
分子標的薬の耐性とは、これまで効いていた薬ががん細胞に効きにくくなる状態を指します。多くの場合、薬そのものが悪くなったわけではなく、がん細胞が生き延びるしくみを新たに身につけたことが原因です。
耐性は治療の終わりではありません。なぜ効かなくなったのかを調べれば、その理由に合わせた次の薬や治療へ切り替えられる時代になってきました。
この記事では、薬が効かなくなる理由をやさしく整理し、再生検や血液検査で耐性を見極める方法、そして耐性が出たあとに取りうる治療の選択肢までを、順を追って解説します。読み終えるころには、次に何を相談すればよいかが見えてくるはずです。
分子標的薬の耐性とは何か、薬が効かなくなるしくみ
分子標的薬の耐性とは、効いていた薬の効果が弱まり、がんが再び大きくなりだす状態のことです。薬の量や飲み方の問題ではなく、がん細胞側の変化が主な引き金になります。
耐性の主なタイプ
| タイプ | 特徴 | イメージ |
|---|---|---|
| もともとの耐性 | 治療開始当初から効きにくい | 効きにくい細胞が最初から潜んでいた |
| あとからの耐性 | 効いていた薬がしだいに効かなくなる | 薬をかわす細胞が選ばれて増えた |
耐性のしくみを大づかみに理解しておくと、次に説明する起こる理由がぐっと頭に入りやすくなります。まずは薬とがんの関係から見ていきましょう。
耐性は「薬が悪くなった」のではなく「がんが変わった」
分子標的薬は、がんの増殖をうながす特定のタンパク質や遺伝子の異常を狙い撃ちにする薬です。狙いがはっきりしている分、最初はよく効きます。
ところががん細胞はとても多様で、治療の途中で性質を変える力を持っています。薬の攻撃を受けるうちに、その攻撃をかわす別の道を見つけてしまうのです。
薬が劣化したのではなく、がんのほうが薬をすり抜ける方法を獲得した、ととらえるとわかりやすいでしょう。
この発想の転換は、その後の治療を考えるうえでとても役立ちます。薬を責めるのではなく、がんがどう変わったのかへ目を向けることが、次の一手につながるからです。
最初から効きにくい耐性と、途中から効かなくなる耐性
耐性には大きく二つのタイプがあります。治療を始めた当初からあまり効かない場合と、しばらくよく効いたあとに効果が薄れていく場合です。
前者はもともと薬の効きにくい細胞が含まれていた状態、後者は治療中に効きにくい細胞が選び抜かれて増えた状態と考えられています。どちらも珍しいことではありません。
最初からあまり効かないタイプは、治療を始めて間もなく効果が頭打ちになることで気づかれます。一方、あとから効かなくなるタイプは、数か月から年単位でよく効いたあとに変化が現れることが多いといえます。
なぜ「いつかは効かなくなる」と言われるのか
分子標的薬の多くは、一定期間が過ぎると効果が落ちてくることが知られています。EGFR遺伝子変異を持つ肺がんでは、第一・第二世代の薬で平均しておよそ9〜15か月で効果が弱まると報告されています。
これは薬の力不足ではなく、がん細胞が生き残りをかけて変化する性質を持っているためです。だからこそ、効かなくなったあとの備えをあらかじめ知っておくことに意味があります。
分子標的薬に耐性ができる主な理由
分子標的薬が効かなくなる理由は一つではありません。代表的なのは、薬が結合する部分の遺伝子がさらに変化する場合と、がんが別の増殖の道に乗り換える場合です。
薬の結合先がさらに変化する
分子標的薬は、がんの増殖を支えるタンパク質の決まった場所にはまり込んで働きをとめます。ところがそのはまり込む場所の形が変わってしまうと、薬がうまく結合できなくなります。
EGFR遺伝子変異の肺がんでは、第一・第二世代の薬に対してT790Mと呼ばれる二次的な変化が生じ、耐性の半数ほどを占めると報告されています。さらに第三世代の薬に対してはC797Sという変化が知られています。
こうした変化は、薬の鍵穴の形が少しずつ変わっていくようなものだと考えるとイメージしやすいでしょう。
鍵穴の形が変われば、同じ鍵ではもう回りません。そのときは、変わった形に合う新しい鍵、つまり次の世代の薬を探すという発想で治療を組み立て直します。
がんが別の増殖の道に乗り換える
