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全ゲノム解析(WGS)は、人間の約30億塩基対からなるゲノム情報をほぼすべて一度に読み取る検査です。がんの原因となる遺伝子変異を網羅的に調べることで、一人ひとりに合った治療の手がかりを得られます。
現在、日本のがん診療で広く使われている「がん遺伝子パネル検査」はゲノム全体の約1%しかカバーできません。全ゲノム解析は残りの99%に潜む変異まで光を当てることができ、パネル検査で「異常なし」とされたケースでも新たな治療の糸口が見つかる場合があります。
費用は数十万円から100万円超と高額ですが、国のがん全ゲノム解析等実行計画が進むにつれて環境は変わりつつあります。この記事では全ゲノム解析の仕組み、がん治療での活用法、検査にかかる費用、受けるまでの流れをわかりやすく解説します。
全ゲノム解析は約30億塩基対を丸ごと読み取るがんゲノム検査
全ゲノム解析(Whole Genome Sequencing:WGS)とは、ヒトゲノムのほぼ全領域を一度に読み取る解析技術です。たんぱく質をコードする「エクソン」領域だけでなく、遺伝子の発現を調節する非コード領域やイントロンまで幅広く調べます。
がん遺伝子パネル検査と全ゲノム解析では調べるゲノム範囲がまったく異なる
がん遺伝子パネル検査は、数十〜数百の特定遺伝子を高い精度で読み取る検査です。保険適用もあり費用を抑えやすい反面、対象はゲノム全体の約1.2%にとどまります。全ゲノム解析はゲノムの99%以上を一気に読み取るため、パネル検査では見つけられない変異を検出できるでしょう。
| 比較項目 | パネル検査 | 全ゲノム解析 |
|---|---|---|
| 対象範囲 | 数十〜数百遺伝子 | ゲノム全体の99%以上 |
| 構造変異の検出 | 限定的 | 広範に検出可能 |
| 費用目安 | 約56万円(保険適用時) | 数十万〜100万円超 |
パネル検査でドライバー変異が見つからなかった場合でも、全ゲノム解析によって非コード領域から治療につながる情報を得られることがあります。両者は対立する検査ではなく、カバー範囲が異なる補完的な関係といえます。
全ゲノム解析とパネル検査の違いについてさらに詳しく知りたい方へ
全ゲノム解析とパネル検査の比較ガイド
非コード領域や構造変異まで検出できる技術的背景
がんの原因変異はエクソンだけに起きるわけではありません。プロモーターやエンハンサーと呼ばれる遺伝子の「スイッチ」にあたる領域に変異が生じ、がんを引き起こすケースも報告されています。
全ゲノム解析は、転座・逆位・大規模欠失といった構造変異(SV)やウイルスゲノムの組み込みまで一度に調べることが可能です。
国際共同研究PCAWG(Pan-Cancer Analysis of Whole Genomes)では、38種類のがん2,658症例を全ゲノム解析し、がんゲノムには平均4〜5個のドライバー変異が存在することを明らかにしました。なかには非コード領域の変異や、クロモスリプシスと呼ばれる大規模な染色体再編成も含まれています。
がんにおける構造変異と全ゲノム解析の関係を詳しくまとめました
全ゲノム解析で見つかる構造変異とがんの関連
がん治療で全ゲノム解析が果たす役割と具体的な活用法
パネル検査で治療薬が見つかる確率は約10%前後とされています。全ゲノム解析はこの確率を押し上げる可能性を持つ検査であり、オランダの研究では標準診断にWGSを追加した結果、22.4%の患者で新たな治療選択肢が見つかりました。
ドライバー変異と構造変異の発見が治療選択肢を広げる
全ゲノム解析はドライバー変異だけでなく、融合遺伝子や大規模な遺伝子再構成も同時に検出します。たとえば血液腫瘍や骨軟部腫瘍のように構造変異が多いがん種では、パネル検査だけでは見つけにくい変異が治療のカギになるケースも珍しくありません。
英国の100,000 Genomes Projectでは、解析結果が返された患者の約59%に何らかの臨床的な勧告がなされたと報告されています。
全ゲノム解析の臨床応用について具体的な事例を解説しています
全ゲノム解析のがん臨床応用と治療成績
遺伝性がんのリスク評価と薬剤感受性の解析
全ゲノム解析では、がん細胞のゲノムだけでなく正常細胞のゲノムも同時に読み取ります。その結果、生殖細胞系列の変異(生まれつき持っている遺伝子変異)が見つかることがあり、遺伝性がんの早期発見につながる場合もあるでしょう。BRCA1/2遺伝子の変異が判明すれば、PARP阻害薬の適応を検討できます。
