
全ゲノム解析(WGS)は、がん細胞が持つ30億塩基対の遺伝情報をまるごと読み解く検査です。遺伝子パネル検査では拾いきれなかった変異も捉えられるため、標準治療後の選択肢を広げる手段として注目されています。
検査を受けられるのは、国が指定した「がんゲノム医療拠点病院」などに限られており、全国に整備された専門施設と連携体制がその基盤を支えています。一人ひとりの患者に最適な情報を届けるために、医師・遺伝カウンセラー・バイオインフォマティシャンといった多職種チームが緊密に連携しています。
本記事では、全ゲノム解析を受けられる施設の種類と役割、受診の流れ、対象患者の条件、データ管理まで、患者目線でわかりやすくまとめました。
全ゲノム解析とは何か|がん治療で注目される理由
全ゲノム解析は、がん細胞と正常細胞のDNAを丸ごと比較することで、がん特有の遺伝子変異を網羅的に明らかにする検査です。従来の遺伝子パネル検査が数百の遺伝子のみを対象とするのに対し、全ゲノム解析はコーディング領域にとどまらず非コード領域まで対象とするため、より幅広い変異を検出できます。
遺伝子パネル検査と全ゲノム解析、何がどう違うのか
遺伝子パネル検査は、あらかじめ選定した数十〜数百の遺伝子について調べる方法です。対象が絞られている分、解析速度が速くデータ量も少ない点が特徴といえます。一方の全ゲノム解析は、ヒトが持つ全遺伝子情報(約30億塩基対)を対象とするため、網羅性が大幅に高まります。
パネル検査では見つけられなかった構造変異や、非コード領域の変異も検出できる点が、全ゲノム解析の強みです。ただし解析に使うデータ量が膨大になることから、高度な情報解析技術と専門人材が必要になります。
がん細胞のゲノム全体を一度に調べる意味
がんは遺伝子変異の積み重ねによって生じる病気です。どの変異が腫瘍の増殖を主導しているかを突き止めることが、治療戦略の立案に直結します。全ゲノム解析を行うことで、単一塩基変異・挿入欠失・コピー数変化・構造変異など多様な変異タイプを一度に把握できます。
また、変異の集積パターン(変異シグネチャー)を解読することで、そのがんがどのような原因で発生したか手がかりを得られることもあります。従来の手法では気づきにくかった治療標的が見つかる可能性があるのです。
| 比較項目 | 遺伝子パネル検査 | 全ゲノム解析(WGS) |
|---|---|---|
| 解析対象 | 数十〜数百の選定遺伝子 | 全ゲノム(約30億塩基対) |
| 検出できる変異の種類 | 点変異・小規模挿入欠失が主体 | 構造変異・非コード領域変異も含む |
| データ量と解析コスト | 比較的少ない | 膨大(高度な解析基盤が必要) |
ゲノム医療が広がる背景にある技術革新
次世代シーケンサーの性能向上と解析コストの劇的な低下が、全ゲノム解析を臨床に持ち込む原動力となりました。2000年代初頭には数十億円かかっていたゲノム解析費用は、現在では大幅に縮小しています。日本でも国がゲノム医療推進に向けた行動計画を策定し、全ゲノム解析の実装を進めています。
2023年9月時点で、国内のがん症例に対して1万2000件を超えるゲノム解析が完了しており、今後5年間で10万件のゲノムプロファイルを蓄積する計画が進行中です。データが積み重なるほど変異の解釈精度が向上し、より多くの患者に恩恵が届く構造になっています。
全ゲノム解析を受けられる施設と全国の整備状況
全ゲノム解析を含むゲノム医療は、すべての病院で受けられるわけではありません。国が指定した「がんゲノム医療中核拠点病院」「がんゲノム医療拠点病院」「がんゲノム医療連携病院」の3段階の施設体制が整備されており、それぞれの役割と機能が明確に分けられています。患者が最初に相談すべき先もこの体制によって変わります。
がんゲノム医療中核拠点病院の設立経緯と役割
中核拠点病院は、ゲノム医療の旗艦的存在として全国に設置されています。高度なゲノム医療を実施する機能を持ちながら、地域全体の拠点病院・連携病院に対する支援・指導的機能も担います。エキスパートパネルの開催や希少がん・小児がんへの対応においても、中核拠点病院が中心的役割を果たします。