薬で一つの増殖経路をふさいでも、がんは別の経路を使って増えようとすることがあります。代表例がMET遺伝子の増幅で、これは迂回路を新しく開通させるような変化です。
第一世代の薬でも第三世代の薬でも、MET増幅は耐性の主な原因の一つとして繰り返し報告されています。鍵穴をふさいでも、別の入り口から侵入してくるイメージに近いといえます。
がんの顔つきそのものが変わる
頻度は高くありませんが、もとは非小細胞肺がんだった腫瘍が、治療の途中で小細胞がんへと姿を変えて耐性を示すことがあります。組織の性質が変わるため、効く薬の種類も変わってきます。
ほかにも、上皮間葉転換と呼ばれる細胞の変化が関わる場合もあります。これらは薬の効き方を根本から変えてしまう、やや手強いタイプの耐性でしょう。
顔つきが変わるタイプは頻度こそ低いものの、見逃すと治療の方向を誤りかねません。だからこそ、効かなくなったときに組織を採り直して確かめる意味が大きいといえます。
薬が効かなくなる主な理由
| 理由 | 何が起きているか | 代表例 |
|---|---|---|
| 標的の変化 | 薬が結合する場所の形が変わる | T790M、C797S |
| 迂回路の出現 | 別の増殖経路が活性化する | MET増幅、HER2増幅 |
| 顔つきの変化 | がんの組織型そのものが変わる | 小細胞がんへの転換 |
これらの理由は単独で起こるとは限らず、複数が同時に重なって耐性をつくることも少なくありません。一人ひとりで起きていることが違うからこそ、次に述べる検査が重みを持ちます。
耐性のサインを見逃さないために知っておきたい再生検と検査
耐性が疑われたら、なぜ効かなくなったのかを調べることが次の一手につながります。中心になるのは、がんの組織を採り直す再生検と、血液から手がかりを探す検査でしょう。
効果が落ちてきたサインに気づく
画像検査でがんが再び大きくなりだしたときや、いったん落ち着いていた症状がぶり返したときは、耐性の可能性を考える場面です。自己判断で薬をやめず、まず主治医に相談することが大切になります。
定期的な画像や血液のチェックは、変化を早めにとらえるための見張り役です。小さな変化のうちに気づければ、次の選択肢を落ち着いて検討できます。
検査の間隔や内容は、使っている薬や体調によって変わります。どのくらいの頻度で何を確認するのかを把握しておくと、受け身ではなく主体的に治療へ関われます。
組織を採り直す再生検でわかること
耐性の理由を最もはっきり調べられるのが、がんの組織をもう一度採取する再生検です。最初の診断時とは別の変化が加わっていることが多く、採り直して調べる価値があります。
たとえばT790Mのような変化は、再生検をして初めて確認できることがあります。組織が得られれば、組織型そのものの変化も見つけられるでしょう。
血液で調べるリキッドバイオプシー
からだへの負担が大きい再生検が難しい場合に役立つのが、血液中に流れ出たがんのDNAを調べるリキッドバイオプシーです。採血だけで、耐性に関わる遺伝子の変化を探れます。
血液中の変化は、画像で進行が見える数か月前にとらえられることもあると報告されています。ただし量の少ない変化は捉えにくい面もあり、組織の検査と互いに補い合う関係にあります。
採血で繰り返し調べられる利点を生かせば、治療の効き具合を時間の流れの中で追いかけられます。変化の兆しを早めにつかむことが、あわてずに次を準備する余裕につながります。
耐性を調べる二つの検査
| 検査 | 調べ方 | 得意なこと |
|---|---|---|
| 再生検 | がんの組織を採取する | 組織型の変化まで確認できる |
| リキッドバイオプシー | 採血で血中のDNAを調べる | からだへの負担が軽く繰り返しやすい |
どちらか一方だけが正解というわけではありません。状況に応じて使い分け、ときに組み合わせることで、耐性の全体像がより正確に見えてきます。
耐性が出たあとの次の治療戦略と薬の選び方
耐性が出ても打つ手はあります。鍵になるのは、効かなくなった理由を突き止め、その理由に合わせて薬や治療法を切り替える考え方でしょう。
効かなくなった理由に合わせて薬を変える
