
分子標的薬の副作用は、髪が抜ける・強い吐き気といった従来の抗がん剤のイメージとは少し違い、皮疹や下痢、高血圧など特定の場所に偏って出やすいのが特徴です。
その多くは出る時期や対策があらかじめわかっていて、毎日のケアと早めの対応で軽くおさえられます。自己判断でやめてしまう前に、できることはたくさんあります。
この記事では、皮疹のスキンケアから下痢のときの食事、高血圧の家庭での測り方、手足症候群の予防まで、症状ごとの具体的な備えをまとめました。
受診の目安や医療チームへの相談のコツもあわせて紹介し、安心して治療を続けられるよう手助けします。
分子標的薬の副作用が抗がん剤と違う理由
分子標的薬の副作用は、抗がん剤とまったく同じものではありません。がん細胞の特定の目印をねらう薬のため、皮膚や血管など限られた場所に偏って出ます。
だからこそ、どの薬でどんな症状が出やすいかを知っておくと、落ち着いて備えられます。
| 薬の種類 | 代表的な薬の例 | 出やすい副作用 |
|---|---|---|
| EGFR阻害薬 | ゲフィチニブ、エルロチニブ、セツキシマブ | 皮疹、下痢、爪のまわりの炎症 |
| 血管新生阻害薬(VEGF関連) | ベバシズマブ、スニチニブ | 高血圧、タンパク尿、出血 |
| マルチキナーゼ阻害薬 | ソラフェニブ、レゴラフェニブ | 手足症候群、高血圧、倦怠感 |
| HER2阻害薬 | トラスツズマブ、ラパチニブ | 下痢、心臓のはたらきへの影響 |
同じ「分子標的薬」でも、ねらう目印が違えば出やすい症状もまるで変わります。自分の使う薬がどの仲間かを知ることが、備えの出発点になります。
分子標的薬はがん細胞の弱点をねらう薬
がんは、細胞の増殖をうながす信号が強く入り続けることで大きくなります。分子標的薬は、その信号の通り道にある特定のたんぱく質だけをねらって、はたらきを止める薬です。
ねらいがしぼられている分、がん細胞以外への影響を抑えることを目指して作られています。実際に、つらい吐き気や脱毛は抗がん剤より軽い場合が多いといえるでしょう。
正常な細胞にも目印があるから副作用が起きる
ねらった目印は、残念ながらがん細胞だけのものではありません。皮膚や腸、血管の内側にも同じたんぱく質があり、薬がそこにも作用して副作用が出ます。
皮膚に多いEGFRという目印を止めると皮疹が出やすく、血管を新しく作る信号を止めると血圧が上がりやすくなります。症状の出る場所には、こうした理由が隠れています。
つまり副作用は、薬がきちんとねらい通りに届いている裏返しともいえます。むやみに怖がらず、出る場所を先回りして守る発想が役に立ちます。
従来の抗がん剤と副作用の出方はどう違う?
抗がん剤は、分裂のはやい細胞をまとめてたたくため、骨髄や毛根、消化管など全身に副作用が広がりやすい薬です。一方の分子標的薬は、ねらった信号に関係する場所に症状が集中します。
そのため、白血球が大きく減って感染しやすくなるといった反応は比較的少なめです。代わりに皮疹や高血圧など、薬ごとに決まった症状への備えが大切になります。
皮疹・ざ瘡様皮膚炎が出たときのスキンケアと対策
皮疹は分子標的薬でもっとも多い副作用です。けれども、保湿と日焼け対策を治療の初日から続ければ、多くは軽いうちにおさえられます。
症状が出てからではなく、出る前から肌を整えておくことが何よりの対策になります。
ざ瘡様皮膚炎が出やすい時期と見た目
EGFR阻害薬では、飲み始めや点滴開始からおよそ1〜2週間で、にきびに似た赤いぶつぶつが顔や胸、背中に出てきます。かゆみや軽い痛みをともなうこともあるでしょう。
ふつうのにきびと違い、脂っぽさはなく、むしろ肌は乾燥して敏感になります。見た目が気になっても、つぶしたりこすったりせず、清潔と保湿を心がけてください。
保湿と日焼け対策で皮疹を予防する
予防の中心は、低刺激の保湿剤をたっぷり、こまめに塗ることです。入浴後すぐや手洗いのあとなど、肌がうるおっているうちに塗ると効果が続きます。