また、HLA型の解析や変異シグネチャーの分析を通じて、免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測する手がかりも得られます。治療方針の決定に幅広い情報を提供できる点が、全ゲノム解析の大きな強みです。
精密がん医療における全ゲノム解析の活用をチェック
プレシジョンオンコロジーと全ゲノム解析
全ゲノム解析の費用はどのくらいかかるのか|国内外の価格水準
シーケンシングの消耗品コストだけなら、1人分のゲノム解読は約600ドル(日本円でおよそ10万円弱)まで下がっています。しかし臨床で使うには解析・解釈・報告までの費用を含める必要があり、実際の費用は数十万〜100万円超となるのが現状です。
- シーケンシング消耗品:約600ドル(約10万円弱)
- 臨床グレードの解析・報告を含む総コスト:数十万〜100万円超
- がん遺伝子パネル検査(保険適用時):自己負担約16.8万円(3割負担)
費用が高額になる要因は、解析に専門的な人材と高性能なコンピュータ環境を要する点にあります。データ量はパネル検査の数百倍に達し、変異の解釈にも高度な知識が求められるためです。
がん全ゲノム解析等実行計画と費用軽減への道筋
2019年に日本政府が策定した「がん全ゲノム解析等実行計画」は、2022年の改定で5年間に10万ゲノムの取得を目標に掲げています。2023年9月時点で1万2千症例以上の解析が完了しており、データの蓄積が進んでいます。
この計画のもとで解析を受ける場合は研究事業として実施されるため、患者の自己負担が軽減される仕組みになっています。技術の進歩と解析コストの低下が続けば、将来的には保険診療への移行も見込まれるでしょう。
全ゲノム解析の費用や保険適用に関する情報を詳しく見る
全ゲノム解析の費用と保険適用の現状
全エクソーム解析(WES)との費用・精度の違い
全エクソーム解析(WES)はエクソン領域だけを対象とするため、全ゲノム解析より低コストで実施できます。ただしWESでは構造変異や非コード領域の変異を検出できず、一部の遺伝子ではカバー率にばらつきが生じることもあります。費用と検出範囲のバランスを主治医と相談して決めることが大切です。
がんの全ゲノム解析を受けるまでの検査の流れと対象になる条件
全ゲノム解析はすべてのがん患者に一律で提供されるものではなく、現段階では対象となるがん種や条件が定められています。検査を希望する場合、まず現在の主治医に相談するところから始まります。
主治医への相談から結果返却まで
全ゲノム解析を受けるための一般的な流れは次のとおりです。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 相談 | 主治医にゲノム検査の希望を伝える |
| 紹介 | がんゲノム医療中核拠点病院へ紹介状を取得 |
| 検体採取 | 腫瘍組織と血液(正常細胞)を提供 |
| 解析 | 中央解析センターで統一パイプラインにより解析 |
| 結果説明 | エキスパートパネルの検討を経て主治医から報告 |
解析には通常数週間から数か月を要します。結果返却後は、エキスパートパネルと呼ばれる多職種チームの議論を経て、担当医が治療方針や臨床試験への参加を提案します。
がん全ゲノム解析等実行計画の全体像と受診の道筋の解説を読む
がん全ゲノム解析等実行計画の動向と受診ガイド
がんゲノム医療中核拠点病院が担う連携体制
日本には12の中核拠点病院と33の拠点病院を含むネットワークが構築されており、全国で質の均一な解析を受けられる体制が整備されつつあります。データは中央解析センターに集約され、統一されたアルゴリズムで処理されるため、施設間のばらつきを防いでいます。
費用面で不安がある場合は、医療ソーシャルワーカー(MSW)への相談や、全国のがん診療連携拠点病院に設置された「がん相談支援センター」の活用も選択肢です。遺伝子検査に関する心理的な不安には、遺伝カウンセラーが対応します。
全ゲノム解析を実施できる日本国内の施設情報をまとめました
日本国内で全ゲノム解析が受けられる施設
全ゲノム解析のメリットと知っておきたい限界点
一度の検査でゲノム全体を網羅できることが全ゲノム解析の強みです。ただし万能ではなく、限界もあります。期待と現実のバランスを把握しておくことが、納得のいく意思決定に役立ちます。
パネル検査では見逃される変異を拾える強み