臨床研究や治験の実施基盤が整っているため、標準治療終了後の新たな治療選択肢を探すうえでも重要な窓口となります。
拠点病院と連携病院、それぞれ何ができるのか
がんゲノム医療拠点病院は、遺伝子パネル検査および全ゲノム解析の実施機能を持ちつつ、エキスパートパネルにも参加できます。地域における中核拠点病院との連携を通じて高度なゲノム医療を提供しています。連携病院は、遺伝子パネル検査を中心に実施しつつ、必要に応じて中核・拠点病院に患者を紹介する役割を持っています。
全ゲノム解析を希望する患者が連携病院に通院している場合、まずは連携病院の主治医に相談し、適切な上位施設への紹介を受けることが出発点になります。
全国への施設拡大が続く現状と地域差の課題
中核拠点病院は全国11か所に設置されており、主要都市を中心にカバーしています。拠点病院・連携病院は各都道府県に順次整備されてきましたが、地域によって施設数や対応できる検査の幅に差があることも事実です。離島や山間部では近隣の連携病院まで距離があるケースもあります。
こうした地域差を補う取り組みとして、遠隔でのエキスパートパネル参加や、検体を送付して解析する仕組みが整備されつつあります。オンライン診療の活用も含め、居住地の制約を軽減する体制づくりが続いています。
| 施設の種類 | 主な機能 | 特徴 |
|---|---|---|
| がんゲノム医療中核拠点病院 | 全ゲノム解析・エキスパートパネル・拠点病院支援 | 全国11か所、旗艦的役割 |
| がんゲノム医療拠点病院 | パネル検査・全ゲノム解析・エキスパートパネル参加 | 各都道府県に整備 |
| がんゲノム医療連携病院 | パネル検査・上位施設への患者紹介 | 地域に広く展開 |
ゲノム拠点病院で全ゲノム解析を支える専門チームの構成
全ゲノム解析は、一人の医師が完結させられる検査ではありません。検体採取・シーケンシング・データ解析・結果の解釈・遺伝カウンセリングという一連の流れを、複数の専門職が分担して担います。この多職種連携こそが、ゲノム拠点病院の強みであり、精度の高い検査結果を患者に届ける土台となっています。
チームを引っ張る臨床遺伝専門医の実務
臨床遺伝専門医は、患者のゲノム情報を医学的観点から評価し、エキスパートパネルでの議論を主導する役割を担います。遺伝性腫瘍の可能性が浮上した場合には、患者本人だけでなく家族への影響を含めた包括的な対応が求められます。
遺伝子変異の臨床的意義を患者に伝える場面では、専門的な知識と丁寧な言葉選びの両方が必要です。理解が難しい情報を噛み砕いて説明し、患者が自ら意思決定できるよう支援することが、この役職の核心にあります。
多職種連携なしに全ゲノム解析は動かない
主治医・腫瘍内科医・臨床遺伝専門医に加え、病理医・放射線科医・薬剤師・看護師・ゲノムコーディネーターなどがチームを構成します。病理医は検体の腫瘍含有率を確認し、解析に適した組織を確保する役目を担います。薬剤師は変異に対応する薬剤の情報を整理し、実際の処方支援にあたります。
遺伝カウンセラーは検査前後の心理的サポートを担い、患者が抱く不安に寄り添います。各職種が専門性を持ち寄ることで、一枚の検査レポートが臨床判断に結びつく体制が整います。
| 職種 | 主な役割 |
|---|---|
| 臨床遺伝専門医 | 変異の臨床的意義評価・エキスパートパネル主導 |
| 腫瘍内科医 | 全体的な治療戦略の立案・患者への説明 |
| 病理医 | 検体評価・腫瘍含有率の確認 |
| 遺伝カウンセラー | インフォームドコンセント・心理的支援 |
| バイオインフォマティシャン | ゲノムデータの解析・変異の一次同定 |
バイオインフォマティシャンが解読する膨大なデータ
全ゲノム解析では、一症例あたり数テラバイト規模のシーケンスデータが生成されます。このデータを整理・マッピングし、意味のある変異候補を抽出する作業を担うのがバイオインフォマティシャンです。高性能の計算機資源と専門的なアルゴリズムを駆使して、数百万単位の変異候補を臨床的に評価可能な情報へと変換します。