紫外線は皮疹を悪くするため、外出時は日焼け止めと帽子で肌を守ります。熱いお湯やゴシゴシ洗いは刺激になるので、ぬるめのお湯とやさしい洗い方に変えましょう。
ステロイドと抗菌薬を使った治療
赤みやぶつぶつが広がってきたら、塗り薬のステロイドで炎症をしずめます。症状が強い場合は、飲み薬の抗菌薬を一定期間使って改善をはかることもあります。
これらは医師の指示に沿って使う薬です。市販のにきび薬を自己判断で重ねると、かえって乾燥や刺激が強まる場合があるため、必ず相談してから使ってください。
皮疹の程度と見分け方
| 程度 | 皮膚の様子 | 主な対応 |
|---|---|---|
| 軽い | 一部に赤いぶつぶつ、自覚症状は軽い | 保湿と日焼け対策を続ける |
| 中くらい | 範囲が広く、かゆみや痛みがある | 塗り薬のステロイド、必要なら飲み薬の抗菌薬 |
| 強い | 広い範囲がただれる、化膿する | すぐ受診し、減量や休薬を相談 |
程度の見分けに迷ったときは、自分で決めずにスマートフォンで写真を撮り、受診時に見せると変化が伝わりやすくなります。日付を入れて残しておくと、よくなったかどうかも一目でわかります。
爪のまわりが腫れる爪囲炎への対処
治療が2か月ほど続くと、爪のわきが赤く腫れて痛む爪囲炎が出ることがあります。深爪を避け、爪は四角めに整えると、皮膚への食い込みをふせげます。
水仕事や強くしめつける靴は刺激のもとです。手袋を使ったり、ゆとりのある靴を選んだりして、爪のまわりへの負担を減らしましょう。腫れや痛みが強ければ、早めに受診してください。
分子標的薬による下痢の対策とセルフケア
下痢は分子標的薬を使う多くの人が経験する症状ですが、早めの水分補給と止瀉薬で重くならずにすみます。
我慢して脱水になる前に、いつもと違うと感じた時点で対応を始めるのが安心です。
下痢が起こりやすい薬と腸のはたらき
EGFR阻害薬やHER2をねらう薬、いくつかのキナーゼ阻害薬では下痢が起きやすくなります。腸の表面で水分の出し入れを調整するはたらきが乱れることが背景にあります。
下痢が出ること自体は、薬がきいているサインの一つと受け取れる場合もあります。とはいえ放置すると体力をうばうため、軽いうちからの手当てが大切です。
軽いうちの対応が悪化を防ぐ
下痢への手当ては、早く始めるほど効果が高いといわれます。回数が増えてきたら、まずは水分と塩分をこまめに補い、消化のよいものに切りかえましょう。
ぐったりする、尿が減る、立ちくらみがするといった脱水の兆しがあれば、自宅でのケアにこだわらず連絡してください。早い相談が重症化をふせぎます。
下痢のときの食事と水分のとり方
食事は、おかゆやうどん、白身魚、バナナなど消化にやさしいものが向いています。脂っこいもの、香辛料、乳製品、アルコールは、しばらく控えめにしましょう。
水分は一度にたくさんではなく、少しずつ何回にも分けてとります。経口補水液や、薄めたスポーツ飲料は、塩分と糖分を同時に補えて役立つでしょう。
市販薬と処方薬の使い分けと受診の目安
止瀉薬のロペラミドは、医師から指示があれば早めに使える心強い味方です。ただし発熱や血のまじった下痢があるときは、自己判断で止めず先に相談してください。
1日に何度も続く、夜眠れないほど出る、体重が落ちるといった場合は受診の目安です。続いている期間と回数をメモしておくと、診察での説明にそのまま使えます。
下痢の程度と受診の目安
| 1日の回数の目安 | 体の状態 | とるべき対応 |
|---|---|---|
| 3回くらいまで | ふだんと大きく変わらない | 水分補給と消化のよい食事 |
| 4〜6回 | だるさや軽い脱水を感じる | 指示された止瀉薬、医療機関へ連絡 |
| 7回以上・血便や発熱 | 強い脱水や腹痛がある | すぐ受診、点滴が必要なことも |
回数はあくまで目安です。少なくてもぐったりする、持病があるといった場合は、早めの連絡が安心につながります。
高血圧やタンパク尿など血管系の副作用にどう備える?