全ゲノム解析は、非コード領域の変異や大規模な構造変異を検出できるだけでなく、遺伝性がんのリスク評価や変異シグネチャー解析まで一度に行える「オールインワン」の検査といえます。将来新たなバイオマーカーが発見されたとき、保存データを再解析して追加の情報を得ることも可能です。
また、個人のゲノムデータが蓄積されることで、日本人に特有の変異パターンの理解が深まり、新薬開発や診断精度の向上に貢献します。患者一人ひとりのデータが、将来の医療を支える基盤になります。
全ゲノム解析の総合ガイドについて詳しくまとめました
がん全ゲノム解析(WGS)の包括ガイド
全員に治療法が見つかるとは限らない
全ゲノム解析によって多くの情報が得られても、必ず治療につながるとは限りません。変異が見つかっても対応する薬剤が存在しなかったり、臨床試験の対象から外れたりするケースもあります。PCAWG研究でも、約5%の症例ではドライバー変異を特定できませんでした。
加えて、膨大なゲノムデータには個人情報が含まれるため、プライバシー保護の体制も重要な課題です。検査を受ける前に、結果が示す意味やデータの取り扱いについて、主治医や遺伝カウンセラーと十分に話し合うことをおすすめします。
ゲノムデータの取り扱いとプライバシーの守り方を知りたい方へ
全ゲノム解析におけるプライバシー保護の取り組み
よくある質問
全ゲノム解析とがん遺伝子パネル検査はどちらを先に受けるべきですか?
現在の日本のがん診療では、まずがん遺伝子パネル検査を受けるのが一般的な流れです。パネル検査は保険適用の対象であり、費用負担を抑えながら主要な遺伝子変異を調べられます。
パネル検査でドライバー変異が見つからなかった場合や、構造変異の多いがん種と診断された場合に、全ゲノム解析を追加で検討するケースが増えています。どちらを受けるかは主治医と相談して決めることが大切です。
全ゲノム解析の結果が出るまでにどのくらいの期間がかかりますか?
全ゲノム解析は、検体の採取からデータ解析、エキスパートパネルでの検討を経て結果が返されるまで、通常数週間から数か月ほどかかります。解析センターの処理状況や施設の体制によって前後するため、あらかじめ担当医に目安を確認しておくと安心です。
パネル検査と比較するとデータ量が桁違いに多く、解析と変異の解釈に時間を要します。結果を待つ間も通常の治療は継続できますので、主治医と治療スケジュールを共有しておきましょう。
全ゲノム解析の費用を軽減する公的制度はありますか?
がん全ゲノム解析等実行計画のもとで行われる解析は研究事業として実施されるため、参加者の費用負担が軽減される仕組みになっています。一般的な自由診療として受ける場合は全額自己負担となり、数十万〜100万円超の費用が発生します。
がん診療連携拠点病院に設置された「がん相談支援センター」に問い合わせると、利用できる支援制度や研究事業の情報を教えてもらえます。費用面が心配な方は、検査前に一度相談されることをおすすめします。
全ゲノム解析で遺伝性がんのリスクがわかった場合、家族はどうすればよいですか?
全ゲノム解析で生殖細胞系列の変異が見つかった場合、血縁者にも同じ変異が受け継がれている可能性があります。遺伝カウンセラーと相談のうえ、ご家族に遺伝子検査の選択肢があることを伝えるとよいでしょう。
遺伝情報はデリケートな内容を含むため、家族への伝え方やタイミングについても遺伝カウンセラーの支援を受けられます。早期にリスクを把握することで、検診や予防策の計画に役立てられるでしょう。
全ゲノム解析のデータは将来的に再解析できますか?
全ゲノム解析ではゲノム全体のデータを一度に取得するため、新たなバイオマーカーや治療標的が発見された際にデータを再解析して追加情報を得ることが技術的には可能です。パネル検査にはない大きな利点の一つといえます。
ただし、再解析を実施するには適切なデータ管理体制と患者の同意が前提となります。データの保管期間や再利用の条件は施設ごとに異なるため、検査前に確認しておくとよいでしょう。
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この記事を書いた人Wrote this article
前田 祐助医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。
【保有資格・所属】
医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医