解析パイプラインの精度管理や品質チェックも重要な職務のひとつです。バイオインフォマティシャンの技量が、最終的に患者に届くレポートの信頼性を左右します。
全ゲノム解析の実際の流れ|受診から結果説明まで何が行われるか
全ゲノム解析の流れは、主治医との相談から始まり、検体採取・シーケンシング・データ解析・エキスパートパネル審議・結果説明という段階を経ます。各段階で専門職が連携し、通常数週間から2か月程度かけて一連の流れが完結します。患者にとって初めて目にする工程も多いため、事前にその内容を知っておくことが安心感につながります。
受診申し込みから検体採取までの手順
まず主治医と相談のうえ、検査の適応があるかどうかを判断します。適応と判断されると、インフォームドコンセント(十分な説明に基づく同意)の取得が行われます。遺伝カウンセラーや臨床遺伝専門医から、検査の目的・得られる情報・個人情報の取り扱いについて丁寧な説明を受ける場が設けられます。
同意取得後、手術や生検で得られたがん組織と、対比用の正常組織(血液が多い)の検体を採取します。検体は専用の保存処理を施されたうえで、解析施設に送付されます。
シーケンシングとデータ解析の期間と精度
送付された検体は、まず病理医が腫瘍含有率などを確認し、解析に適した品質かどうかを評価します。品質基準をクリアした検体は次世代シーケンサーにかけられ、全ゲノムが読み取られます。得られた膨大な塩基配列データを正常組織のデータと照合することで、がん特有の変異が同定されます。
データ解析にはバイオインフォマティシャンが専用パイプラインを用いて対応します。解析の所要時間は施設によって異なりますが、シーケンシングから一次解析まで数日〜1週間程度が一般的です。その後、解釈・分類作業を経てエキスパートパネルに提示される段階に進みます。
結果をどのように患者へ届けるか
エキスパートパネル審議を終えた後、主治医が患者に対して結果を説明します。見つかった変異の意義、対応可能な治療候補の有無、遺伝性腫瘍の可能性などについて、わかりやすい言葉で伝えることが求められます。必要に応じて遺伝カウンセラーが同席し、精神的サポートを行います。
結果説明後も疑問が生じた場合は、主治医や遺伝カウンセラーに追加の相談ができます。全ゲノム解析のレポートは患者自身も受け取ることができ、自らの遺伝子情報を管理する権利が保障されています。
全ゲノム解析の主な流れ
- 主治医との相談・検査適応の確認
- インフォームドコンセントの取得(遺伝カウンセラー・医師による説明)
- がん組織・正常組織(血液等)の検体採取
- 検体の品質評価(病理医)と次世代シーケンサーによる解析
- バイオインフォマティシャンによるデータ解析・変異同定
- エキスパートパネルによる変異の臨床的意義評価・治療候補の検討
- 主治医・遺伝カウンセラーによる結果説明とフォローアップ
エキスパートパネルの仕組み|専門家が集まって変異を読み解く場
エキスパートパネルは、全ゲノム解析で検出された変異を多職種の専門家が集まって評価し、治療につながる情報を整理する会議体です。一人の医師の判断だけではなく、複数の専門家が意見を持ち寄ることで、見落としや解釈のばらつきを防ぐ重要な仕組みです。ゲノム医療の中でも特に専門性が求められる場面であり、中核拠点病院を中心に定期的に開催されています。
エキスパートパネルとは何か、誰が参加するのか
エキスパートパネルには、腫瘍内科医・臨床遺伝専門医・病理医・薬剤師・遺伝カウンセラー・バイオインフォマティシャンなどが参加します。がんの種類によっては、特定の腫瘍領域の専門家が加わることもあります。症例ごとに提示された変異リストをもとに、各変異の臨床的意義や治療標的としての可能性を議論します。
パネルはオンライン会議形式で行われることも多く、遠方の専門家が遠隔参加できる体制が整ってきています。これによって地域を問わず高水準の議論が確保されます。
検出された変異をどう評価し、治療に結びつけるか
