
BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の臨床試験は、頭頸部がんで実用段階に達し、いま対象となるがん種を着実に広げる局面に入っています。
再発した脳腫瘍や悪性黒色腫、婦人科領域のがんへと研究が進み、手術や通常の放射線が難しい症例での報告も少しずつ増えてきました。
かつて原子炉に頼っていた治療が加速器型へと移り、病院のなかで治験を行える環境が整いつつあることも、見逃せない変化といえるでしょう。
この記事では、がん種ごとの治験の到達点と、参加を考えるときに確かめたい点を、海外で報告された研究データに沿って丁寧に整理します。
BNCTと臨床試験(治験)の現在地
BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)の臨床試験は、頭頸部がんで実用段階に達し、対象となるがん種を広げる局面にあります。治療の原理と治験という言葉の意味を先に押さえると、動向が読み取りやすくなります。
BNCTはホウ素と中性子でがんだけを狙い撃つ
BNCTは、がん細胞に集まりやすいホウ素薬剤を体に入れ、そこへ中性子を当てる治療です。ホウ素と中性子が反応すると、ごく短い距離だけ届く粒子線が生まれます。
この粒子線が進むのは、おおよそ細胞1個分の範囲にすぎません。薬剤がたまった細胞を選んで傷つけ、まわりの正常な組織は守りやすい治療といえます。
おさえておきたいBNCTの基本用語
- ホウ素薬剤(BPA・ボロファランなど)
- 中性子の照射
- 奏効率(腫瘍が縮んだ割合)
- 再発・再照射
- 単群試験(比較対照を置かない試験)
言葉の意味がつかめると、治験の結果もぐっと読みやすくなります。続けて、治験と通常の診療の違いを見ていきます。
治験と通常の診療は何が違うのか?
治験とは、新しい治療を承認につなげるために、決められた計画のもとで安全性と有効性を確かめる臨床試験です。参加する患者さんの条件や評価の方法が、あらかじめ細かく定められています。
通常の診療が一人ひとりに合わせて柔軟に進むのに対し、治験は計画に沿って同じ手順で行います。その分、結果を科学的に比べやすい利点があるのです。
治験にはいくつかの段階があり、はじめに安全性を、続いて効果を見ていきます。BNCTの治験の多くは、有効性を確かめる段階まで進んできました。
原子炉から加速器へと移ったBNCTの土台
かつてのBNCTは、研究用の原子炉でしか中性子を作れませんでした。施設が限られ、治験を広げにくいことが長らく課題だったのです。
近年は加速器で中性子を生み出せるようになり、病院への設置も視野に入ってきました。こうした土台の変化が、対象となるがん種を広げる動きを後押ししています。
加速器型の装置は、稼働や保守のしやすさという面でも利点があります。研究用の原子炉とは違い、医療機関の側で運用しやすい点も見逃せません。BNCTが研究の場から日常の医療へ歩み出すための、確かな足がかりになりました。
頭頸部がんで先行したBNCT治験の到達点
加速器を用いた頭頸部がんの治験では、全体の奏効率が71%と報告されています。原子炉の時代から続く頭頸部がんの臨床試験が、BNCTの実用化を引っ張ってきました。
| 実施・方式 | 主な対象 | 報告された傾向 |
|---|---|---|
| 加速器型(日本) | 再発・局所進行の頭頸部がん | 全体の奏効率71% |
| 原子炉型(台湾) | 再発した頭頸部がん | 2年生存はおよそ47% |
| 原子炉型(フィンランド) | 局所進行・再発の頭頸部がん | 高い奏効と忍容性 |
いずれの試験でも、すでに放射線を受けた再発のがんに対して、一定の効果と扱いやすさが示されています。それぞれの内容を順に見ていきましょう。
加速器を使った頭頸部がん治験で示された奏効率
日本では、加速器型の中性子源とホウ素薬剤ボロファランを用いた頭頸部がんの第II相試験が行われました。再発した扁平上皮がんや、進行した非扁平上皮がんが対象です。
その結果、全体の奏効率は71%と報告されました。重い副作用は限られ、入院に頼りきらない形で治療を行える点も注目を集めています。
対象となったのは、ほかの治療が難しくなった進行・再発のがんです。そうした状況で7割を超える奏効が示された意味は、決して小さくありません。対象を広げる流れを考えるうえでも、よりどころとなる成績といえるでしょう。
台湾とフィンランドが積み重ねた頭頸部がんの試験
台湾では、研究用原子炉を使った頭頸部がんの第I/II相試験が早くから進められました。再発例を2回に分けて照射する方法で、2年生存はおよそ47%と報告されています。
フィンランドでも、進行した頭頸部がんへの臨床試験が重ねられました。国ごとに計画は異なるものの、再発がんで共通した手応えが共有されています。
研究用原子炉という制約のもとでも、各国は地道に経験を積み上げてきました。その蓄積が、加速器型の治療へ橋を渡す土台になっています。海外の試験から学べる点は、なお多いといえるでしょう。
再発や再照射の患者にBNCTが向くのはなぜか?