たとえばEGFR遺伝子変異の肺がんでT790Mが見つかった場合、その変化を狙える第三世代の薬へ切り替える道があります。理由がわかれば、それに対応する薬を選びやすくなります。
逆に理由がわからないまま薬を続けても、効果は期待しにくいものです。だからこそ前章で述べた検査が、治療の方向を決める土台になります。
理由に合わせて薬を切り替えた場合、再びしばらく効果が続くことも少なくありません。一度の耐性であきらめず、調べて切り替える流れを繰り返していく姿勢が支えになります。
薬を組み合わせて迂回路をふさぐ
MET増幅のように別の経路が活性化して耐性が生じた場合は、もとの薬にその経路を抑える薬を足す組み合わせ治療が検討されます。複数の入り口を同時にふさぐ発想です。
研究段階の取り組みも多いものの、迂回路ごとにふさぐ戦略は着実に広がってきました。一つの薬にこだわらず、組み合わせで攻める視点が増えています。
組み合わせ治療では、それぞれの薬の副作用にも目を配る必要があります。効果と負担のバランスを主治医と確かめながら、無理のない形で進めていくことが続けるコツでしょう。
薬物療法だけにとどまらない選択肢
進行している場所が一か所など限られている場合は、放射線などの局所的な治療でその部分だけをたたき、いまの薬を続ける方法がとられることもあります。全身の薬を変える前の一手です。
組織型が変わって小細胞がんの性質を帯びた場合などは、抗がん剤による治療へ切り替える判断もあります。状況により、選べる道は一つではありません。
理由別の次の一手
| 耐性の理由 | 次の一手の方向性 |
|---|---|
| 標的のさらなる変化 | その変化を狙える新しい薬へ |
| 別経路の活性化 | 経路を抑える薬を組み合わせる |
| 組織型の変化 | 抗がん剤など別系統の治療へ |
大切なのは、選択肢を一人で抱え込まないことです。検査結果をもとに主治医とよく話し合えば、自分の状況に合った次の一手が見えてきます。
EGFRやALKなど薬剤ごとに異なる耐性のパターン
耐性の起こり方は、どの遺伝子の異常を狙う薬かによって違います。同じ効かなくなるでも、EGFRを狙う薬とALKを狙う薬では、出てくる変化の種類が変わってきます。
EGFR遺伝子変異を狙う薬の耐性
EGFR遺伝子変異の肺がんでは、世代ごとに代表的な耐性の変化が知られています。第一・第二世代ではT790Mが半数ほどを占め、第三世代ではC797SやMET増幅が多く報告されています。
世代が進むほど、効かなくなる理由も移り変わっていきます。いまどの薬を使っているかによって、注意すべき変化が異なると理解しておくとよいでしょう。
たとえば第三世代の薬では、標的そのものの新たな変化と、MET増幅のような別経路の活性化が二大要因として報告されています。どちらが起きているかで、その後に選ぶ治療も変わってきます。
ALK融合遺伝子を狙う薬の耐性
ALK融合遺伝子を持つ肺がんでも、薬の世代が進むにつれて耐性のしくみが複雑になっていきます。複数の変化が重なり合って効きにくくなる例も報告されています。
第三世代の薬に対しては、標的そのものの複合的な変化に加え、別経路の活性化や細胞の性質の変化など、さまざまな耐性が見つかっています。こうした多様さが治療を難しくする一因です。
自分の薬の耐性パターンを主治医に確認する
薬剤ごとに耐性のパターンが違うということは、自分が使っている薬で何が起こりやすいかも違うということです。漠然と不安を抱えるより、具体的に確認するほうが安心につながります。
次の診察で、いま使っている薬ではどんな変化が起こりやすいか、その場合どの検査をするのかを聞いておくと、いざというときに落ち着いて動けます。
- EGFRを狙う薬:T790M、C797S、MET増幅
- ALKを狙う薬:標的の複合的な変化、別経路の活性化、細胞の性質の変化
同じ分子標的薬といっても、効かなくなる道筋は一通りではありません。自分の治療に当てはめて知ることが、次への備えになります。
耐性とうまく付き合いながら治療を続けるために
耐性は誰にでも起こりうる自然な経過であり、向き合い方しだいで治療は続けていけます。日々の体調の変化に気を配り、医療チームと情報を分かち合うことが支えになります。