パネルでは、検出された変異を「治療標的となりうる変異」「病的意義が高い変異」「意義不明の変異」などに分類します。治療標的となりうる変異が見つかった場合、対応する薬剤や臨床試験の情報を整理し、主治医に伝えます。薬剤師が各変異に対応する既承認薬や試験段階の薬剤の情報を調査して提供します。
ただし、標的変異が見つかったとしても、対応する治療薬が常に利用可能とは限りません。臨床試験への参加が有力な選択肢となるケースもあり、その調整もパネルの役割に含まれます。
| 職種 | パネルでの役割 |
|---|---|
| 腫瘍内科医 | 症例提示・治療戦略の総括 |
| 臨床遺伝専門医 | 変異の遺伝学的意義の評価 |
| 病理医 | 腫瘍組織所見と変異の照合 |
| 薬剤師 | 変異に対応する薬剤情報の提供 |
| バイオインフォマティシャン | 解析データの説明・品質確認 |
審議結果のフィードバックと主治医への橋渡し
パネルでの議論をまとめた「エキスパートパネル報告書」が作成され、主治医に共有されます。この報告書には検出された変異の一覧・推奨される治療候補・臨床試験の情報などが記載されています。主治医はこの内容をもとに患者への説明と今後の方針決定を行います。
報告書の内容が専門的すぎてわかりにくい場合は、遺伝カウンセラーが患者に補足説明することもあります。患者が自分の検査結果に納得したうえで次のステップに進めるよう、丁寧な橋渡しが重視されています。
全ゲノム解析の対象患者と受けるための条件
全ゲノム解析は、すべてのがん患者に対して行われるわけではなく、一定の適応基準があります。現在は主に「標準治療が終了または難しい」固形がん・血液がんの患者が対象とされていますが、小児がん・希少がんではより早期の段階から適応となるケースもあります。適応かどうかを判断するのは主治医であり、まず主治医に相談することが欠かせません。
標準治療が尽きた段階が多いが例外もある
固形がんの場合、標準治療(手術・化学療法・放射線治療など)を一通り試みた後に全ゲノム解析が検討されることが多い状況です。残された選択肢の中に遺伝子変異に基づく治療を加えることが、検査の主な目的のひとつとなっています。
一方、血液がん(白血病・リンパ腫など)では、診断時から染色体・遺伝子の解析が治療選択に影響するため、より早い段階で全ゲノム解析が考慮されることがあります。がんの種類によって適応のタイミングが異なる点を理解しておきましょう。
小児・希少がんでは早期から活用されるケース
小児がんや希少がんは、症例数が少なく標準的な治療法が確立されていないケースが多いため、ゲノム情報が治療選択のうえで特に重要な手がかりとなります。このため、小児がんでは成人に比べて早い病期から全ゲノム解析を行う場合があります。
また、遺伝性腫瘍(遺伝子の生殖細胞系列変異に起因するがん)が疑われる場合も、全ゲノム解析の適応を検討するうえで重要な判断材料となります。家族歴や若年発症などのリスク因子がある患者は、積極的に専門医への相談を考えてみることをお勧めします。
受けたいと思ったら、まず主治医に相談を
全ゲノム解析を受けたいと思った場合、最初の窓口は現在の主治医です。適応の有無・紹介先の施設・検査の手順について、主治医から情報を得ることが重要な第一歩となります。セカンドオピニオンとして、中核拠点病院や拠点病院の専門外来を受診する方法も選択肢のひとつです。
どの施設に相談すべきかわからない場合は、がんゲノム医療に関する相談支援センター(多くの拠点病院に設置されている)を活用することも有効です。情報収集を一歩ずつ進めることが、適切な検査受診への近道となります。
全ゲノム解析が特に力を発揮する場面
- 標準治療終了後の新たな治療標的の探索
- 遺伝子パネル検査で標的変異が見つからなかった固形がん
- 希少がん・小児がんなど標準治療が確立されていない症例
- 遺伝性腫瘍が疑われる症例(若年発症・家族歴あり)
- 臨床試験・治験へのマッチングが必要な症例
ゲノムデータの管理と個人情報保護を支える仕組み