すでに放射線を受けた部位は、もう一度強い放射線を当てにくいという事情を抱えています。BNCTはホウ素がたまった細胞に絞って作用するため、こうした再照射の場面で選ばれてきました。
正常な組織への負担を抑えながら、腫瘍へ集中して照射できる点が強みです。手術が難しい再発がんで、現実的な選択肢になりつつあるといえるでしょう。
一度治療した場所での再発は、患者さんにとって大きな不安を伴います。打つ手が限られるなかで、体への負担が軽い選択肢が増える意義は大きいといえます。BNCTが再照射の現場で重ねてきた経験は、その支えになってきました。
脳腫瘍へ広がるBNCTの臨床研究と対象がん種の拡大
BNCTの対象は、脳腫瘍へも着実に広がっています。再発膠芽腫や高悪性度髄膜腫といった、治療の選択肢が乏しいがんで臨床研究が積み重なってきました。
再発膠芽腫を対象にした多施設治験の結果
膠芽腫(グリオブラストーマ)は、再発すると治療が難しい脳腫瘍です。ここに対して、加速器型BNCTの多施設・第II相試験が実施されました。
再発した患者さんで生存期間の延長が報告され、過去のデータと比べても良好な傾向が示されています。脳のむくみという副作用には、薬剤を組み合わせて対応する工夫が取られました。
標準治療を終えた後の再発膠芽腫には、確立した治療が少ないのが実情です。そこで生存期間の延長が示された事実は、研究を前へ進める力になっています。慎重な検証はこれからも続きますが、希望をつなぐ報告だといえるでしょう。
再発・難治の高悪性度髄膜腫にも広がる適応
BNCTの対象は、再発をくり返す高悪性度の髄膜腫にも広がっています。手術や放射線をすでに受け、打つ手が少なくなった患者さんが対象です。
原子炉を用いた44例の長期追跡では、予後の厳しいこのがんで生存期間の延長が示されました。難治の脳腫瘍での可能性をうかがわせる結果といえます。
髄膜腫の多くは穏やかな経過をたどりますが、一部は再発をくり返す難しいタイプです。手術や通常の放射線で抑えきれない場合に、BNCTという新たな道が開きつつあります。長期の追跡データが、その手応えを裏づけ始めました。
放射線壊死を抑える薬剤併用の工夫
再照射を伴うBNCTでは、放射線壊死や脳のむくみが起こることがあります。これを抑えるため、血管に働く薬剤を組み合わせる試みが進められました。
再発した悪性神経膠腫を対象とした検討では、この併用で副作用を和らげつつ良好な経過が得られています。安全に治療を届ける工夫が、対象の拡大を支えているのです。
脳腫瘍を対象としたBNCT治験の主な報告
| 対象がん | 試験の型 | ポイント |
|---|---|---|
| 再発膠芽腫 | 多施設・第II相 | 生存期間の延長を報告 |
| 高悪性度髄膜腫 | 後方視的・長期追跡 | 難治例で長期成績を報告 |
| 再発悪性神経膠腫 | 薬剤併用の検討 | 放射線壊死の軽減を狙う |
こうした積み重ねが、脳腫瘍という難しい領域での臨床研究を一歩ずつ前へ進めています。
皮膚や婦人科領域にも届きはじめた対象がん種の広がり
手術が体に大きな傷あとを残す部位のがんでは、治療の選び方に悩む方も少なくありません。BNCTは、こうした皮膚や婦人科領域のがんでも対象となるがん種を広げてきました。
悪性黒色腫で積み重なった長期の治療成績
悪性黒色腫(メラノーマ)は、BNCT研究のごく初期から対象とされてきたがんです。ホウ素薬剤が黒色腫の細胞に集まりやすい性質を、うまく利用しています。
足の裏や顔にできた皮膚の黒色腫を対象とした報告では、長期にわたる局所制御が示されました。手術を避けたい部位での選択肢として検討が続いています。
足の裏にできる黒色腫は、歩く働きを守りながら治すことが課題になります。BNCTは正常な皮膚を残しやすく、こうした部位と相性がよいと考えられてきました。初期からの長い経験が、対象を語るうえでの裏づけになっています。
外陰部メラノーマや乳房外パジェット病への応用