体調の変化を記録して主治医に伝える
痛みや息切れ、だるさといった変化は、耐性に気づくための身近な手がかりです。いつから、どの程度かをメモに残しておくと、診察で正確に伝えられます。
小さな変化でも遠慮なく共有してください。早く気づくほど、次の手を考える時間にゆとりが生まれます。
スマートフォンのメモや手帳など、続けやすい方法で構いません。日付と程度をひと言残しておくだけで、診察での会話がぐっと具体的になります。
検査や治療の見通しを一緒に立てる
耐性が出たあとの流れをあらかじめ聞いておくと、不安はやわらぎます。どんなときに再生検やリキッドバイオプシーを行うのか、見通しを共有しておくと安心です。
治療は医療者だけが決めるものではありません。自分の希望や生活の事情を伝えながら、納得して進められる道を一緒に探していきましょう。
信頼できる情報源とセカンドオピニオン
耐性や次の治療について調べるときは、医療機関や学会など信頼できる情報を選ぶことが大切です。情報があふれる時代だからこそ、出どころを見極める目が役立ちます。
判断に迷うときは、別の専門医に意見を求めるセカンドオピニオンという方法もあります。複数の視点を得ることで、より納得のいく選択につながります。
セカンドオピニオンは、いまの主治医を否定するものではありません。多くの医療者はむしろ前向きに受けとめてくれるので、気がかりなときは遠慮なく希望を伝えてみてください。
- 症状の変化(いつから、どの程度か)
- 気になる体調や副作用
- 治療や生活で大事にしたい希望
- 耐性や次の治療への疑問
こうした点をメモにまとめて持っていくだけで、限られた診察時間を有効に使えます。準備しておくことが、納得して治療を続ける力になります。
よくある質問
分子標的薬の耐性は必ず起こるものなのでしょうか?
分子標的薬の多くは、効果が一定期間続いたあとに効きにくくなる傾向が知られています。これはがん細胞が生き残りをかけて性質を変えるためで、珍しいことではありません。
ただし起こる時期や理由は一人ひとり異なります。耐性が出ても次の手があるため、過度に恐れず、定期的な検査で変化を早めにとらえることが大切です。
分子標的薬が効かなくなったら、もう治療法はないのでしょうか?
分子標的薬の耐性は治療の行きどまりではありません。なぜ効かなくなったのかを検査で調べ、その理由に合わせて別の薬や治療へ切り替える道が広がっています。
理由を狙える新しい薬、迂回路を抑える組み合わせ治療、放射線などの局所治療といった選択肢があります。主治医と相談しながら、自分に合う次の一手を選んでいけます。
分子標的薬の耐性を調べるには、どんな検査が必要ですか?
分子標的薬の耐性の理由を調べる中心は、がんの組織を採り直す再生検と、血液から手がかりを探すリキッドバイオプシーです。どちらも耐性に関わる変化を探す検査になります。
再生検は組織型の変化まで確認でき、リキッドバイオプシーはからだへの負担が軽く繰り返しやすいのが特徴です。状況に応じて使い分けたり、組み合わせたりします。
分子標的薬の耐性が出たかどうか、自分で気づくことはできますか?
分子標的薬の効果が落ちてきたサインとして、画像でがんが再び大きくなる、落ち着いていた症状がぶり返すといった変化があります。痛みやだるさの変化も手がかりになります。
気になる変化があっても自己判断で薬をやめず、まず主治医に伝えてください。記録を残して共有すると、耐性かどうかの判断や次の検査につなげやすくなります。
分子標的薬の耐性のパターンは、使う薬によって違うのですか?
分子標的薬の耐性は、どの遺伝子の異常を狙う薬かによって起こり方が変わります。EGFRを狙う薬とALKを狙う薬とでは、出てくる変化の種類が異なります。
同じ薬でも世代が進むと、注意すべき変化が移り変わっていきます。いま使っている薬でどんな耐性が起こりやすいかを主治医に確認しておくと、いざというときに備えられます。
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前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医