全ゲノム解析で得られる情報は、健康状態や将来のリスクに関わる極めて個人的なデータです。適切な保護と管理なしに運用することは許容されません。国のガイドラインに基づき、ゲノムデータの保管・利用・開示に関する取り決めが明確に定められており、患者の権利を守る仕組みが整備されています。
検査結果のデータはどこに保管されるのか
全ゲノム解析のデータは、解析施設の安全なサーバーに保管されるほか、国が整備するデータベース(ナショナルデータベース)にも提供されることがあります。提供にあたっては患者の同意が前提となっており、同意なしに個人を特定できる形でデータが利用されることはありません。
蓄積されたゲノムデータは、将来の医学研究や変異解釈精度の向上に活用されます。より多くのデータが集まるほど、解析の精度と医療の質が向上するという好循環が生まれます。
| 管理の仕組み | 内容 |
|---|---|
| 安全なデータ保管 | 施設の管理下でアクセス制限されたサーバーに保存 |
| 同意に基づくデータ提供 | ナショナルデータベースへの提供は患者同意が前提 |
| 匿名化・仮名化処理 | 研究利用時は個人が特定されないよう処理 |
| 開示請求権の保障 | 患者本人が自己のゲノム情報の開示を請求できる |
同意書と情報の二次利用についての取り決め
検査前のインフォームドコンセントでは、検査目的の情報利用だけでなく、研究目的への二次利用の可否についても説明されます。二次利用に同意するかどうかは患者の自由意思に委ねられており、同意しない場合でも検査を受ける権利は妨げられません。
同意は撤回することも可能です。途中で気持ちが変わった場合には、担当者に申し出ることで二次利用への同意を取り消すことができます。患者自身がゲノム情報の扱いを主体的にコントロールできる点が重視されています。
患者本人が持つゲノム情報の開示請求権
全ゲノム解析の結果は患者本人に帰属するものであり、開示を請求する権利が認められています。主治医や施設の担当窓口を通じて、自己のゲノムデータや解析レポートの提供を求めることができます。
ただし、ゲノムデータは専門的な解釈なしには理解が難しい情報も含まれています。開示を受けた際には、遺伝カウンセラーや臨床遺伝専門医の説明を受けながら内容を確認することが、不要な不安を避けるうえで有益です。
よくある質問
全ゲノム解析は、すべての病院で受けられますか?
全ゲノム解析は、国が指定した「がんゲノム医療中核拠点病院」「がんゲノム医療拠点病院」など、一定の基準を満たした施設でのみ実施されています。すべての病院で受けられるわけではありません。
現在通院中の病院が「がんゲノム医療連携病院」の場合、まず主治医に全ゲノム解析を希望する旨を伝えてください。適応と判断されれば、上位の拠点病院への紹介が行われます。どの施設に相談すればよいかわからない場合は、がん相談支援センターへの問い合わせも有効な手段です。
全ゲノム解析を受けるには、何か条件があるのでしょうか?
全ゲノム解析は、主に「標準治療が終了した、または標準治療が困難な」がん患者が対象とされることが多い検査です。固形がん・血液がん・小児がん・希少がんなど、がんの種類によって適応のタイミングが異なります。
適応の有無は主治医が判断します。遺伝性腫瘍が疑われる場合や、遺伝子パネル検査で標的変異が見つからなかった場合なども、全ゲノム解析の検討対象となりえます。まずは主治医に「全ゲノム解析を受けることはできますか」と率直に相談してみてください。
全ゲノム解析の結果が出ても、必ず治療につながるわけではないのですか?
残念ながら、全ゲノム解析で変異が検出されたとしても、それに対応する治療薬や臨床試験が必ず存在するわけではありません。「治療標的となりうる変異」が見つかるのは全症例の一部にとどまるのが現状です。
ただし、検査を受けることで選択肢が広がる可能性は確実にあります。臨床試験へのマッチング情報が得られることもあり、次の一手を探すうえで貴重な情報となります。結果の意味については、エキスパートパネル審議後に主治医・遺伝カウンセラーから丁寧に説明を受けることができます。
全ゲノム解析の結果が届くまで、どれくらいの期間がかかりますか?