婦人科や泌尿器の領域にも、BNCTの対象は広がっています。外陰部のメラノーマや、乳房外パジェット病といった皮膚のがんがその例です。
これらは、広い切除が体や生活に大きな影響を残しやすい部位です。BNCTで腫瘍を抑えつつ機能を保てた症例が報告され、関心を集めています。
これらのがんは数が多くないため、大規模な試験を組むことが容易ではありません。それでも一例ずつの報告が積み重なり、治療の可能性を少しずつ照らし出しています。希少ながんに光を当てる取り組みとして、価値ある歩みといえるでしょう。
手術が難しい部位でBNCTが選ばれる理由
顔や生殖器のように、切除が見た目や働きを損ないやすい部位があります。こうした場所では、体への負担が少ない治療が以前から強く望まれてきました。
BNCTは1〜2回の照射で済むことが多く、正常組織を残しやすい治療です。その特徴から、難しい部位のがんで対象がん種の広がりにつながっています。
BNCTの対象として報告された主ながん種
| がん種 | 主な部位 | 特徴 |
|---|---|---|
| 悪性黒色腫 | 足底・顔面など | 長期の局所制御を報告 |
| 乳房外パジェット病 | 外陰部など | 機能の温存を期待 |
| 血管肉腫など | 頭皮・体表 | 加速器型での症例報告 |
報告はまだ少数例が中心ですが、対象の広がりを示す確かな手がかりになっています。
加速器型BNCTとホウ素薬剤が変える治験の風景
病院に中性子を作る装置を置けるようになれば、治験は一気に身近になります。加速器型BNCTとホウ素薬剤の登場が、まさにその変化を生み出しています。
病院に置ける中性子源が治験の裾野を広げた
加速器型の中性子源は、原子炉に比べて小型で、病院への設置を見込めます。患者さんが研究施設まで通う必要が減り、治験を行いやすくなりました。
都市部の医療機関でも治療を提供できる土台が整いつつあります。この身近さこそが、対象となるがん種を広げる流れを支えているのです。
装置が身近になるほど、治験に参加できる患者さんの幅も広がります。通院のしやすさは、治療を続けるうえでの負担を確かに軽くしてくれるでしょう。設備の進歩が、対象がん種の広がりと静かに結びついています。
原子炉型と加速器型の主な違い
| 項目 | 原子炉型 | 加速器型 |
|---|---|---|
| 設置場所 | 研究用の原子炉 | 病院など |
| 中性子源 | 原子炉 | 加速器 |
| 治験のしやすさ | 限られる | 広がりやすい |
装置の違いは、どこで誰が治療を受けられるかに直結します。だからこそ大きな転機といえるでしょう。
ホウ素薬剤ボロファランが担う働き
BNCTの効果は、がん細胞にどれだけホウ素を集められるかで決まります。ボロファランは、その役割を担うために開発されたホウ素薬剤です。
高い濃度を安定して保つ技術と組み合わさり、加速器型の治療を実用へと近づけました。薬剤と装置の両輪で、治験が前へ進んでいます。
薬剤ががん細胞へどれだけ集まるかは、治療の効き目を左右する要です。ボロファランは、その集まりやすさを高める狙いで設計されたホウ素化合物といえます。装置の進歩と薬剤の改良が重なって、治療の幅が広がってきました。
国内承認と治験が並んで進む現在
日本では、頭頸部がんに対する加速器型BNCTが承認に至りました。実用化された治療と、対象を広げる治験とが並んで進む状況です。
承認された範囲の外にあるがんは、治験という形で検討が続いています。患者さんが治療にたどり着く道筋が、少しずつ増えてきました。
承認は一つのがんで実現した到達点であり、終わりではありません。対象を広げる治験が各地で続き、新たな適応をめざす動きが活発になっています。実用と研究が手を携えて進む点に、この分野の勢いが表れているといえるでしょう。
BNCTの治験に参加する前に確かめておきたいこと
BNCTの治験は、希望すれば誰でも受けられるわけではありません。対象となるがんの状態や事前の検査など、参加の前に知っておきたい条件があります。
治験の対象になりやすいがんの状態とは?
