安定になり、DNA二本鎖切断が多数生じます。その断片がDNA修復機構(非相同末端結合,NHEJ)によって無秩序につなぎ合わされることで、クロモスリプシスが起きると考えられています。

この一連の流れは「一晩で染色体が崩壊し、ランダムに組み立て直される」という衝撃的な現象であり、通常の積み重ねによる変異とは根本的に異なります。ゲノムが一挙に大きく変わるため、がんの悪性化が急速に進むことがあります。

クロモスリプシスの特徴内容
切断の数1回のイベントで数十〜数百か所に及ぶ
コピー数パターン2〜3状態間での激しい振動が特徴
頻度が高いがん種骨肉腫・神経膠腫・一部の血液がんなど
検出手法全ゲノム解析による網羅的コピー数・SV解析

クロモスリプシスが示す治療への示唆

クロモスリプシスは、がん遺伝子の増幅(例:細胞外染色体上のMYC増幅など)や腫瘍抑制遺伝子の同時喪失をもたらすことがあります。その結果、クロモスリプシスを持つ腫瘍は高度に悪性化し、治療に抵抗性を示す傾向が報告されています。

一方で、クロモスリプシスによって生じる特定の融合遺伝子が新たな治療標的として注目されるケースもあります。全ゲノム解析によってクロモスリプシスを同定し、その影響を詳細に分析することが、個別化治療の手がかりになりえます。

全ゲノム解析による構造バリアント検出が変えるがん診断と治療選択

構造バリアントの同定は、もはや個別化がん治療の中心的な課題となっています。全ゲノム解析はその包括的な手法として、診断から治療計画まで幅広い場面で活用されています。

遺伝子融合を標的にした分子標的薬の登場と、その治療への影響

融合遺伝子の同定は、分子標的薬開発の礎となってきました。BCR-ABL融合遺伝子に対するイマチニブ(グリベック)は、慢性骨髄性白血病の治療成績を劇的に改善した歴史的な成果であり、これ以降も数多くの融合遺伝子標的薬が開発されています。

EML4-ALK融合に対するALK阻害薬、NTRK融合に対するTRK阻害薬(エントレクチニブなど)は、がん種を問わず有効な「組織横断的治療薬」として承認されています。全ゲノム解析でこれらの融合遺伝子を網羅的に探すことが、新たな治療の可能性を切り開きます。

1回の全ゲノム解析で、SNVからSVまで全変異タイプを一度に網羅できる

全ゲノム解析の大きな強みは、点変異(SNV)・インデル・コピー数変化・構造バリアント・マイクロサテライト不安定性(MSI)・ウイルス検出など、あらゆる変異タイプを1回の検査で同時に解析できる点です。複数の検査を繰り返す必要がなくなり、診断にかかる時間と検体消費量を大幅に削減できます。

大規模な臨床検証研究では、全ゲノム解析の感度と精度は通常の診断手法と同等以上のレベルにあることが示されています。複数のバイオマーカーを一度に評価できる点は、診療の効率化にも貢献します。

がん種を問わない「組織横断的」診断の扉を開く融合遺伝子検出

特定の融合遺伝子を持つがん細胞は、そのがんが肺由来でも大腸由来でも、同じ標的薬に反応することがあります。このような「がん種横断的」なアプローチは、従来の臓器別治療の枠を超えた個別化医療の新しい潮流です。

特に原発不明がんや、標準治療が無効になった難治性がんにおいて、全ゲノム解析による構造バリアントの同定が新たな選択肢を示す可能性があります。「どのがんか」ではなく「どのゲノム変化を持つか」で治療を選ぶ時代が、着実に近づいています。

融合遺伝子主ながん種対応する治療薬の例
BCR-ABL慢性骨髄性白血病イマチニブ(TKI)
EML4-ALK肺腺がんALK阻害薬(クリゾチニブ等)
NTRK融合多様ながん種TRK阻害薬(エントレクチニブ等)

全ゲノム解析を受ける前に押さえておきたい疑問と答え

全ゲノム解析は多くの情報をもたらしてくれますが、検査を受けたり結果を受け取ったりする前に、あらかじめ知っておくべきことがいくつかあります。

生まれつき持つ変異か、がんで生じた変異か、生殖細胞系列SVの特徴

構造バリアントには、出生時から体のすべての細胞に存在する「生殖細胞系列(germline)変異」と、生涯のなかでがん細胞だけに後天的に生じる「体細胞(somatic)変異」の2種類があります。遺伝性乳がん・卵巣がん症候群に関わるBRCA1/BRCA2の欠失、遺伝性大腸がん(Lynch症候群)に関わるMLH1/MSH2の欠失などは、生殖細胞系列の構造バリアントとして知られています。

これらが検出された場合、ご本人だけでなく血縁者にもがんリスクが関わることがあるため、専門的な遺伝カウンセリングが非常に重要です。検査前にこの点を担当医や遺伝カウンセラーと十分に話し合っておくことが大切です。