検体採取からエキスパートパネル審議を経て結果説明に至るまで、おおむね数週間から2か月前後かかることが多い状況です。施設の体制や症例の複雑さによって前後することがあります。
シーケンシング・データ解析・パネル審議と複数の段階が連続するため、従来の血液検査などに比べると時間がかかります。待機中の不安については、主治医や遺伝カウンセラーに随時相談できますので、気になることがあれば遠慮なく声をかけてください。
全ゲノム解析で調べた遺伝子情報は、どのように管理されるのですか?
全ゲノム解析で得られたデータは、施設の安全なサーバー内に厳格に保管されます。研究目的への二次利用を行う場合は、必ず事前に患者の同意を得ることが義務づけられており、同意なしに個人が特定できる形でデータが利用されることはありません。
同意は途中で撤回することも可能です。また、患者本人が自己のゲノム情報の開示を請求する権利も認められています。ゲノム情報の取り扱いについて不安がある場合は、遺伝カウンセラーや担当医に率直に質問してみてください。
References
Samsom, K. G., Bosch, L. J. W., Schipper, L. J., Schout, D., Roepman, P., Boelens, M. C., Lalezari, F., Klompenhouwer, E. G., de Langen, A. J., Buffart, T. E., van Linder, B. M. H., van Deventer, K., van den Burg, K., Unmehopa, U., Rosenberg, E. H., Koster, R., Hogervorst, F. B. L., van den Berg, J. G., Riethorst, I., … Monkhorst, K. (2024). Optimized whole-genome sequencing workflow for tumor diagnostics in routine pathology practice. Nature Protocols, 19(3), 700–726. https://doi.org/10.1038/s41596-023-00933-5
Brlek, P., Bulić, L., Bračić, M., Projić, P., Škaro, V., Shah, N., Shah, P., & Primorac, D. (2024). Implementing whole genome sequencing (WGS) in clinical practice: Advantages, challenges, and future perspectives. Cells, 13(6), 504. https://doi.org/10.3390/cells13060504
Katsuya, Y. (2024). Current and future trends in whole genome sequencing in cancer. Cancer Biology & Medicine, 21(1), 16–20. https://doi.org/10.20892/j.issn.2095-3941.2023.0420
Cuppen, E., Elemento, O., Rosenquist, R., Nikic, S., IJzerman, M., Durand Zaleski, I., Frederix, G., Levin, L.-Å., Mullighan, C. G., Buettner, R., Pugh, T. J., Grimmond, S., Caldas, C., Andre, F., Custers, I., Campo, E., van Snellenberg, H., Schuh, A., Nakagawa, H., … Jobanputra, V. (2022). Implementation of whole-genome and transcriptome sequencing into clinical cancer care. JCO Precision Oncology, 6, e2200245. https://doi.org/10.1200/PO.22.00245
Roepman, P., de Bruijn, E., van Lieshout, S., Schoenmaker, L., Boelens, M. C., Dubbink, H. J., Geurts-Giele, W. R. R., Groenendijk, F. H., Huibers, M. M. H., Kranendonk, M. E. G., Roemer, M. G. M., Samsom, K. G., Steehouwer, M., de Leng, W. W. J., Hoischen, A., Ylstra, B., Monkhorst, K., van der Hoeven, J. J. M., & Cuppen, E. (2021). Clinical validation of whole genome sequencing for cancer diagnostics. Journal of Molecular Diagnostics, 23(7), 816–833. https://doi.org/10.1016/j.jmoldx.2021.04.011
Rosenquist, R., Cuppen, E., Buettner, R., Caldas, C., Dreau, H., Elemento, O., Frederix, G., Grimmond, S., Haferlach, T., Jobanputra, V., Meggendorfer, M., Mullighan, C. G., Wordsworth, S., & Schuh, A. (2022). Clinical utility of whole-genome sequencing in precision oncology. Seminars in Cancer Biology, 84, 32–39. https://doi.org/10.1016/j.semcancer.2021.06.018
Nakagawa, H., & Fujita, M. (2018). Whole genome sequencing analysis for cancer genomics and precision medicine. Cancer Science, 109(3), 513–522. https://doi.org/10.1111/cas.13505
この記事を書いた人 Wrote this article
前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医