多くのBNCT治験は、再発したがんや、すでに放射線を受けた局所のがんを対象としています。遠くへの転移が広がっておらず、体の表面に近い病変が選ばれやすい傾向です。
全身の状態が保たれていることも条件になります。対象は試験ごとに細かく決められているため、自分が当てはまるかの確認が出発点です。
対象の条件は、安全に治療を届けるために慎重に決められています。年齢や持病の有無、腫瘍の大きさや位置なども、判断の材料となるでしょう。同じがんでも参加できるかは一人ひとり異なるため、個別の確認が欠かせません。
治験で受ける検査と事前の評価
BNCTの治験では、ホウ素が腫瘍にどれだけ集まるかを前もって調べることがあります。専用のPET検査などで、効果を見込めるかを評価するのです。
過去の治療歴や全身の状態も、あわせて詳しく確認します。これらの結果をもとに、治療の安全性と見込みを判断していきます。
検査の結果は、治療の効き目を見込めるかを判断する手がかりになります。むだな負担を避け、本当に向いている人へ治療を届けるための大切な準備です。納得して臨めるよう、内容や目的は前もって確かめておきましょう。
主治医や相談窓口で確かめたい点
治験への参加を考えるときは、まず主治医に相談するのが近道です。自分のがんが対象か、通院や入院の負担はどの程度かを確かめておくと安心できます。
想定される副作用や、相談できる窓口の有無も大切な確認事項です。納得して選べるよう、疑問は遠慮なく尋ねておきましょう。
治験参加前に主治医へ確かめたいこと
- 自分のがんが対象に含まれるか
- 過去の放射線治療との兼ね合い
- 通院や入院の負担
- 想定される副作用
- 相談できる窓口の有無
これらを整理しておくと、限られた診察の時間でも要点を確かめやすくなります。
よくある質問
BNCTの臨床試験はどのようながんを対象に進んでいますか?
BNCTの臨床試験は、まず再発した頭頸部がんで実用段階に入りました。そこから膠芽腫などの脳腫瘍や、悪性黒色腫といった皮膚のがんへ対象を広げています。
近年は高悪性度髄膜腫や、外陰部のがんでの報告も増えてきました。手術や通常の放射線が難しいがんを中心に、検討が続いています。
BNCTの治験は誰でも受けられますか?
残念ながら、希望すれば誰でも受けられるわけではありません。多くの治験は、再発や再照射が必要ながんなど、対象となる状態が細かく定められています。
まずは主治医に相談し、自分のがんが対象に含まれるかを確認することが第一歩です。全身の状態や過去の治療歴も、判断の材料になります。
BNCTの臨床試験ではどのような副作用が報告されていますか?
報告されている副作用は、照射した部位の粘膜炎や皮膚炎、だるさなどが中心です。脳腫瘍の治療では、脳のむくみや放射線壊死が課題として挙げられています。
多くの試験で、重い副作用は限られると報告されています。ただし対象のがんや部位によって異なるため、事前の説明をよく聞いておくことが大切です。
BNCTと通常の放射線治療は何が違うのですか?
通常の放射線治療が外から広い範囲に当てるのに対し、BNCTはがん細胞の内側から作用する点が異なります。ホウ素がたまった細胞だけを選んで傷つけられるのです。
そのため、すでに放射線を受けた部位にも使いやすい特徴があります。正常組織を残しながら腫瘍へ集中できることが、再発がんで選ばれる理由です。
BNCTの治験に参加したい場合はどこに相談すればよいですか?
まずは現在治療を受けている主治医に相談するのが確実です。治験を行っている施設や、対象となる条件についての情報を得やすくなります。
あわせて、がん相談支援センターなどの窓口も活用できます。信頼できる情報をもとに、納得したうえで判断することが大切です。
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この記事を書いた人 Wrote this article
前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医