比較項目体細胞変異生殖細胞系列変異
存在する細胞がん細胞のみ全身のすべての細胞
遺伝性子に伝わらない子に伝わる可能性がある
主な臨床的意義がんの発症・進行に関与遺伝的なかかりやすさに影響

体細胞性変異と遺伝性変異を見分けるペアサンプル解析

体細胞変異か生殖細胞系列変異かを正確に区別するには、腫瘍組織と正常組織(一般に血液)の両方からDNAを取り出して対照解析するペアサンプル解析が重要です。腫瘍のみを解析するとき(腫瘍単独解析)は、生殖細胞系列変異と体細胞変異の区別が難しく、解釈に誤りが生じる可能性があります。

ペアサンプル解析は検査コストが上がりますが、臨床的な解釈の精度を大きく高め、誤った遺伝リスク評価を防ぎます。診断の目的によって、ペアサンプル解析の要否を担当医と相談することが勧められます。

全ゲノム解析の結果を受け取るために知っておきたいこと

全ゲノム解析では「意義不明の変異(VUS;Variant of Uncertain Significance)」が検出されることがあります。これは現時点では病的かどうか明確に判断できない変異で、VUSが見つかっても、それだけで治療方針が直ちに変わるわけではありません。科学的な知見の蓄積とともに、VUSの解釈は将来変わる場合があります。

また、全ゲノム解析の結果は治療選択の「判断材料」の一つです。遺伝カウンセラーや担当医との丁寧な対話を通じて、結果の意味を正しく理解することが、検査を有効に活かすうえで大切です。

よくある質問

全ゲノム解析で検出できる構造バリアントは、がん遺伝子パネル検査で見つかる変異とどう違いますか?

がん遺伝子パネル検査は、あらかじめ選定された数百の遺伝子領域を対象とするため、その範囲外で生じる構造バリアントや非コード領域の変化は原則として検出できません。

全ゲノム解析はゲノム全体を対象とするため、欠失・重複・転座・逆位といったあらゆる種類の構造バリアントを網羅的に検出できます。特に、パネル検査では見逃されやすい複雑な再配列や融合遺伝子の同定において、全ゲノム解析の優位性は際立っています。治療標的となりえる変化を幅広く探したい場合に、全ゲノム解析は特に有用です。

全ゲノム解析で構造バリアントが見つかった場合、どのような治療選択につながりますか?

検出された構造バリアントの種類によって、治療への影響は様々です。例えばALK融合遺伝子が見つかれば、ALK阻害薬という分子標的治療の候補が浮上します。BRCA1/2の欠失であれば、PARP阻害薬の適応が検討されます。

ただし、すべての構造バリアントが即座に治療選択に結びつくわけではありません。「意義不明の変異(VUS)」として分類されるものもあり、その場合は現時点での治療方針には直接影響しないこともあります。担当医と遺伝カウンセラーによる総合的な判断が大切です。

構造バリアントはがんになってから発生するものですか、それとも生まれつき持っているものですか?

両方あります。がん細胞のなかで後天的に生じる体細胞性の構造バリアントは、腫瘍の発生や進行に直接関わるものとして捉えられます。

一方、生まれつき全身の細胞に存在する生殖細胞系列の構造バリアントは、がんへのかかりやすさ(遺伝的リスク)に影響します。例えばBRCA1遺伝子の欠失を持って生まれた場合、乳がんや卵巣がんのリスクが高まることが知られています。全ゲノム解析では、腫瘍組織と血液を対照解析することで、どちらの変異かを区別することができます。

クロモスリプシスは全ゲノム解析でどのように検出されるのですか?

クロモスリプシスの検出には、全ゲノム解析のコピー数プロファイルが重要な手がかりになります。特定の染色体上でコピー数が2〜3段階の範囲で激しく振動するパターン、多数の構造バリアントの切断点が局所的に密集するパターンが検出された場合、クロモスリプシスが疑われます。

全ゲノム解析はこうした複雑なパターンをゲノム全体にわたって俯瞰できる唯一の手法です。短鎖配列(ショートリード)データであっても大半の大型構造バリアントは検出できますが、ロングリードと組み合わせることで、より精密なクロモスリプシスの解析が可能になります。

全ゲノム解析による構造バリアント解析は、どのようながん種に特に役立ちますか?

構造バリアントは多くのがん種で重要な役割を果たしていますが、特に白血病・リンパ腫(転座や欠失が多い)、肺腺がん(EML4-ALK等の融合遺伝子)、乳がん(ERBB2増幅等)、骨肉腫(クロモスリプシスの頻度が高い)での活用が期待されています。

また、標準治療が効かなくなった難治性がんや、原発不明がんにおいても、全ゲノム解析が治療標的を探す手がかりを提供します。「がん種横断的」な融合遺伝子標的薬が登場した今、全ゲノム解析による構造バリアントの同定はますます多くの患者さんに関係してきています。

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この記事を書いた人 Wrote this article

前田 祐助

前田 祐助 医学博士 / 医師

慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医