血管を新しく作る信号を止めるタイプの分子標的薬では、血圧が上がることがよくあります。家庭での測定と降圧薬で、ほとんどは十分に管理できます。
血圧は自覚症状が出にくいため、測って数字で確かめる習慣が備えの第一歩になります。
血管を新しく作らせない薬は血圧を上げる
ベバシズマブやスニチニブ、ソラフェニブなどは、がんに栄養を送る新しい血管ができるのをじゃまします。同じはたらきが全身の血管にもおよび、血管が収縮して血圧が上がります。
上がり方には個人差がありますが、飲み始めから数週間以内に表れることが多い症状です。もともと血圧が高めの人は、とくに注意して見ていきましょう。
家庭での血圧測定と記録のコツ
血圧は、朝起きてトイレをすませたあとと、夜寝る前の1日2回測ると変化をつかみやすくなります。測る前は1〜2分すわって落ち着き、腕を心臓の高さに合わせてください。
数字は手帳やスマートフォンに記録し、受診のたびに見せられるようにしておきます。日々の動きがわかると、薬の調整もしやすくなります。
家庭血圧の数値と対応の目安
| 家庭での血圧(上の値) | 目安となる状態 | 対応 |
|---|---|---|
| 135未満 | おおむね落ち着いている | 測定と記録を続ける |
| 135〜160 | 上がりはじめている | 受診時に相談し、生活面も見直す |
| 160以上が続く | 高い状態が続いている | 早めに連絡、降圧薬の開始や調整 |
数値はあくまで一般的な目安で、目標は持病や年齢によって変わります。自分の目標値は、主治医に確かめておくと迷いません。
降圧薬による管理と受診のタイミング
血圧が上がっても、多くは飲み薬の降圧薬でコントロールでき、分子標的薬を続けられます。よく使われるのは、血管をひろげるタイプや、余分な水分を出すタイプの薬です。
強い頭痛やめまい、目のかすみがあるときは、血圧がかなり高いおそれがあります。がまんせずすぐ連絡し、指示を受けてください。
タンパク尿や出血など見逃したくない症状
血管新生をおさえる薬では、高血圧のほかに尿にたんぱくが出ることがあります。尿が泡立つ、足や顔がむくむといった変化は、検尿の結果とあわせて確認していきます。
また、鼻血や歯ぐきからの出血、傷の治りが遅いといった症状にも気をつけます。手術や抜歯の予定があるときは、必ず前もって薬を使っていることを伝えてください。
手足症候群を悪化させないための工夫
手のひらや足の裏がヒリヒリして歩きづらい、それが手足症候群です。体重や圧のかかる部分を守る工夫で、悪化はかなりふせげます。
出てからあわてるより、治療の前から足元を整えておくと安心です。
手足症候群の見た目と起こりやすい部位
手足症候群は、手のひらや足の裏のうち、圧がかかる部分に赤みや水ぶくれ、かたい角質が出る症状です。指先やかかと、靴のあたる場所に表れやすい傾向があります。
進むと、痛みで物を持ちにくい、歩きにくいといった困りごとにつながります。早めに気づいて手当てをすれば、日常生活への影響を小さくできるでしょう。
治療が始まる前からできる予防
予防の基本は、手足にかかる刺激と摩擦を減らすことです。治療を始める前に、足のかたい角質を整えたり、合わない靴を見直したりしておくと安心できます。
つめを短く切りそろえ、巻きづめや深爪を避けておくことも役に立ちます。足に合った中敷きを使うと、一部分への体重の集中をやわらげられるでしょう。
手足症候群を防ぐ日常の工夫
- クッション性のある靴を選ぶ
- 厚手のやわらかい靴下をはく
- 保湿クリームをこまめに塗る
- 熱いお湯や長風呂を避ける
- 重い荷物や長時間の歩行を控える
どれも特別な道具はいりません。毎日の小さな心がけの積み重ねが、痛みの予防につながります。
角質ケアと保湿の進め方
かたくなった角質は、無理に削らず、尿素入りの保湿剤などでやわらかく保つのが基本です。お風呂上がりにたっぷり塗り、靴下で包むと、うるおいが浸透しやすくなります。
水ぶくれができても、自分でつぶさないでください。やぶれると痛みや感染のもとになるため、清潔を保って、医療機関で処置を受けましょう。
痛みが強いときの対応と減量の判断
痛みが強いときは、冷やしたり、患部を高くして休めたりすると楽になります。塗り薬や痛み止めを使う場合は、医師の指示に従ってください。
それでもつらいときは、薬の量を一時的に減らしたり休んだりして、肌の回復を待つこともあります。生活に支障が出るほどの痛みは、遠慮なく伝えましょう。
家のなかでもやわらかいスリッパをはき、立ちっぱなしの時間を減らすと回復を助けます。家事の合間にこまめに足を休める習慣をつけておくと安心です。
副作用と上手につきあうための受診の目安と相談先
副作用は、早く伝えるほど軽くすみ、治療も続けやすくなります。がまんして抱えこむより、気づいた時点で医療チームに知らせるのが得策です。
減量や休薬を治療の後退と思いこまないことも大切です。
副作用のグレードという考え方
病院では、副作用の重さを軽い順にグレード1から段階で表します。同じ皮疹でも、軽いものと、広がって痛むものとでは対応が変わるためです。
自分の症状がどのくらいかを言葉だけで伝えるのは難しいものです。回数や範囲、いつからかを具体的に話すと、重さが正しく伝わります。
すぐに連絡したほうがよい症状
ふだんの副作用とは別に、すぐ連絡すべき危険なサインがあります。様子を見てよいものと、急いで受診すべきものを分けて知っておくと安心です。
判断に迷ったときは、がまんして翌日まで待たず、早めに電話で様子を伝えるほうが安心です。連絡先や受診の流れを、治療が始まる前にメモしておくと落ち着いて動けます。
すぐ電話してほしい症状
- 38度以上の発熱
- 水のような下痢が止まらない
- 急に強くなった息切れ
- 胸の痛みや動悸
- 皮膚の広い範囲のただれ
これらは一刻を争うこともあります。夜間や休日でも、まずは指示された連絡先に電話してください。
減量や休薬は治療の失敗ではない
副作用が強いとき、薬の量を減らす減量や、しばらく休む休薬は、よくある調整です。体を守りながら治療を長く続けるための、前向きな選択といえます。
勝手に量を変えたり中断したりするのは避けてください。つらさを正直に伝えれば、効果を保ちつつ負担を減らす方法を一緒に探せます。
減量や休薬の判断には、効きめが弱まるのではという心配がつきものです。実際には、副作用で治療を続けられなくなるほうが、がんの管理にとって痛手になりかねません。
家族や医療チームを上手に頼る
副作用と付き合う毎日は、一人で抱えこむと心まで疲れてしまいます。家族に体調を共有し、できない家事を分担してもらうだけでも、負担はぐっと軽くなるでしょう。
看護師や薬剤師、栄養士など、相談できる相手はたくさんいます。気になることはささいに思えても、遠慮せず質問してみてください。
診察の前に、気になる症状や聞きたいことを短く書き出しておくのもよい方法です。限られた時間でも、伝えもれをふせいで必要な助言を受けやすくなります。
よくある質問
分子標的薬の副作用はいつごろから出るのですか?
薬の種類によって違いますが、皮疹は飲み始めから1〜2週間ほど、下痢や高血圧は数日から数週間で表れることが多いです。
爪のまわりの炎症や手足症候群は、1〜2か月ほどたってから出る場合もあります。出やすい時期を知っておくと、早めに気づいて手当てできます。
分子標的薬による皮疹は市販の保湿剤でケアしてもよいですか?
低刺激で香料の少ない保湿剤であれば、市販のものでも予防のケアに使えます。入浴後や手洗いのあとに、たっぷり塗ってあげてください。
ただし、赤みやぶつぶつが広がってきたら、市販のにきび薬で対処しようとせず受診しましょう。炎症には塗り薬のステロイドなど、適した治療が必要になります。
分子標的薬で下痢が続くとき、市販の下痢止めを使ってもよいですか?
あらかじめ医師から指示されている場合は、ロペラミドなどの止瀉薬を早めに使ってかまいません。水分と塩分の補給もあわせておこなってください。
一方で、発熱や血のまじった下痢があるときは、自己判断で止めずに先に連絡しましょう。原因によっては、止めることがよくない場合もあるためです。
分子標的薬の副作用が強いときは、薬をやめたほうがよいのでしょうか?
自分の判断で急にやめるのは避けてください。多くの場合、量を減らしたり一時的に休んだりすることで、副作用を和らげながら治療を続けられます。
つらさを正直に伝えれば、効果と負担のバランスをとる方法を一緒に考えられます。やめるかどうかは、必ず主治医と相談して決めましょう。
分子標的薬による高血圧は、治療が終われば元に戻りますか?
多くの場合、薬を終えると血圧は徐々に落ち着いていきます。ただし、もともと高血圧があった人は、治療後も管理が続くことがあります。
治療中に始めた降圧薬をいつまで使うかは、血圧の戻り方を見ながら判断します。自己判断でやめず、測定を続けて主治医に相談してください。
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前田 祐助 医学博士 / 医師
慶應義塾大学医学部大学院にて、がんの発生メカニズム(発癌機構)や、慢性炎症と腫瘍の関係性に関する基礎研究に従事し、医学博士号を取得。 特に、胃がんにおける炎症微小環境の解析や、細胞シグナル伝達(COX-2/PGE2経路など)による腫瘍形成の研究において実績を持つ。 現在は、大学病院や研究機関で培った「根拠(エビデンス)に基づく医療」の視点を活かし、疾患の早期発見や予防医療の啓発活動を行っている。 【保有資格・所属】 医学博士(慶應義塾大学)/ 医師免許 / 日本内科学会 / 日本医師会認定産業医